29. 1周忌

あぁ、そうか、そうなんだ、なんで3回忌は2年目にやるのかってことを理解した。レベルが1上がったというよりそもそも言葉遣いが間違ってた。ぼんやりとあるものを受け入れているのは自分の問題点であって誰のものでもないけれど、ふとした疑問が沸き上がってそれを調べてっていうのはわりとよい、それが祖母の1周忌であるわけだから仏縁というか亡き人を縁にというのもありがたいと思うわけであります。合掌。

最後の10年くらいは脳が半分無く半身不随で人格も変化していて、名前と間柄だけは確かで、人間てけっきょくのところ何をもって好きで何をもって愛しているのかとよく考えていた、きっと何もかもが頭で思っているばかりであって、もっと深いところ、存在すらも認識できない何かが鼓動しているのだろうっていう結論、正しくはないかもしれないけど思い出で生きられるほど真っ当な人間ではないんだ残念ながら。説明のつかない何かで愛していたんだと思うよ。

生きていてうれしかった、でもその半面で黒い感情だってもちろんあった、最低で酷いし自分勝手だわな。本人も色々と言ってはいたけどそれが本心かどうかはわからないから何ともいえない、医療の発展と共に助かる命は増えた、寿命も延びた、それが喜ばしいことだけかといえばこれも何ともいえない。本人も周囲も執着や欲で双方に対しての影響や干渉、傷ついたり重かったり後ろめたかったり辛かったりあると思う。そこから生まれるやさしさやあたたかさや光があるのは事実だとしても。

縁起があって、苦しみには原因があって、それを取り除けばってけど全部取り除いてしまったら人間味ないよね、その冷たい感じが後々救うのかもしれんけど、個人的にはちょっと違うよね、少なくとも今世は人間らしく精一杯いこうと思いますわ。新しいものが生まれたらそこに光と闇はどうしても生まれて、でもそれを理解しておくことが大切だと思うし、苦しみに対して覚悟をしておくのは大事だと思うよ。それでも、でもそれでもってあるじゃんね。そういうほうが好き。1日でも長く生きているのが本人のためであるんだって、1日でも長く生きている方が世のためでもあるよ、きっと。ありがとう。

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