かしょうろ・2

夜になり、叔母とサエコさん、3人で夕食を食べた。海鮮がメインのとてもおいしい夕食だった。

サエコさんは元気を取り戻したようで、やつれた様子はなくなっていた。

「サエコさん、大丈夫だった?」

「うん。どうも今回のひととは相性が悪いのよね」

「ひと」

「あ、そっか、別にひとじゃないわね。おばけでも幽霊でも妖怪でも、なんだっていいけど」

「ひと」という表現は私の心を不穏な気持ちにさせた。いったいあの洞窟の中に何がいるのだろう。ひと?

「さて、夜ご飯も食べたし、会議といきましょう」

叔母が始める。

「まず、今日の夜はサエコちゃんと袋小路くんは一緒に寝てもらう」

「はあ!?なにそれ」

「えーショック!私と寝るのいや?」

サエコさんがふざけた表情で言う。

「あっあっいや、そういうんじゃないんですけど」

顔が熱くなるのがわかった。なにせ私はそのとき中学1年生、12歳だ。面識のすこししかない若い女性といきなり一緒に寝ることになってびっくりしないはずがないだろう。

「これは手順として必要なことなの。あなたとサエコちゃんの■■■(みぞぎ、だか、みぞぐ、というような発音の言葉だったが、意味はわからなかった。禊?)を合わせてあげたほうがいいと思うから」

「はあ」

「別に寝るっていったって変な意味じゃないから。そのまんまの意味よ」

サエコさんが笑って言う。私はこの時「寝る」ということばがエッチなことをする直喩だったことをまだ知らなかった。

「はあ」

「まあとにかくそういうことだから」

「へえ」

私は部屋に戻り、もう一度しっかりお風呂に入って、いつもより長い時間をかけて身体を洗って、歯を磨いた。叔母にからかわれたが、無視した。

ノックをして、サエコさんの部屋に入る。

「どうぞー」

「あっ失礼します」

「そんな緊張しなくてもいいじゃん」

「そういうわけにはいかないですよ。いきなり言われたからびっくりしちゃって」

サエコさんはそのときすっぴんだったが、やっぱり綺麗な人だった。

サエコさんの部屋はクイーンサイズくらいの大きなベッドがひとつ。やっぱりそうなるよな。なんとなく想像はしていた。

「別に一緒に寝るだけだから。ほんとにただそんだけだよ」

サエコさんは薄手のTシャツに短パンというラフな格好だった。多分普段からそのかっこうで寝ているのだろう。

「身体のほうはもう大丈夫なんですか」

「うん。大丈夫。お昼のときはごめんね。あのひととは私、相性が悪いんだ。あてられるっていうか」

あのひと。

「あてられる」

「そう、あまりに悲しくて。なんていうのかな」

「悲しいんですか」

「そう。明日あなたもあそこに入ってもらうことになるから、そしたらなんとなくわかるよ。たぶん。あなたも(叔母の名前)さんの血族だもん」

「そうですかね」

「袋小路くんは言ってみればバイパスっていうのかな。たとえが難しいんだけど、私たちが掃除機の本体の吸う力そのもの、モーターとかだとすると、きみが吸うところの回るブラシみたいなのあるじゃん、あそこの役割みたいな?」

「それってつまりめちゃくちゃ汚れるってことですか」

「そういうことだけじゃないんだけど、たとえが悪かったね」

「いや、まあ、なんとなくわかりますけど」

「なんにしても、誰でもできることじゃないんだよ。それは」

私は以前のほたるの一件を思い出していた。流れ込んでくる強烈な「さみしい」という感覚を思い出していた。今度はあれが「悲しい」なんだろうか。そう考えるとたいへん憂鬱だった。

「今日は移動も長かったし、疲れたでしょ。もう寝よ」

そう言うとサエコさんはもそもそとベッドにもぐっていった。

「あの」

「なに?」

「これやっぱあれですよね。同じベッドってことですよね」

「そうだよ。そうじゃないと意味ないから」

「正直めっちゃ恥ずかしいんですけど、俺が床で寝るとかじゃだめなんですか」

「それだと君を呼んだ意味が半分くらいなくなる」

「半分」

「別にいいじゃん、一緒に寝るくらいさ。お姉ちゃんだと思って!はい!」

手を引かれて無理やりベッドに引きずりこまれた。

私はサエコさんのほうを見ないようにずっと背中を向けていた。

「袋小路くん」

「はい」

「明日はたぶん、驚くようなことがいくらか起きると思うけど、あまり気にしないで、私と叔母さんの言うことを聞いてほしい」

「はい」

「こういう風に一緒に寝るのもその一環みたいなものだから。そんな緊張しないでさ」

サエコさんに後ろから抱きかかえられる。

「明日、よろしくね」

後頭部からサエコさんの声が聞こえる。私は自分の心臓の音がうるさくて、
こんなので眠れるかなと思っていたが、意外とあっさり眠りについた。


・・・


目が覚めると私は夢精していた。下着のまわりにぐちゃ、という嫌な感触が広がっていた。時計を見ると、時刻は朝の4時半。サエコさんはまだすやすやと寝息をたてて眠っていた。私は覚醒すると同時に猛スピード・かつ静かにサエコさんの部屋を抜け出し、叔母の部屋へ戻った。

叔母はもう起きて、コーヒーを飲んでいた。

「おはよう」

「叔母さん、おはよう。ちょっとシャワー入るね」

「どうしたの?」

「いや、なんでもない。ただ暑くて」

「そう?いってきなさいよ」

シャワーを浴びようと下着を脱いだとき、異変に気付いた。私の陰部の周りに血がべったりとついていた。私の陰毛にまんべんなく付着した生乾きの血を手にとり、匂いを嗅ぐ。嗅いでみると生臭い。ただの血ではない。嗅いだことのない、不思議なにおいがする血だった。私の身体から出た血ではないことは確かだった。

不思議なことに下着を洗っていると、下着に私の精液はなく、生臭い血だけがついていた。私は夢精していなかったようだが、これはいったい誰の血なのだろう

シャワーから出て、叔母さんに声をかける。
「叔母さん、なんかわかんないんだけど血が」

「あーはいはい、それはそういうものだから、あんまり気にしなくていいの」

ほとんど言葉をさえぎられるかのように、早口でまくしたてられた。

「そういわれても、なんかすごいんだけど。変なにおいだし……」

「あなたが気にすることじゃないから、大丈夫。ちゃんと洗ってきなさい。ただのしるしみたいなものだから」

「しるし」

「そう。ただ必要なことってだけ。詳しいところまで知る必要はないのよ」

会話をシャットダウンされてしまった。もやもやした気持ちで身体を拭いて、叔母のいれてくれたコーヒーを飲んでいると、サエコさんが部屋に来た。

「(叔母の名前)さん、おはようございます。袋小路くん、どこ行ったかと思ったら、もう起きてたんだ。早起きだねー」

サエコさんはまだ眠そうであった。この人の血なのだろうか。でも身体を怪我した様子はない。昨日はぐったりとした様子はあったが、出血を伴うような怪我はなかったはずだ。いったいなにがどうなって、私の陰部に血がつくようなことが起こったんだろう。しるし?なんのしるしだ。みぞぎ、とか、叔母が言ってた。なんなんだ一体。

もやもやした気持ちのまま朝ごはんをしっかり食べて、すこし散歩をした。
叔母さんとサエコさんは「作戦会議」と言って、部屋にこもっていた。

「本番は今日の夜からになる」

部屋に戻ると、叔母が言った。

「私たちは体力をなるべく温存したいから、昼の間はあまり動かないようにする。神経を研いでおかないといけないから」

「あなたも今夜は遅くなるから、昼寝なりなんなりしておきなさい」

「あと、今夜はいろんなことが起きると思うけど、私とサエコちゃんの言うことにできるだけ従ってほしい」

「何が起きるか教えてはもらえないんですか」

「うん。覚悟だけはしておいてね」

「わかりました」

サエコさんに昨日言われたことと同じだ。なにかが起きる。でもそれがどういう方向に動き、私がその中でどんな風に立ち回ればいいのかは、いつも直前まで(場合によってはその瞬間になっても)教えてもらえない。ただ、叔母と付き合うとたいていは変な目にあうのはわかっている。もう何が起きても驚くまいと、この時は思っていた。

サエコさんと目が合う。股にべったりとついていた生臭い血のことを考える。

夕方まで焦燥感に駆られながら、結局昼寝もなにもできずに過ごした。
この日の夜ご飯もおいしいものであったはずなのだが、味を覚えていない。

22時頃になって叔母が言った。

「よし」

「行きましょう」

・・・

叔母は何か重要な場面でいつも着ている藍色の和服に着替えた。一度聞いたことがあるのだが、特に意味を持っているわけではないらしく「勝負服」なのだそうだ。襦袢も含めてすべてが黒に近いような深い藍色で統一された和服は、観光ホテルの一室で見るととてつもない異質を感じさせた。叔母のその姿は和装の優雅な感じというよりは、外国の軍隊の、黒ずくめの特殊部隊員を連想させた。

サエコさんはジーパンにTシャツ、大きなリュックサックというラフな服装だった。

そして海に向かい、サエコさんの運転で出発した。

私は何か用意するものがあるか、と、叔母に尋ねた。
「覚悟ね」と、言われた。

叔母は状況に向けて神経を研ぎ澄ませているようで、極端に口数が少なくなっていた。サエコさんも終始無言だった。

海に着くと、昨日、昼に来たときとは様子が全然違っていた。
エハラさんに教えてもらった溶岩帯の磯の岬は満潮のためすべて海に沈み、道といえる道はどこがどこだかわからなくなっていた。ただ岬の先端の小さな山だけが、海の中にぽっかりと浮かんでいるようだった。

車から降りると、エハラさんが軽トラに乗ってやって来て、鍵のようなものをサエコさんに手渡していた。小さな声で何かをぼそぼそと話し合っていたが、聞き取れなかった。エハラさんは私のほうを見てにこっと笑った。私はエハラさんの笑顔を見て、少しだけ安心した。

我々はそれぞれヘッドライトを頭につけ、点灯し、海にじゃぶじゃぶと入っていった。満潮の夜の海は昼よりずっと冷たく、よそよそしく感じられた。

最初にサエコさんが先導していく。叔母が続いて、和服が濡れることもまったく構わない様子で続く。その後ろに私が続いた。途中、深くなっているたまりに足をとられて、何度か転倒しそうになったが、そのたび叔母が私を支えてくれた。どれくらい岸から離れたのだろうか、ふと、後ろを振り返った。

ヘッドライトに照らされたエハラさんが、私たちに向かって手を合わせていた。まるでお墓の前で拝むように、目をぎゅっとつむって、とても真剣に。その手には数珠のようなものが握られていた。照らされたエハラさんはとまぶしそうに眼を開いて、あわてたようにこちらに手を振った。

まるで私たちは死人だ。いや、実際そうなのかもしれない。ここはたぶん特別な場所だ。実際にどちらかといえば「死」の方面に向かって歩いている。そんな直感的な感覚があった。

何度か転倒しかかりながらも、水没した岬を通り抜け、陸地に到着した。
サエコさんはリュックの中からジップロックに入った乾いたタオルを出してくれ、私はそれで腰までつかった下半身を拭いたが、不快感と寒気は解消されなかった。ひととおり身体を拭くと、サエコさんが切り出した。

「さて、ここからが仕事になるわけなんだけど、袋小路くん、いきなりであれなんだけど、精液を出してほしいのね」

「は?」

「しゃせい・射精してほしいわけ。精液が必要なの」

サエコさんがまったく表情も変えずに言う。

「いや、この状況で、なんに使うんですか」

「まあまあ細かいことはいいから。私たちはどっか別のほう向いてるから、それに暗いからわかんないし。この紙に精液を出して、飴玉みたいにくるんで渡してほしい。あ、できれば紙の中心くらいに、あんまり散らかんないように出して」

そういって紙を渡された。湿ったようなと質感の、薄茶色の独特の紙だった(あとで調べてみたが、おそらく油紙と呼ばれるものだと思う)

「へぇあ」

私はなにがなんだかわからず間の抜けたような声を出してしまった。
叔母は何も言わず、サエコさんのリュックの中から何かを探していた。

「わかりましたけど、時間がかかるかもしれません」

「ここ蚊が多いから、あんまり時間かけないでねー」

サエコさんが言う。蚊の問題ではない。

私は物陰に隠れて、頑張ってひとりで射精した。普段自分でするのの何倍も時間がかかった気がした。なんだかとても情けないことをしている気がした。夜の海の孤島のようなところでひとりマスターベーションをしているのだ。どんな風に使われるのかはわからないが、私の精液がかわいそうだった。だが私はなんとか完遂し、それを言われたとおりくるくると包み、サエコさんに手渡した。

「長かったじゃない。まあいいわ。よしよし、上出来」

サエコさんは紙にくるまれた精液の量を検分するかのようにヘッドライトでよく確認し、リュックサックから小さいタッパーを取り出し、そこにしまった。

一体何が起ころうとしているのか、皆目見当がつかなかった。

「(叔母の名前)さん、準備できました」

海のほうを見て静かにしていた叔母がこちらを振り向く。

「それじゃ、行きましょうか」


https://note.com/fukurokoujidesu/n/na4b43080673c

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