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「北アフリカのイスラーム聖者信仰ーチュニジア・セダダ村の歴史民族誌ー」 鷹木恵子

刀水書房

宗教の定義とマグリブでのスーフィズム


「北アフリカのイスラーム聖者信仰」から。綿密かつ精力的な研究で、文献や石碑などの文字資料と、口述資料とがきちりと分別されている。聞き取り調査は現地方言で、相手の言葉が聞き取れなかった場合は録音から現地学生に一字一句変えずに筆記し直させたという徹底ぶり。

で、この研究の主眼はこの地のイスラーム信仰を、今までのような「知識人・民衆」という二項対立として見るのではなく、様々な位相の重なり合いとして見ていくというところにある。そこで引用されたブルデュー「アルジェリアの社会学」からの宗教の定義。

 現実の宗教とは、社会がそれぞれの時代において、意識的にであれ無意識的にであれ、複数ある選択肢の総体から、選び取っているもの
(p9)


前に見たバーガーの定義と並んで(というか方向性は異なるけど)かなり広い定義。
さて、マグリブ諸国では、マシュリク(エジプトより東)よりスーフィズムや聖者信仰に寛大で、為政者が教団出身だったり知識人からも概ね好意的に見られてたりしていたが、これは一つには盛んだったシーア派から盛り返す為にスンナ派が彼らの力を頼ったことが理由としてあるようだ。
(2015 11/08)

第2章チュニジア独立からの宗教政策

チュニジアでも政教分離の政策がとられ、公教育やハブス財(ワクフ)停止などが行われたが、トルコに比べるとまだ穏やかでイスラームが利用できそうなところは利用しよう感が見られる。その一方聖者信仰は弱められ、その子孫集団の中には村を出ていくことも余儀なくされた人達もいたという。
(2015 11/15)

第3章3つの位相、第4章セダダ村の聖者信仰

第3章で現代イスラーム実践について3つの位相を概観し、聖者信仰やスーフィズムの位相以外の2つ(公式イスラームとイスラーム以前からの信仰)を述べたうえで、第4章の聖者信仰へと移る。

セダダ村の聖者信仰には、もともと村があった山の上のものと、現代の平地の村の中のものと2種類ある。その中で山の上のものには村全体の祖先とされているブー・ハラールからその師、妻(悪妻だったらしい)・妻の妹(姉と違って?貞淑だったらしい、結婚が恥ずかしくて谷に落ちてしまったという)、ユダヤ人の聖者?までいるがこのユダヤ人は改宗してブー・ハラールに従ったのにも関わらず儀礼としては異教徒のユダヤ人に対する投石のみという。
ここからもわかる通りこの聖者(あ、樹木とか石が聖者?となっているものさえある←これはイスラーム以前の自然信仰の残存)の関係図式はそのまま村人達の生活の規範となっている。子供たちはこの聖者の関係図式を儀礼としてなぞることで一人前のムスリムとして社会化されてゆく。
公式イスラーム(国の金曜モスクを中心とした)とは対立関係というより相補関係にあるという。公式イスラームに対して。具体的・多様性・地域性を補完する。
(2015 11/29)

第5章セダダ村の聖者信仰実践

その時々の願い事と通過儀礼。割礼の時に皆でトラックで違う町の聖者の廟に行くのは、少年達にとって信仰実践だけでなく重要な体験になるだろう。
(2015 12/01)

通過儀礼のうち、出産・割礼・結婚などは聖者信仰の関わりが強いのに対し、葬式では全く見られない。これは前者が現世的利益、後者が来世的要請を求めていることによっている。

聖者廟祭やアシュラリー?祭は聖者信仰との関わりが強い。前者はもちろんだけど定期市と結びついて新たな役割(例えばほとんど家から出ない地方の女性達に外出・買い物の場を与えるなど)を提供。後者は元々はシーア派の殉教祭なのだけれど、スンナ派のチュニジアにおいてはなんか祭なんだけど公式ではなく不気味さを感じる人が多い。このような状況では柔軟性を持つ聖者信仰が深く関わってくる。
というわけで、公式イスラームと聖者信仰という二つの位相は相補的な関係にある、というのが鷹木氏の結論。
あとは終章。
(2015 12/05)

終章チュニジア宗教政策の現在セダダ村


終章読んで読み終わり。現在のチュニジアのイスラームについて、政府の宗教政策の緩和と観光化、聖者の子孫家系の人が野党党員になったこと、情報社会化、女性を含む教育の普及などを挙げている。ブルギーバからベン・アリー政権へ。イスラームの政治への参加を拒否しながらも、ブルギーバ時代よりは緩和されまずまずの政権だったのかなとこれ読む限りは思うけど・・・ただなあ、99%の得票率で当選とか言われるとなあ・・・
最後に、政治への聖者信仰の関わりについて、鷹木氏は独立前に戻ることはないと言っている。同じマグリブ諸国の王制モロッコ(国王と聖者信仰がかなりの関わりをもつ)や国内部あるいは国を越えてある聖者信仰集団が活躍するセネガル(小川了氏の著作を参考)とも対比させながら。
(2015 12/06)

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