最後の贈り物

「今から行ってもいいか?」
 んー、どうしよう。男二人がかち合ったりしたら、面倒くさいなあ。
「長い時間はいられないんだけど」
 それなら、大丈夫かな。
「ちょっと、プレゼントがあるんだ」
 お金、苦しいんじゃないの? まあ、いっか。
「うん、じゃあ、ユナ、楽しみに待ってるね」


「ユナはお金がかかるの。わかってる?」
 そう、わかっていて、好きになった。
 だから、どんなに贅沢されても平気だった。それだけの稼ぎがあったし、ユナを連れているだけで、自慢になった。
 金のかかる女が悪いわけじゃない。
 金がないのに惚れる男が悪いのだ。
 マンション、家具。グルメにエステ。ブランドバッグにジュエリー。リゾート旅行。
 破産状態になったのはユナのせいじゃない。
 客のせいだ。談合していたことがばれ、しばらくは身を慎しむらしい。約束していた契約が全てパアだ。接待に使ったお金も全てパア。
 余裕があるときに銀行に勧められた投資も元本割れ。解約しても手数料を取られるだけだ。
 お金が苦しくなっても、頑張った。古い不動産を整理し、会社の人員を整理し、そして、整理するものがなくなった。
 最後の贈り物は私の生命保険しかないのだろうか。
 そうしたら、その後、ユナはどうなる?
 私が守らなければ、変な男たちが群がってくるだろう。そんな怖い思いをさせたくない。
 いつもより早く会社を出て、ユナのところへ向かった。
 高いプレゼントは買えない。どうしようか。
 ため息をついて、まわりを眺めると、ピンクの花束を持った若い男がいる。
 男は店のショーウインドーを鏡に髪をなでつけた。
 ホストのような顔がニヤけている。女のところに行く途中なのだろう。
 行こうとする方向は同じようだ。どんな女のところに行くのだろうか。
 スキップでも始めそうな足取りが憎たらしい。
 男はすっと、細い路地に入り込んだ。
 その後について、路地に入ると、男は立ち止まって、こちらを睨んでいた。
「おっさん、キモいんだけど、俺の後をついてくるの、やめてくんないかな?」
 誰がおっさんだ。
「君、自意識過剰じゃないかね。私は近道をしようとしただけだ」
「何だよ。俺の勘違いっていうのかよ」
 男は顔を近づけてきた。
「いいかげんにしたまえ。警察を呼ぶぞ」
 警察を呼ばなくても、こんな痩せた男、私でも負けない。
「はあ? 警察?」
 男がポケットから何かを取り出すと、パチンという音とともにそれはナイフとなった。
 薄暗い中でそのナイフだけが光って見える。
 ゆっくりと後ずさりしようとすると、ネクタイを捕まえられた。
「放せっ」
 必死で手を振り払い、もみ合った。
「ウッ」
 くぐもった声が上がり、辺りは静かになった。


 男が二人倒れていた。
 しばらくして、一人は立ち上がると、きょろきょろとまわりを見た。
 薄暗い路地の先、大通りは明るく見える。
 路地に入ってくる者も覗きこむ者もいない。
 倒れた男の胸にはナイフが刺さっていた。
 息をしていない。
 まるで、死体に供えているかのように花束が落ちていた。
 生き残った男は花束を拾い上げて、自分の手がどうしようもなく、震えているのに気づいた。
 大丈夫、誰も見ていない。
 死体のズボンのポケットから長財布を引き抜いた。
 十万円ほど入っているのを自分の財布に移した。
 そうか、こうすれば、まだ、ユナに贈り物をすることができる。
 男はゆっくりとその場を離れた。離れるのにつれ、自分の足取りが軽くなるのに気づいた。


 ピンポン。
 インターホンのカメラに映っているのは花束だ。
 ドアを開けると、「これを君に」と花束を渡された。
 なーんだ、プレゼントって花か。やっぱり、お金ないのかな。
「ありがとう」
 ユナはピンクのチューリップを受け取った。
 大好きなアンジェリカだ。この種類が好きだって、おっさんに言ったこと、あったっけ?
 尚也が選ぶようなプレゼントだなと思った。

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