見出し画像

新しいんだか古いんだか川

fullkawahonpo

現在2020年の12月21日朝7時。
新しいオフィシャルサイトのチェックをしながらこれを書いている。

古川本舗として活動を終了したのが5年前。作りたいものは作りきったなんてまた偉そうなことを言って辞めた。
今だから話せることだけれどあれは真っ赤なウソだった。
何のことはない。単純に自分が心と体のバランスを壊して全部投げ出しただけの話だった。
作りたいものなんて永遠に無くなるわけがない。

あれから5年。5年経ってやる気になれなければ本当にやめてしまおうと思っていたのだけれど、
2017年だったか、27年来の友人と飲みに行った帰りに火が付いたと記憶している。

活動終了をした後、当時は本当にすぐ新しいことを始めるつもりでいたし、
実際に曲なんかも歌ものやらインストやら作ってみたり、新しいユニットのようなことを考えていたりもしていた。
しかし、どれもこれも納得がいかない上に、どんな名義で出せばいいのかということで躓いてしまった。

名義なんてと思う気持ちと、されど屋号、のような気持がせめぎあった結果、こんなにダラダラと時間がかかるとは思ってもみなかった。
今にして思えば、古川本舗という名前にも並々ならぬ愛着があったんだろう。素直じゃないね。

-

件の友人とは小学生のころからの付き合いで、今だになんだかんだ1年に1度くらいはフラッと飲みに行ったりしている。

彼女は古くからの友人であったので、小中高大バンドマン社会人、古川本舗としての僕も全て知っているのだけど、
ある夜、これまた久々に会って話をしているときにふと気づいた事が、
”この人はどの時代の自分もフラットに扱ってくれる”だった。

考えるまでもなくどの時代の僕も僕自身がやっていることなので、当たり前といえば当たり前なのだけど、
今まで僕はどこか「本名としての自分」や「バンドマンだったころの自分」「社会人としての自分」「古川本舗としての自分」を
切り分けて考えていた。
その証拠にというわけではないけれど、それぞれの友人関係が完全に別個のものだったりしていたのだった。
その境界線がどんどん曖昧になっていくのに耐えられなくなった結果、以前の古川本舗は終了した。


で。


僕のどの時代にも薄くかかわってきていた彼女にとっては、そんなことあまり関係なかったようで、
それがフラットな扱いにつながったんだと思う。
それに気が付いたとき、なんだか自然と、新しい名義にこだわっていることがバカバカしくなり、
音楽をまたやるなら、再び本舗さんのお世話になりたいと思い、活動再開を決めたのだった。


僕としてはそれでも古川本舗と僕自身は別の物だと思っているし、そうあるべきだと思う。

今は昔より僕自身の立ち位置や考え方がはっきりしたことで
やっと古川本舗さんと対等に話ができるようになった気がする。
そういう意味では、昔の古川本舗と今の古川本舗とは全く別のものだ。
ドラゴンボールで言うピッコロと神コロ様みたいなものかな。あまりDB覚えてないからあっているか自信ないけど。

そんなこんなでフュージョンしたので活動再開します。
本舗さんと皆様長いことお待たせしてサーセンした。
良い曲作りますんで勘弁してね。

-

ところで、個人事務所兼レーベル作りました。DONAI paris(ドナイ・パリス)と言います。名前の由来はバカバカしすぎるので、ここでは書き(け)ません。フランス全然関係ないです。


設立にあたっては古くからの友人でもあり、旧古川本舗でもアレンジやキーボード等で手伝ってくれていた
久保君が社長を務める会社、株式会社ドキドキファクトリーにお手伝いをいただきました。

DFスタッフ、広報オーシマ組長、Donaiスタッフ、アレンジャーの和音くん、まだ言えないけどボーカリストの皆様、最強写真家の星野(健太)さん、最強写真家その2の要芽、moonbugのノボちゃんエンジニア原さんはじめカフェオスタッフの皆様、ディレクターのRumblefish平出君
スタイリストM、下北hakuiさん、仮歌若さま(いつも感謝です)、CAMPER JAPAN近藤さん。旧古川本舗でお世話になったミュージシャン、スタッフ各位などなど、
そして何より5年も待ってくれた皆様のお力で新川本舗成り立っております。
ほんとありがとう。


性懲りもなくnoteなんて初めてみたんですけどこれはブログだと思えばいいんですかね。
流石に5年もサボってるといろいろ思うところも沢山あるので、
また月一更新とか半年更新になって怒られない様飽きるまでは書きます。

それではまた。

ふる