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ショートショート

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🎖️ ピリカグランプリ すまスパ賞|ショートショート|誰モガ・フィンガー・オン・ユア・トリガー

「私がピストルの引金を引くのは上司に頼まれたからなの。決して私自身が好き好んでではなく……」と彼女は呟き、静かに水を飲んだ。 「それが役割ですから」と僕は返したが、自分でも気の利かない発言だなと思いゲンナリした。それで慌てて付け加えた。「あなたのおかげで静止した世界が動き出すんです。その先には喜びも悲しみもあるけれど、それはあなたのせいじゃない。まずは誇りを持たないと」  彼女と僕は仕事仲間だ。だから彼女の苦悩も分かるつもり。上からの指示をこなす日々に嫌気がさすこともある。

成人向け小説|水、知らず

 彼女は僕の背後から唾を垂らした右手でペニスを弄び、やがて優しく掴んでゆっくり上下に動かし始めた。左手は僕の太ももを艶かしく撫でていた。別の作業を同時にこなすなんて、なんだか育児中の母親みたいだ。僕はその健気さを労いたいという不遜な気持ちになった。肩越しに彼女の髪と顎と呼吸を感じていた。ポリス的な動物である僕らがその装いを脱ぎ捨て、単なる動物として存在しているように感じた。この時間がずっと続けばいいのに——と少年のように切望できるほど僕はもう若くはない。  29歳になり少し

¥290

プロフィール

はじめにショートショート 「2019年生まれ、火星のアウストラレ在住です」 「君、就活の場でふざけるのかね?」と面接官は厳しく問うた。と同時に、目の前の男は今までに見たことのない妙な髪型をしているな、と思った。 「いえ、これは事実なんです」と就活生は答えた。「早い話が、私は未来人です」 「……その髪型は未来で流行っているのかね?」 「あ、そうです。しまった……髪型もこの時代に合わせるべきでした……」 「しかし、なんでまた未来人様とやらがこの町工場で働きたいんだい?」 「順

ショートショート|朋友よ、読んでくれてありがとう

 聞き捨てならん! 貴様は今「ありがとう」などと口走ったな? 不届者め……臭い飯を食ってこい!  どうか、どうかご容赦を……。ああ我が孫娘よ、なんという……代われるものならこの老いぼれが……。  一般的に人間には口が1個ついており、耳が2個ついている。だったら、話すことの2倍聴くことをしなければならない……あくびの出るような説法だな。ただまあ「口は災いの元」とか「雄弁は銀、沈黙は金」ともあるし、つまりそういうことなんだろう。格言として残っているというのは割合に信用できる。血

ショートショート|政府セーフティシステム構築計画

「母ちゃん、ちょっと金くれ」と僕は頼んだ。無心すると生々しく生を実感する。母は顔をしかめて答えた。 「何に使うの」 「え、読みたい漫画が……」 「あんたは遊んでばっかり! ちゃんと将来のことは考えてるの!?」 「子ども扱いしないでよ。ちゃんと分別あるって。悪いのは全部、漫画が面白すぎるところさ」  母は渋々お金をくれた。僕は付け加えた。 「あ、ジュースも飲みたいからその分も……」  流石にお金を追加してはくれなかった。これもやっぱりジュースが美味すぎるのが悪い。もうメロンソー

ショートショート|君と付き合って自分が頻尿だと気づいた

 夏の暮れ、僕は彼女と入道雲を見に出かけた。それをしないことには、このどこか物悲しい季節に耐えられない気がしたのだ。しかし結果的に、絵に描いたような入道雲は空のどこにも置かれていなかった。ベストセラーの本を図書館に読みに行ったら、既に誰かに貸し出されていたように。「また明日ここに来よう」と僕は彼女に提案した。予定を立てる幸せは確かに存在する。入道雲は秋でもまだよく顔を出してくれるから惜しむ必要はない、と自分に言い聞かせる。彼女にも伝えた。  その帰りに住宅街を歩いていると、ど

ショートショート|ならば4人の場合は?

 高度10000mの旅客機内で2人の客の男が談議に花を咲かせている。彼ら以外の客は前からずっと迷惑しているがお構いなしだ。片方は背が低く太っておりテニスボールのようで、もう片方は背が高く痩せており針金のよう。彼らは仕事仲間だが、具体的に何に従事しているかは追々明らかになる。  針金に似ている方の男が切り出した。 「なんでこれ食べたん? って食べ物あるよな」 「ほお」 「例えばナマコ」 「ああ、確かにヌメヌメブヨブヨで抵抗あるわな。初めて食べた人はとてつもなく勇敢だったか、あ

ショートショート|引っ込み思案なコメディアン

 父は私が生まれる前、「かわい子ちゃんと出会いたい」「かわい子ちゃんはどこにいるんだ」と常々思っていたそうで、夜な夜な街に繰り出してはナンパに精を出していたらしい。しかしその定義からして美人は少なく、いても宇宙の法則よろしく既に彼氏や旦那がいてガードが固く、いよいよ虚しくなった折、そろそろ落ち着きたいという思いもあって地元の連れである母と結婚したとのことだ。それから数年後、私が産婦人科で産声を上げたその時、助産師さんから「元気な女の子ですよ」と手渡され、私のしわくちゃな顔を見

ショートショート|私は未来で歴史を学んでいる者です

「改めまして、私は未来で歴史を学んでいる者です」と彼女はハキハキと言った。正直ちょっと鼻につく。初めての体験だが、未来を生きる人間に対して劣等感を覚えているのかもしれない。自分より学歴が上の人間に対して心の隅っこで小さくムカつくのに似ている。僕だけ? ……これをバネにして勉強を頑張らなくちゃな。大学の先生とかなれないもんだろうか。そう、妄想するのは合憲。 「良いんですか、僕なんかで?」と僕は諭した。「当たり前ですがこの時代にも歴史学者っていますよ。そういう方々と話す方が有意義

ショートショート|匿名同盟

 妻が主催者である夫に「そういえばさ、『匿名同盟』の由来ってなに?」と尋ねた。夫は丁寧に答えた。 「昔、家の電話で——そういう時代だったね——クラスメイトの女の子に告白をした際、「好きです」って伝えたら電話の相手はその女の子のお母さんだったんだよね。あまりの緊張で、まず名前を伝えることと訊くことが頭から抜け落ちちゃてて。『お互いのことをよく知らない』って状況はどこか滑稽なんだ。だからかな。特に深い意味はないんだ」  妻はちょっとムッとした顔をした。夫は慌てて付け加えた。 「お

ショートショート|首都モスクワに海はない

 旅行会社が「モスクワの海へ行こう!」ってキャンペーンをしてたから、ロシアのこの地といや最近読んだトルストイの『戦争と平和』にも登場してたし、一度くらい本場のピロシキとかボルシチを食ってみたいってのもあって、思い切って申し込んだんだよ。蓋を開けたら「モスクワの海」って月面の、それも地球から見たら裏側にある地形の名前らしいね。要は宇宙旅行だよ。確かに飛行機でどれくらい時間がかかるか地球の世界地図を思い浮かべた時に、首都モスクワに海はないんじゃないかってボンヤリ違和感があったんだ

ショートショート|雨の日は宅配ピザがよく売れる

 雨の日は宅配ピザがよく売れるらしい。考えてみれば確かにそうだよなという気がする。傘をさしてスーパーに買い物に行くのはしんどいし、どこかの飲食店で食べるにも外出することすら億劫だ。  梅雨。窓の外は土砂降りで、僕も例に漏れず今からピザ屋のウェブサイトで宅配ピザを頼もうとしている。マルゲリータとペパロニのハーフ&ハーフ。さながらイタリアとアメリカの同盟。住所と電話番号を入力し、決済。便利な時代だ。きっと忙しいだろうからバイトの子には気の毒だが、これが資本主義だ。力の及ばなかった

ショートショート|血と汗と涙とプール水

 クイックターンで足裏が端壁を押し返すと、引き算された残りの距離が脳裏をよぎる。その瞬間に文字通り息が詰まり、クロールの息継ぎは一段と激しくなる。  僕の通っている中学の水泳部がなぜここまで異常にハードなのか誰か教えてほしい。こう書くとまるで僕が軟弱な人間のようだが、そこは頑として否定したいところだ。現に辞めていった仲間も多い中、僕はまだ戦っているから。……いや、辞める勇気もないのか。思い出してほしいのは中学において部活を辞めるというのが一大行為であることだ。頷いてくれてい

ショートショート|地下室が空っぽだとして

「突然だが、地下室が空っぽだとして、そこに至る階段に意味はないと思うかね?」 「……いいえ、思いません。ちゃんと意味があります。今後、地下室を用いる際にまず階段を降りる必要がありますから。例えばワインセラーとして……あの、こういうことではなくもっと観念的な話ですか?」 「君の捉えた通りで構わないよ。ワシにとって君の意見は大変に貴重だ。悪かったね、無駄に考え込ませて。この家に入る際に屋根は見たかね。風見鶏がついておっただろう。今の時代、気象会社による天気予報があるんだから個人が