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「お待たせいたしました。本日、ネイルの担当をさせていただきます山崎です」

 現れた山崎さんは相変わらず華やかだ。

「お久しぶりです。こちらで働いてるんですね」

 本当は山崎さんがいるから、このサロンを選んだのだ。

 私の苗字は珍しいので、予約を見て、山崎さんもすぐにわかったはず。それでも、私を担当することにしたんだ。

「ええ」

 短く答えて、山崎さんは仕事の顔を崩さなかった。

「お客様は爪が短いので、ジェルネイルで少し長さを出されたらいかがでしょう」

 ジェルネイルとはどんなものか知らないけど、態度には出さない。同じ会社でずっと、地味な女だと馬鹿にされてきた。だから、おしゃれを知らない女だとは思われたくない。

「それでお願いします。上品な感じにしてください」

 笑顔で付け加える。

「婚約者の家族と顔合わせがあるものだから」

 山崎さんの手がピクリと動いた。

「そうですか。おめでとうございます」

 あくまでも、私をお客さんとして接するらしい。

 悔しいでしょ。彼と浮気しても無駄だったわね。彼が愛しているのは私だから。会社を辞めて、こんなところにいたら、男あさりもできないでしょう。

 私は優雅な気持ちで山崎さんに自分の手を任せた。

 ヤスリで爪の形を整えられ、爪先にクリームを塗られる。

 透明な液を塗って、はみ出すたびに山崎さんは細い短い棒でこすり取っていく。

 それが、ツボを押しているのだろうか。何か、むずむずする。一通り塗ったところで機械に手を突っ込まれ、光を当てられた。どうやら、光で硬化するらしい。

 それから、薄いピンク色、また、透明と繰り返された。

「これででき上がりです」

「ありがとう」

 思わず、お礼の言葉を口にしてまった。嫌がらせを覚悟していたのに普通にきれいにしてくれた。

「お幸せに」

 最後の笑顔も素敵で、山崎さんは会社を辞めて、ネイリストになって正解だったのだと思った。

 その日の夜だった。

 何だか、爪がむずかゆい気がして、受付でもらったチラシを思い出した。アレルギーが出る人もいるからと渡された皮膚科のチラシだった。

 ただ、赤くも腫れてもいなかったので、様子を見ることにしたが、真夜中に目が覚めた。

 痒い。痒くてたまらない。

 救急車を呼びたいくらいだったが、氷で冷やして、じっと我慢した。

 朝一番にチラシの病院に行った。小さな病院の前で待っていると、若い男性がやってきた。

「先生、助けてください」

 もう我慢できずに縋り付くと、すぐに先生は診察室に案内してくれた。問診の後、先生は「少し、ちくっとしますよ」と言うと、いきなり、爪の根元に針を突き刺してきた。

「痛いっ」

 針を差した穴から白い液体が流れ出てきた。変な匂いがする。アルコール綿で拭き取ると、先生は立ち上がった。

「すぐに検査できますから」

 私は不安に駆られながら、待った。

 明日、彼の実家を訪問するのに指に包帯を巻かれたりすると、嫌だな。

 そう思っていると、先生が戻ってきた。

「どこか、東南アジア方面に旅行されたことは? あるいはお土産や雑貨で木製の物を触られたことはありますか?」

「いえ、ありません」

 そういえば、山崎さんは会社を辞める前にどこか南の島に旅行したとかでお土産を配っていたな。私には直接、手渡しでくれたので、気持ち悪くて、すぐに捨てたんだった。

「爪の下に寄生虫がいます」

「は?」

「大丈夫です。今なら、爪を剥がして消毒すれば、すぐに駆除できます」

 せっかくきれいにネイルしたのに。一瞬、そう思ったが、それどころじゃない。

「他に方法はないんですか?」

「点滴療法もありますが、一週間程度の入院が必要です」

「あの、明日は大切な用事があるので、その翌日からではダメでしょうか?」

「明日なんて、とんでもない。今も体内で繁殖しているんですよ。今すぐ入院か、直接駆除かです」

「爪を剥がすって痛いですよね」

「はい。麻酔もできます。ただ、麻酔の注射も痛いですから、指一本ずつ麻酔するくらいなら、麻酔なしで剥がした方が楽だと私は思いますよ」

 ありえない。麻酔なしで爪を剥がすなんて。

 山崎さんの笑顔を思い出した。まさか。いや、そうに決まっている。爪を押していた棒は寄生虫を感染させるためのものだったに違いない。

 いや、でも、本当に寄生虫なんているの?

 この先生もグルかもしれない。サロンでもらったチラシだし。私を困らせようと、話を作っているのでは?

「あの、少し考えさせてください」

 先生は真剣な顔になった。

「時間はありませんよ。繁殖した場合は腕を切断しなくてはなりません。心停止を防ぐにはそれしかないんです」

 恐ろしい話を軽くしゃべるところが、怪しい。爪を剥がすにしても別の病院がいい。まだ、間に合うよね。大丈夫だよね。

「一旦、お帰りになるのであれば、これをお持ちになってください。ご自分でもできますから。手の甲まで痒くなったら、すぐに爪を剥がしてください」

 そう言って、先生はペンチを私に差し出した。

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