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スピリチュアルマスターの独り言23「グルが必要だった時代」

Netflix の番組を良く見るようになった。何より世界中のドラマや映画が見られて面白い。

しかし、ドラマは作られた世界であり、そこに描かれているのは人間の感情ドラマである。人々の興味を惹きつけることを目的に創造された刺激いっぱいの世界に飽きてきたりもする。そこで、ドキュメンタリーの中に面白い番組を探し始めた。

実際に起きた出来事や、偉業を遂げた人々の、精神的、感情的な葛藤や、そこから生まれた素晴らしい結果を見て、感動しまくっていた。

次に、詐欺や、いつの間にか周囲を騙すことになってしまった人、犯罪系のドキュメンタリーを幾つか見ながら、犯罪者とは言え、一方的な意見で過去の罪を暴き弾弓する番組に疑問を感じ、心地悪くなった。

この世界、間違い、失敗は誰にでもあることであり、他人を責めたり、人のせいにしている暇はないのである。自分の中にある影を見つけては愛で救う、を心がけながら生活していると、それだけで精一杯、他の人の影まで対応する余裕がない程、自分に集中するようになる。

ドキュメンタリー番組にも興味がなくなり始めたとき、見覚えのある顔がスクリーンに現れた。あれ?これ、OSHOじゃない?

私がヒーリングを学ぶためにインドに行った時、当時の師匠に連れられてOSHOの瞑想センターに行ったことがある。今、専門的に行なっているサウンドヒーリングとの最初の出会いとも言える、低いトーニングを使った瞑想を指導者のインド人の男性と一緒に行なったが、私には気持ち良く感じられなかった。

日本でも瞑想会に出向いてみたが、叫んだり、飛んだり跳ねたりする瞑想は、自分のエネルギー体が壊れてしまうようで、一回しか行かなかった。

とは言え、2000年代初頭、インドのイベントでも多くの人が讃え、多くの書籍が愛読されていたOSHOは、素晴らしいグルの一人として心に残っていた。

そのOSHOのドキュメンタリーは、アメリカにコミュニティーを作って、何千、何万もの人が、赤系の同じ色の洋服を着て、一人のグルを崇拝し、盲信し、熱狂していた1980年代の出来事を回顧している。

地元の住民と対立していく過程が、双方からの証言と共にとても分かりやすく解説される。対立はまるで戦争で、実際に両方が武装したり、スピリチュアル?!なコミュニティー側が、サルモネラ菌をレストランにまいたり、同じ仲間に対する殺人未遂、盗聴事件を起こしたり、人口増加を目的に全米からホームレスを連れて来て、その人達に与える飲み物の中には薬を混ぜていたり、全く知らなかった現実を知らされた。

全てを秘書に任せ、自分は沈黙の数年間を過ごしていたグルが、とうとう壇上で口を開いた時、自分の右腕として全てを任せてきた秘書の女性に全責任を押し付け、非難しまくった。

リフレクション(反映)、プロジェクション(投影)、抵抗、両極、、、、私の頭の中に、スピリチュアル法則の基本が次々浮かぶ。これらを習得しようと日々、奮闘している自分達が、どんなに幸運なのかが分かり、感謝しかなくなる。

ドキュメンタリーが懐古している時から10年、一時代を経て私の本格的なスピリチュアルな学びが始まったのだが、人類全体が発展していきながら、スピリチュアルな学びにグルを必要としなくなる人類全体の成長過程の時を、素晴らしい師匠に恵まれて、徹底的にスピリチュアルの法則を学ぶことができた事は、なんという幸運だろうか!

心理学から人間の感情を探究し、他の人に投影している情を全て自分の内に引き戻し、自分だけに反映させ注目し、愛で一から育て直す。決して、他の人のせいにはしない、見えるのは自分だけ、が基本である。

36に分類したスピリチュアル法則は、その後自然律という名前で新しくまとめなおしたが、「抵抗」は抵抗しか生まない、という基本を元に、抵抗、反抗、反発する自分の内を愛で分解し、新たなレベルに上昇させると、考えも及ばない新たな目線が生まれ、正しい対処法、新しいアイディアに恵まれる。

これだけマスターできれば、人間レベルを超越できるという大きな課題がある。それは、陰陽であり、この要素は生活の隅々に両極として限りなく見出すことができる。どっちがいい、悪い、正しい、間違っている、の思考を、表面的にも潜在的にも抱えているのが人間である。比べることで、ようやく判断できるのだ。

それらを徹底的に分析し、元を解明させ、次のレベルへとシフトさせ、新しい目線を開眼させる。

これらは、毎日の生活の中の出来事や経験を通して学べる。実際に感情に向き合い、古いパターンを解き放し、古い殻を脱ぎ捨てる過程は、蛹から蝶が生まれる時のように、必死の努力と自分への集中が必要となる。

それは、自分一人で、自力で通り抜けるべき、暗いトンネルのようなものだ。助けられるのは自分だけを通過できると、自分の神聖なチームと一つになり始める。

そうなった時、その人が放つエネルギーは、まったく別物になる。「こんにちは」の一言で、私の全身に鳥肌が立つ程、清らかで心地良いエネルギーだ。

そうなっても、まだまだ、もっともっと、上昇して行く。同じ努力を続けていく。それが人生を益々充実させる。

1980年代は、この周波数へ人間が到達する過程の時代だったのだ。当時の礎のお陰で今日の私達の道が実現できている、ことに感謝いっぱいになったドキュメンタリーであった。

こんな努力を実らせながらも、次に迎える課題に謙虚に向かい合い続ける2023年という時代に相応しいファシリテーターを紹介します。


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