脂肪注入の基礎知識(一般向け)

脂肪注入も随分一般的になってきて、アンチエイジングや豊胸、ヒップアップで選択肢の一つとして検討される方も多くなってきました。一方でネット上にはヤラセかリアルかも分からない口コミが溢れていて、どうしても耳障りの良い情報に流されがちです。今回は、そのような有象無象の情報から何が正しく何が誤った情報か判断して考えられるように、最低限知っておいてほしい知識を共有したいと思います。

脂肪の定着??

そもそも、脂肪の定着とは何ぞや?自分の脂肪だから安全安心とイメージしがちなんですが、実際どれだけ丁寧に細かく脂肪を注入しても脂肪細胞はかなりの割合が死ぬと考えられています。ある文献ではでは2割しか残らないとも。では結局2割しか定着しないのか?と言うとそうではありません。死んだ脂肪細胞は周囲に「死ぬから後よろしく」というシグナルを残します。そして周囲の幹細胞がそれを受け取って新しく脂肪細胞に分化するのです。一部は体の他の場所からも幹細胞が誘導されてそこに集まってくるというような論文もあるようです。こうして注入されたもののかなりの割合は死ぬにも関わらず、代わりに脂肪細胞が生まれてくるので全体としてはそこそこのボリュームになり、定着したように見える(組織の再構築)というわけです。本稿では分かりやすいようにまとめて「定着」とします。

脂肪の定着に必要な条件

上述のように脂肪は自分の組織だからと言って、安心というわけではありません。かなりの割合が一度死に(脂肪壊死)ます。「できるだけ死なないようにするための工夫」と「幹細胞が脂肪に分化しやすくすること」を考える必要があります。そのためには「注入する場所の状態」「脂肪の質」「脂肪注入の方法」この3つが重要になります。

1.注入する場所の状態

血流が豊富で柔らかい組織の方が脂肪はより定着します。脂肪注入後は近くの血管から新しく血管が形成され酸素を供給します。硬い組織の場合、無理に注入しても内圧が高くなり(パンパンになり)血流も潰れてしまいうまく酸素が運べません。授乳後の胸の方が定着がいいと言われる理由です。ただ柔らかい組織でも注入量が極端に多くなれば内圧が高くなるので同様です。タバコも血管が収縮するので血流が悪くなります。多量のアルコール摂取は幹細胞にダメージを与えるという論文もあります。硬い皮膚には皮膚拡張器を使ったり、一時的にインプラント(シリコン)をいれたりして脂肪注入前に少しでも定着の条件を良くする方法もあります。

2.脂肪の質

注入した脂肪がかなりの割合が死ぬとはいえ、最初から死んでしまっていては生き残るものも生き残りません。脂肪吸引時に吸引圧が高すぎると細胞へのダメージは強くなりますし、脂肪吸引する時に使う局所麻酔液(tumescent液)の薬剤の濃度なんかも細胞の生存率に影響します。脂肪細胞は低酸素状態に弱いので、吸引から注入まで時間がかかると時間経過とともに死んでいきます。また集めた脂肪をどう加工するかで幹細胞の濃度なども変わってきます。幹細胞は次に脂肪細胞になりうる細胞なので、多い方がいいことは間違いありません。ピュアグラフトやコンデンンスリッチ、セリューションやセルチャーなどいくつかの方法がありますが、それぞれのメリットデメリットについては、私個人の考えも入るのでご要望があればまた別の機会に。

2.脂肪注入の方法

注入方法については「できるだけ細かく多層に分けて」が基本です。具体的には1ccの脂肪を10cm以上の長さに伸ばして入れること、直径にすると2mm程度までに抑える事が守られるべき基本です。この注入を実現するためには内径の細い特殊なカニューレが必要になのと確実に多層に分けられる技術が必要です。どの程度の量を注入するかという事に関しては、皮膚の伸び、組織の厚さ、体格、血流が多いか少ないかなど複数の要素をみて判断しないといけません。よく誤解されている点は「注入していい量」と「注入可能な量」の問題です。これは必ずしもイコールではなく、「術後しこりなどトラブルなく安全に注入できる量」が「注入していい量」です。物理的に300cc400cc注入可能でも、それが安全に定着する量では決してないのです。部分的にボリュームを出したい場合、漏斗胸の方や乳房下部をしっかり大きくしたいというリクエストを頂くことも多いですが、これも同じで、どれだけ細かく注入しても部分的に量が多くなると中では重なり、塊になるのできれいに定着はしません。ほとんど脂肪が死んでしこりになっていても、深い部分であれば数年は自覚症状として出づらいものです。エコーやMRIなどの画像検査を行うと術後数か月でもはっきり診断できます。部分的にしっかりボリュームを出したい場合は期間をあけて適切な注入で何回かに分けるしか方法はありません。

ここまで突っ込んだ事はカウンセリングの際には全て話すこともできないですし、なるべく平易に書いたつもりですが読んでいただいた人全員が理解できるものでもないと思います。最後はカウンセリング時のフィーリングであるとか信頼感のような感覚的なものだと思います。経済的にも身体的にも負担のある手術です。耳触りのいい情報が溢れる中で少しでも術後に後悔する人が減ることを願って書いてみました。

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