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とけていく #文脈メシ

小さな容器に入れた茶色の小石のようなものを機械の真ん中にザラっと流し込む。程なく、風にたゆたうように浮かび上がる白くか細い朧雲。普段はスーツ姿しか見たことのない近所のおじさんが、妙に慣れた手つきで、割りばしにくるくると巻き付けていく。空気の含み方が驚くほど巧みで、どんなコツがあるのか聞いてみたいくらいだった。でもおじさんにそんなことを話しかけるのは嫌だった。きっと巻き方のコツを教えてくれるだけでなく、一緒に並んでいる友達のことまで話さないといけなくなるから。

センスのない人や初心者が作ると、ふんわり感がなくて密度の高い、ただの白い砂糖のかたまりになってしまう。

「やっぱり、おじさんどっかで修行でも積んだのかな」とぼそりと口にする。

「ありがとう、おじさん」

出来上がったばかりのふわふわを受け取ると、すぐさまふたり、指でつまんで少し、ちぎり、やわらかさを味わう。指はほんのちょっとべたつくけれど、口に入れた瞬間に甘さがほどけて広がる。雲のようなそれは、あっという間に消えてなくなった。ついでに指もペロッとなめて笑いあった。

思い出もこんなふうに溶けてなくなっちゃうのかな

毎年クラス替えしても、ずっと一緒だったのに、部活だって同じ部に入ったのに、なんでいなくなっちゃうの。

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「綿菓子とか、また一緒に食べたいね」

「あれこそ、家では味わえない食感だよね、その場で作ってくれたのをすぐ食べないと」

「そうそう、あのとける感じ」

「みんなでお揃いの浴衣を着て、待ち合わせしてお祭りに行くとか、去年までって夢でできてたのかな」

あの日一緒に綿菓子を食べた友達とLINEのビデオ通話で話すのはいつものこと。

あの日、綿菓子を持って歩いていると、遠くから視線を感じた。境内の向こう側に自転車を止めて待っている。転校していったあの子もこっちを見ていた。

駆け寄っていって一緒に綿菓子を食べたあの日。偶然を装って塾に行く途中で探しに来たあの子。

「また同じ学校に行けたらいいね」

転校しても、頑張って勉強して、同じ高校に合格したら、また顔を合わせて話ができるはずだった。部活でも、練習している姿を見ることが出来るはずだった。

塾の途中の偶然だって、ほんとは偶然じゃないことを知っていた。うちの近くまでわざわざ見に来ていたことも知ってた。

でも、恥ずかしくてそんなこと聞けなかった。

偶然に出会うなんて、もう今では懐かしい小説の中の話に過ぎない。

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「授業も家からオンラインなんてね、未来っぽいけど想像していた未来とは違った」

今日もLINEのビデオ通話。顔を忘れたくないから、最近文字のLINEはしなくなった。

「選ばれた人しか会うことが出来なくなるなんてね」

「誰とでもいっしょに遊んで、クラスで会えていたのが懐かしいね、学校は一緒なのにさ。まだ会ってないんでしょ?部活とか運動会とかもうあり得ないよね」

「時代の変化のスピードが速くなるって親が言ってたけど、だからってこんなに急に進むことなかったのに」

「そうだよね、卒業式もオンラインなんてさ、寂しすぎて涙も出ないよ」

「同級生に賢い子がいっぱいいるんだからさ、空気感染しない方法を早く発明して、誰でも会える時代が戻ってきたらいいのに」

「発明しちゃおっか、一緒に(笑)」


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せめて、来年の卒業式は顔を合わせてみんなでお別れができますように。

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