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蕗ノート 終わりの始まり

羽黒山荒澤寺での9日間の山伏修行、秋の峰入り(詳しくはこちら)に参加させて頂いた。

終わってみて感じているのは、物事は絶妙なタイミングでやってくるし、やってきたものは素直に受けて、楽しんで生きていけばいいのだということだった。

一つでも何か違っていたら「ここ」にはたどり着けない。
山開きの晩、山の神社に行かなかったら
登山の後、映画館に行くのをやめていたら
宿坊の懇親会に、呼ばれて行かなかったら

山登りで登っている時は無我夢中であまり良く覚えていないけれど、一合目、二合目がなければ頂上にはたどり着けない。頂上にたどり着いた時にやっとこういう道すじでやってきたのだということに気づかされる。

修行中ずっとそうだった。真っ暗闇から始まる手探り状態での日々の中でだんだん光が差してくる。だんだん意味が分かってくる。

山の中で過ごしていた時間は日々幸せなものに変わっていき、何をしていても楽しいという状態が続いていた。

その中で本当に、何もいらないのではという思いは強くなった。
肉も魚もあれば頂くし、美味しいとも思う。
でも無くても幸せは感じられる。
電気がなくても、夜が明ければ太陽の光で文字が見れる。
ご飯を食べられない空腹の時間さえ、幸せな体の軽さだった。
メディアや娯楽と一切繋がらないその場所では、星空を見上げること、木々の変化を日々感じること、風の流れに耳を澄ますこと、雲の流れに目を向けること。すべてが楽しかった。

本当に必要な「分」って何だろうか。
必要な分さえあればいい。ここにはそれがある。

そんな風に感じたせいか、帰りはとても名残惜しかった。
人、ただ人としてだけ生きていくのであればここにずっといたい。

でも、人間としては戻っていかなければならない。
光、匂い、音。娑婆は山から戻ってきた体にはなかなか厳しくてまだ落ち着かないし、まだ夢の中にいるような感覚もある。


一つだけ今回修行して確信したのは
「ここに呼ばれたのだということ」

やむにやまれぬ事情で、朝日町を出て半年と少し。
朝日町に行く時もそうだったけれど、動き出すと一気に決まる。

鶴岡への移住は本当にあっという間に決まり私はいま、ここにいる。

自分で選んでいるつもりだった。全部自分で決めているつもりだった。
それが、東京を離れた時からそれは変わっていった。

目には見えない何かに導かれるように、ふと思った場所にはすぐ行けるし、会いたい人に会える。それは不思議な感覚だった。

秋の峰入りという自分の中での一区切りの中で、ここがゴールだと思っていたものがここから始まるのだというスタートだと気づかされた。


なぜ、祈るのか。
ありがたい。おかげさま。

この素敵な庄内という土地に住まわせて貰っていること。
丈夫で元気なこと。
惑もなく話ができる友人がいること
食べ物が美味しいこと
山や川や海に遊べること

土の上に、太陽の下に、ただ自分だけで生きているのではなく
生かされているのだと感じた時、自然と手を合わせたくなる。

まだまだ至らない点だらけの自分自身と向き合った9日間の中で、ますますこの鶴岡、庄内、山形という土地が好きになったし、ここに住まう神様・仏様とのご縁ができたことが本当に嬉しかった。


袖振り合うのも多少の縁。
ほんの些細な出会い、出来事も、私が「イマココ」に私としているために必要で、私もきっと誰かにとってそうなんだろうと感じることができた。繋がる全てに感謝を感じながら、これから先もお導きのままに、恐れず楽しんで生きていきたいと、それはこれまでも同じだったのだけれど、更に確信を持って軸が整ってきたようなそんな感覚がしている。

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