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愛読者カードを、出さなくっちゃ

 『ゴーメンガースト』三部作の四冊目、『タイタス・アウェイクス』を買おうとした。密林を見るとプレミアが付いて倍以上の価格になっている。2014年の創元推理文庫。たった5年前の本だ。幸い、大型書店に棚差しの在庫がわずかに残っているかも知れないとのことで、取り寄せ注文した。

 ゆえに私は、ちょうど読んでいるグラビンスキ『動きの悪魔』に挟る愛読者カードを取り出し、書き始めた。熱烈な褒め言葉を連ねるでもなく、ただ、グラビンスキの未翻訳の小説の刊行を求む旨を簡潔に記し、投函する。

 もし世の景気が良く、出版業界も右肩上がりであれば、この愛読者カードは書かなかっただろう。読みたいものが「翻訳されない」「出版されない」という可能性の高まりに危機感を覚えるがために、確実に刺さる一手として愛読者カードを書く。うなるほどの金があれば無尽蔵に新刊を買い漁るだが、懐は年中吹雪いている。時間も金もないのに打てる手は、たまの贅沢にと買うこと出来た新刊の、愛読者カードを書いて送る程度なものだ。

 買いたい新刊は山ほどある。でも金はない。図書館はマイナーなリクエストにはなかなか答えてくれない。だから全集の端本によく世話になる。教養を物質的に所有することが流行した時代、かつて好景気にわいた時代の遺産を、古書店や古本市で漁る。しかし読みたい本に限ってほぼ見つからなかったり、定価以上になっていたり。復刊ドットコムは万能ではない。

 売上スリップ廃止後は、スピンがない単行本の栞に困る。実用書なら帯を畳んで使うのだが、文芸書だと折り目がつくのがいやで、なんだか使いたくない。読みたい本が読めず、買いたい本が買えない世はもう到来している。英語を勉強するか……いや、どうあがいても翻訳者の水準には至れまい。先日、モディアーノの絶版本を苦労して手に入れた。とても綺麗な状態で、蔵書印は品川区の図書館のものだった。

 もっと早く生まれていたら、あるいは成功して金があったらなぁ、と身も蓋もないことを考える。本の寿命は更に短く、細くなりつつあるのかも知れない。

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