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いつか来る場所/行った場所

「おい、あんた。さっきからそこで何してるんだ?」

「流れをね、見ていたんですよ」

「流れっていうと、この……」

「ツイートです。ツイートって言うんです」

「ツイート?」

「そうです。ずっと昔から、私やあなたが生まれる、そのはるか昔から、ツイートはここにありました。そうして絶えず、流れているんです」

「どういう意味なんだ、ツイートって」

「意味はもう、だれにも分かりません。たいへんに古い言葉で……」

「なるほどね。にしてもこりゃあ、まるでまっ黒な川だな」

「よく見てごらんなさい。この黒いのはぜんぶ、言葉なんですよ」

「……確かに、確かにそうだ。だが一体、ここにはなにが書いてあるんだ?」

「古代文字ですから、私にも分かりません。ですが私の祖父は、これらは祝詞、つまり祈りの言葉だと言っていました」

「祈り、ねえ……。ならこの川は、神様まで届くのかい?」

「そう信じます。ツイートは、そのために流れているんです」

★ 

 ぼくの一日は、自分が眠っていた間のタイムラインを遡ることからはじまる。ぼんやりとした意識の中で、それらのツイートは半ば意味を成さないさざ波として視野を通過してゆく。無音。いや、エアコンの稼働音が部屋をめぐっている。朝。徐々に世界が冴えてくる。なおぼくは手中にあるスマートフォンを見つめる。見つめつづける。そこにあるのは意味。意味意味意味! 脳に飛び込んでくる。すべてが確定される。ぼくはまた目覚めた。カーテンのいまだ開かれぬ部屋で、スマートフォンの画面はしらじらと光を放つ……。

 一体ぼくが主体的にインターネットと関わりはじめた時期はいつだろうかと考えると、それは中学一年の頃(2011年)まで遡ることができる。その頃クラスでは女子たちを中心にガラケーで無料ブログを作成することが流行っており、誰に誘われたのかぼくもブログをひとつ開設した。それが全てのはじまりである。などと言えれば格好いいが、残念ながらこの事実がどこかへ繋がることはない。ブログの文章がだれかの目に留まり「これは詩として発表できるよ」と詩誌への投稿を勧められることも、あるいはものを書く楽しみに目覚めることもなかった。ぼくがそこでしていたのは同級生との馴れ合いであり、日常報告であり、微温的な関係性の再確認であった。

 ぼくは半年足らずでブログを閉鎖した。特に理由はなかった。あの頃ぼくはよく星を見上げていたが、その理由も今ではもう分からない。ぼくは詩を書かなかったし、挫折を経験したこともなかった。剣道部に所属していたぼくは朝になれば素振りをし、夜にはまた素振りをした。

 中学三年になると、ようやくスマートフォンがクラスに普及しはじめた。こうした時いちはやく時代に適応するのはまず女子たちであり、ツイッターに登録する人もちらほら出るようになっていた。周囲に流される形でスマートフォンを購入したぼくは、自分ではやり方がわからないので女子にツイッターアカウントを作ってもらった。これが「岩倉文也」の発端であり、その全部である。ぼくはいまだに同じアカウントを使い続けているため、当時から現在までのツイートを一直線に並べれば、ひとりの胡乱な中学生が詩を書きはじめるまでの軌跡が辿れるはずだが、2017年以前のツイートはみな消してしまったので今はそれも叶わない。

 インターネットの本質は記録にあるという。忘れ去られたすべてが記録され、それは深く暗い場所をゆっくりとながれてゆく。その流れを辿ることはできない。しかしあらゆるブログが、コトバが、ツイートが、その断片と共に一方向へとながれてゆく。流れがどこへ至るかぼくは知らない。ただ遠くみずおとが聞こえる。聞こえつづける。ぼくは起き上がり、カーテンを思い切りひらいた。すると光。光光光! スマートフォンの画面を塗りつぶして、なお余りある光。この光もいつかは消える。でもそれでいいと思う。消えてしまった光も、きっとどこかに記録される。ぼくが忘れても、世界が覚えている。

 い、ん、た、あ、ね、っ、と。意味もなく呟く。ぼくにとって何の価値もない、非本質の王国。そこで遊ぶのは、さびしいからだろうか、かなしいからだろうか。たぶんどれでもない。事実の積み重ね。無意味な偶然の連続。それがぼくをここへ導いた。感動もなく、運命もなく、しかし齎された結果だけが、えいえんのように重い。そして続いてゆく。ぼくが記録になって、流されてしまうまで。

「けれど不思議だなあ。どうしてツイートは途切れたりしないんだ? だってここに流れているのは、もうずっと昔の言葉なんだろ?」

「星の光が数百年、数千年と遅れて地球にとどくのと同じことです。私たちが普段気づかないだけで、言葉はいつも遅れています。ですからいま私たちの目の前で、はるか昔のツイートが流れていてもなんの不思議もないのです」

「そういうもんかねえ。ま、あんたがそう言うんならそれでいいさ。ああ、ずいぶん長居しちまった。それじゃ、俺はそろそろ行くよ」

「おや、もうお帰りになるのですか?」

「帰る、というか、俺は旅をしてるんだ。早く今日の宿を探さなくちゃならない」

「それなら、私の家に泊まりませんか? 歓迎しますよ」

「いいのかい?」

「ええ、勿論です。それに、あなたに紹介したい人がいるんです」

「そいつは有難い。恩に着るよ。で、紹介したいってのは、あんたの家族か何かかい?」

「はい、私の伴侶です。すこし変わり者ですが、私は愛しています。インターネット、と言うのですが」

※本記事は、第二十九回文学フリマ東京(2019/11/24)において頒布した同人誌『インターネット2』に執筆したエッセイを転載したものです。

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