何故、ツイッター廃人が生まれるのか、というお話。

「ネットで日記を公開する人間は、精神に異常がある」と書かれているのを見たことがある。

当該誌が手元にないので正確な言い回しはわからないが、理由として「正常にコミュニケーションできる人なら、ネットで自己主張する必要はなく、身近な人に話して完結するはず」という感じだった。

 こんなのは「無職」「童貞」「低学歴」に並ぶネット罵倒常套句「おまえ、友達いないだろ」と同義であり、特に目新しさを感じないわけだが、全く反論の余地がない完璧なご意見だと思う。

不特定多数に向けて「新しい服を買っちゃいました!」と、部屋を必死に片づけ、鏡の前に立ち、乳がデカく見える絶妙な角度を探しながら撮影した奇跡の一枚を公開するという虚しさ。「フラれちゃった 。゚(゚´Д`゚)゚。」と童貞に撒き餌をする浅ましさ。「ねぇ、友達いないの?」と突っ込みたくなるのも当然である。

そこで己を振り返ってみたい。

ぶっちゃけ、私はネットの人間関係を煩わしいと思うタイプである。 バックグラウンドを知る者同士の付き合いですらめんどくさいのに、何が悲しくて性別すら分からない人間と仲良くしなくちゃならないのかと思う。つまり、私に限っていえば、ネットで文字を垂れ流す目的は「コミュニケーション」にはない。

では、何故私は、誰に頼まれてるわけでもないのに、毎日毎日アホみたいにツイートしているのだろうか。

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