怖いので西成で1,100円の宿に泊まった

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普段、宿泊先をどのような基準で選んでいるだろうか。
一概にホテルや宿といっても様々な形態があり、近頃はairbnbや宿泊前提の
漫画喫茶なども台頭していて " 雨をしのげる空間 " という定義でくくるのであれば枚挙に暇がない。

僕は仕事柄、定期的に出張があるためビジネスホテルに泊まることが多い。季節や予約タイミングにもよるものの、相場はおおよそ6,000~10,000円といったところが妥当だろうか。最安で4,000円を切るホテルに泊まったことはあるが、朝食が市販の菓子パン2個とパックジュースだった点以外は至って普通だった。料金によって最も差が生じるのは朝食のグレードではないだろうか。

こうして何件ものホテルに泊まってきて、ふと思う。
自分は宿泊先を探すとき、会社のPCから「じゃらん」や「トリバゴ」などの
代理サイトを通じて検索したホテルをなんとなしに選んでいる。
それらは、朝食付きなどの条件を無意識にチェックしたうえで代理サイトが提示してきた範疇の世界に過ぎない。もし、自分が1,000円くらいの現金だけ持たされて路上に放り出されたら軽くうろたえそうだ。現代はとても便利なサービスで溢れかえっているけど、生活を変えてしまうほどのデザインは同時にそれ抜きでは人間を生きられなくするほどの力がある。

大阪には、西成区(あいりん地区)というかつては日雇い労働者の町で知られた地域がある。インターネットの普及により " ガチでヤバい場所 " という印象を持たれているが、これはレッテル貼りでもなく概ねその通りである。真冬に裸の上からアロハシャツ一枚を羽織り、通天閣 " そのもの " と喧嘩をしているおじさんを僕は見たことがあるし、突然ラーメン屋に入ってきて
「俺、おかしくないやんな?」と確認して去っていく痣まみれの男もいた。こういう人々が異常分子としてではなく、あくまで日常の人として2020年現在にも生活しているゾーンなのである。

ここはいわゆるドヤ街としても知られており、宿泊相場が異常に安いことでも有名である。だいたいが一泊1,000円前後で、かつてはワンコイン500円で泊まれるところもあった。通りがかかったら分かるのだが、明らかにそこは " ドヤ " の様相を呈しており、スーツを着てオフィスで勤務している人々とは全くの異世界である。とてもではないが一見の部外者がポンと入れるような雰囲気ではない。

僕は、どうしても1,000円の宿泊世界を知りたくなった。
しかしネットで調べても、もはやどの代理サイトにも情報は載っていない。
ついぞ、こんな恐怖と不安が、浮かび上がってきた。

・受付の人、めっちゃ怖いんじゃない?
・区外の人間は追い返されるのでは?
・部屋どうなってる? 相部屋? 盗難とか暴行ある?
・お風呂なし? お風呂ある? お風呂きれい?
・虫わいてたりしない?
・布団臭かったらどうしよう
・冷暖房無しでめちゃくちゃ寒いのでは
・トイレ、和式? グロいことになってない?
・ロビー的なところで、他の宿泊客に睨まれたりしない?

怖い。
というか全てがあり得そうだし、未知のゾーンすぎて何の保証もない。
なので、自分で確かめに行った。

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動物園前駅に到着。
マルハンとドン・キホーテがよく馴染む。

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50円の自動販売機。
特別安いわけではなく、これがベースの価格帯。
お店のかけうどんも、150~300円くらいで食べられる。

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数件の宿を回ったが、既にいっぱいになっているところばかり。
身なりからして部外者だと判断され、言外に追い返されているのではと不安になる。50年ほど時が止まっているようで、カラーテレビの完備を謳い文句に挙げている宿が目立った。

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ようやく、部屋の空いているところにたどり着く。
一泊、なんと1,100円。
グレードが上がると冷房も付くようだが、冬だしメリットがなさそうだ。

恐るおそる受付に声をかけると、とてもやさしくておっとりした雰囲気のおばちゃんが対応してくれた。意外なほどに親切かつ丁寧で、この " なり " で荒ぶった男たちをたしなめることができるのか心配してしまうほどだった。

宿泊代プラス、部屋の鍵の預け賃として別途1,000円を支払う。紛失前提というのがいかにもらしかったが、シリンダーの交換等も含めて1,000円で大丈夫なのだろうか。と思ったが、実際に鍵を渡されて合点がいった。とても小さく、アルミでできているみたいだった。ここまで軽い鍵は、生まれてはじめて手にした。

ロビーとおぼしき場所には、対面型のソファが2席のみ。先客が既に座っている。「現場」という単語が頻出する会話から察するに、日雇い労働者だと思われる。片方が電話をはじめた途端、全くわからない異国語で話しだす。出稼ぎで来ているんだろうか。

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廊下、踊り場。
鬱蒼としており、廃墟、心霊スポットを彷彿とさせるに十分な空気感だった。天井もやたら低く、2Мもなかった気がする。

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共用部の台所。
これは強烈だった。調味料が用意されているが、とてもこれを使う気にはなれなかった。

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トイレは予想していた以上に清潔であった。
希望的観測にすら抱いていなかったが、ウォシュレットまで完備している。

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これはラウンジである。
おばあちゃん家(ち)に来た感がすごい。
冷蔵庫を開けると誰のものかわからない飲料が入っていた。
小さい虫が湧いていて、そっと閉じた。


裸の場所なので写真は撮らなかったが、お風呂は手厳しかった。
脱衣所はとても寒い。大浴場完備の触れ込みとは裏腹に、そもそも湯船にお湯が張られていなかった。シャワーは三台のみで、まるで幼児用のようなサイズの洗面椅子がポツン、ポツンと並ぶ。シャンプー、リンス、石鹸類は一切無し。タオルも用意されていなかったが、これはあらかじめ想定していたので持ってきておいた。下水のにおいがきついため、金銭的によほど困窮していない限りは入浴時のみ近くの銭湯に行ったほうがいいと思う。

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問題の、部屋。
空間にして、1畳。
カラーテレビ搭載。
カプセルホテルの部屋版といった空間で、立てるだけまだ広いともいえる。
虫だとか床の隙間とか、そういったものは見受けられなかった。

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テレビはチューナーが乗っかっているが配線類が機能していないようで、どう試行錯誤しても映ることはなかった。さみしい。

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仕方がないので、買ってきておいたイカでお酒を飲む。

用を足すため一回部屋を出入りしたが、建付けが悪いのか扉を開けるたびに
とてつもない軋みの振動、音が発生する。周りの宿泊客に申し訳ないため夜、もう一度トイレに行きたくてもいけなかった。実は今回の宿泊で一番難儀したのがこの扉の軋みで、人間の悩みはどこまでいっても対人関係にあるというアルフレッド・アドラーの教えをここで痛感するとは思わなかった。

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時刻は22:30。23:00が門限(意外にも早い)なのでこれ以上、どうしようもない。マットレスと布団を敷いて、横になった。

びっくりしたのが、布団類は臭いどころかとても良い匂いがする。
特に毛布。毎回、クリーニングしているのかな。柔軟剤を2倍使っているお家の香り。暖房もないのに、暖かいし。自分が普段住んでいるマンションよりずっと温い。こういうのがオフトゥンタンというのだろうか。

天井を仰ぎながら、考え事をする。
僕はどうも宿泊施設に対して、グレードが上がっても朝食くらいしか良くならないと知っているくせに、いざ料金が下がったら、すべてのサービスが悪くなるかのような思い込みを持っていたみたいだ。

現実は五分五分といったところで、お風呂のように想像どおりの環境もあれば、この毛布やトイレのウォシュレット、受付のおばちゃんの丁寧さといった「どうせ1,000円だろう」を超えるものもたくさんある。

大人になるとリスクを回避する思考が先行するため、その選択肢内で想定できる事象に対してあらゆる事前予測を働かせるようになる。その実態は決めつけによる妄想でしかないのに、実証もないまま脳内で「予想」を「現実」にすり替えていってしまう。

「日本では新卒じゃないと就職できない」といったひと昔の風潮もまさにそうで「どうせそうなるに決まってる」という思い込みは、人間のあらゆる選択と可能性を縛ってしまう。結果、僕のように普段なんとなく6,000~8,000円のビジネスホテルに泊まっている人間は、その価格帯、及び世界からは出られなくなってしまう。

これって、人生の一つひとつの行動すべてに当てはまるんじゃないか。
外食のランチをとってみても、毎回だいたい同じ価格帯のものを食べていないだろうか? それまでに受けた教育や人付き合い、収入・住環境にも左右されるが、人は無意識にあらゆるものへ相場を設けて、なぜかその範囲内を安全地帯としてしまう。

3日間、2,500円以内でどんな昼食にするかと考えても、とりあえずファミレスで800円の定食を3セットとか普通にやってしまうと思う。1~2日目まで西成の150円うどんを食べて3日目だけ奮発して2,000円のランチを食べたりするほうがずっとメリハリがあって楽しいかもしれないのに、150円のうどんと聞いた瞬間「なんかヤバそうだな」と感じてスルーする。2000円のランチともなると「住んでる世界が違うな」と思ってこれも遠慮してしまう。予算は2,500円でどちらも変わらないはずなのに、自分の世界を自分で隔離してしまっている。

でも、今回この宿に泊まって、意外と悪くないこともいっぱいあると分かったし、逆にもっと高いホテルに泊まったらまた新しい経験もあるのかなという好奇心も初めて湧いた。金銭的な意味ではなく、自分に選択肢という権利があるのを改めて実感できたのが嬉しかった。

そんなことを考えながら、お酒も入っていたせいか電気も消さずに寝てしまった。


朝、6:00頃にむくりと起きる。
モーニングはもちろん無し。
受付は別のおやっさんに代わっており、ほぼ無言で鍵代を返してくれた。

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明け方の西成は、空がとても綺麗だった。
空気が少し霞がかっていて、自分の知っている大阪じゃないみたいだった。
お腹が空いたが意外とどこもお店が開いてなかったので、日本橋まで歩いて
朝マックを食べた。


~泊まってみてわかったこと~

・受付のおばちゃんめっちゃ優しい
・エレベーターの扉、声にもならない引っ掻き傷大量
・思ってたより清潔
・毛布めっちゃ良い匂い
・部屋が一人しか入れない狭さのため、夜も話し声がなく結構静か
・自分のことなら我慢できるが、周りの客に気遣うほうが精神的にキツい
・人生の選択肢って自分で想像してる以上にいっぱいある

次はドミトリーの相部屋とか泊まってみたい。
新しい発見があるといいな。
分からないことがわかるになって、よかった。

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