引越し後のアンニュイ


引越し先に選んだのは、大阪北摂の県境だった。
街暮らしに決別するため、というのもひとつだけど「通勤時間の短縮」「部屋が広くなる」「家賃が安くなる」など諸々のメリットも見込めるのも大きかった。

どちらかというと、田舎に該当する地域かもしれない。
大阪府内屈指のマイナー路線が最寄り駅で、近隣の店舗は家族経営の商店が中心だ。一番近いコンビニはおばあちゃんが経営しているデイリーヤマザキ。バーコードに商品をとおすたび「これおいしそうやね」「これは高い」など、おばあちゃんからのコメントをもらえる。金額不明の袋ラーメンは、勘により暫定で110円になったりならなかったりする。クレジットの類などはもちろん使えず、2020年9月現在に至っても無料でビニール袋に商品を詰め込もうとする癖が抜けないためその度に娘さんに制止されている。街中では当たり前だと思っていたサービスのほとんどがここでは通用せず、最初はカルチャーショックが大きかった。

こういった地域というのは、本当に静かだ。
昼も夜もその静寂が変わらないのは、ちょっと驚いた。一般に、周りの騒音がないというのは好物件が示す特徴だ。会社からはすぐに帰れるようになったけど、こうも無音だと嫌でも自分自身と対峙する時間が増える。天満橋に住んでいた頃、毎夜のように家の前を通っていたパトカーや暴走族の騒音がいまとなっては懐かしい。過去が優しいのは、どんな嫌な思い出でもそれ以上変わらないことだけは保証してくれるからだ。都会を剥ぎ取った自分が、改めて独りなんだと痛感した。

住み始めて一ヶ月くらいでひとつ気づいたことがある。
お店の人が、都心に比べて話しかけてくれることが多いのだ。いや、正確には、人の優しさに気づいたというほうが近いかもしれない。冷静に振り返ると、街中に住んでいたときもお店の人というのは一言、二言話しかけてくれていたと記憶している。それなのに、娯楽の多さや人混みに孤独を紛らわしていたせいで、その気遣いを知覚できないでいたのだ。前に通ってた薬局のおばちゃん、おせっかいやなぁと思ってたけど、人間が人間であるのに都会も田舎もない。だから自分も、どこに行っても自分だと胸を張っていいのだろう。

こないだ、超近所にあるお米屋で「かえるの遊んでいる田んぼの米」を買った。おっちゃんが手早く袋に詰めてくれて、おかみさんがミルキーのアメちゃんを3つくれた。おやつをくれる人は全員良い人なので、この人達は良い人たちなんだと思った。でもアメはあんまり好物じゃないので、次はキットカットがいいな。


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