知識と臨床の繋がり 〜課題設定 × 姿勢制御 × 感覚入力 × 運動学習〜_4659文字
はじめに
課題設定(運動の自由度問題とシナジーパターン)の解説を行い、姿勢制御や感覚入力、運動学習との関わりについて深めていきたいと思います。その中で、今までお伝えした知識と臨床をイメージ化していくことを目的とし、臨床場面を振り返る機会にして頂ければ幸いです。
※ 以前の記事(姿勢制御、感覚入力、運動学習)を読んで頂いた後に読まれることを推奨致します。
また個人的ではありますが、私自身の臨床に影響を与えた大先輩からの言葉をご紹介致します。
スキルとしてハンドリング精度を高めていくことの目的を感じ、ハンドリングという感覚入力にこんな想いを持って臨床に挑んでいる大先輩を改めて尊敬する機会にもなりました。
感覚入力 × 姿勢制御 × 運動学習
No Sensory 感覚入力が無ければ
No movement 運動実行は起きない
And そして
No Postural control 姿勢制御は駆動せず
No Motor learning 運動学習は生まれない
課題設定 : 運動の自由度問題
感覚入力が粗大であれば、運動実行も粗大となりやすく、選択的な感覚入力であれば、選択的な運動が可能となります。
例えば、正座後のしびれた足での歩行では足部の底屈・背屈の選択運動は乏しくなり、足関節を支点とした歩行は困難となります。
そのため、療法士は治療を行う上で、具体的な治療介入=どこの筋(筋紡錘)や関節などに働きかけるかを考える必要があります。
そして、治療介入までのプロセスでは、コミュニケーションによるSDM(Shared Decision Making)に基づいた目標設定を行い(全体課題)、1回の治療目標=治療課題(部分課題)を明確化する点が土台となります。
課題設定を行う際に、運動の自由度問題を含めて考慮することが望ましいと考えています。
Bernstein(1967)らは運動の自由度問題を提言し、眼の前のコップに向かってリーチ動作を行う場合、リーチの軌跡は無数にあるが、何故その軌跡を描いたのか?、運動には自由度があり、何故その自由度を選択したのか?(自由度の凍結と開放)という点を議論していました。
自由度の凍結とは、言葉の通りで運動方向を制約して、定型的な運動を生み出す特性を持ちます。発達過程では、生後2-3ヶ月時に見られる原始運動(GM:ジェネラルムーブメント)の制約が代表的とされ、動く範囲は狭小化し、主動作筋と拮抗筋の同時収縮が強くなります。次に、自由度の開放は凍結から解き放たれ、バリエーションを持った運動を生み出す特性を持ち、主動作筋と拮抗筋は相反活動が見られるようになります。このように、発達過程では凍結→開放→凍結→開放という流れの中で、多様なバリエーションを学んでいきます。
そしてBernsteinは自由度問題の結論は、いくつかの筋活動を組み合わせる「シナジーパターン」が存在することで、自由度を制約した中での効率的な運動(自由度が大きすぎず、小さすぎない)が可能となったという仮説にたどり着きました。
例えば、食事を想像して下さい。ホテルのビュッフェスタイルのように、いろんな食べ物を選択していく場合、食べ始めるまでに時間がかかってしまいます。ところが、吉野家のように食事パターン(セットメニュー)が決まっていると素早く食事することが出来ます。このセットメニューがシナジーパターンであり、パターン=A+B+C+Dのように予め一つの集合体として出力がセット化されていることを意味します。このメリットは、リーチ動作までの時間が短く、早急に対応することが出来る点です。
自由度問題を右上肢のリーチ課題として考えると
・左体幹が活動し、安定性を提供 ≒ 自由度の制約
・右肩甲帯が駆動し、運動性を提供 ≒ 自由度の開放
・右肘が活動し、安定性を提供 ≒ 自由度の制約
・右手/手指が駆動し、運動性を提供 ≒ 自由度の開放
などのように、自由度の調整を行うシナジーパターンが存在する可能性が近年、示唆されていきます。
以上が課題設定時に自由度問題を考慮する点の概要となり、安定性と運動性の観点を持って課題特性の理解を深める必要があると考えられます。
また課題設定 × 姿勢制御 × 感覚入力 × 運動学習の流れを整理すると臨床の流れはどのようになるでしょうか?
・治療開始すぐに背臥位でモビライゼーションを始める
・治療開始時に対象者と目標を共有せずに、ペグ練習、歩行練習をする
などの治療プランに違和感を感じるようになると思います。
少なくとも、治療開始時に代診であったとしても、対象者とコミュニケーションを通じて目標を共有し、課題を確認することが必須であると考えています。
私自身が考える臨床での知識と臨床の繋がりについて記載していますので、参考にして頂ければと思います。
〜臨床の流れ〜
・課題設定
全体課題:SDM(Shared Decision Making)に基づいた目標設定
部分課題:全体課題を細分化することで部分課題を設定
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・課題設定に向けた療法士の心構え
自由度問題を考慮して安定性(≒自由度の制約)と運動性(≒自由度の開放)
という構成要素をセラピスト自身が理解して(知識が必要)課題を設定するこ
とが重要となります。
↓↓↓↓
・姿勢制御
姿勢制御の特性から、自身が治療展開で求めるものは、
垂直性、姿勢反応、予測的姿勢制御などの要素について明確化する
↓↓↓↓
・感覚入力
自身が求める課題に必要な筋/関節など末梢の感覚器に対して、治療介入を
行い、感覚入力→運動出力→感覚入力のサイクルに基づいた感覚運動経験を
促していく。その際、決して他動的介入になりすぎない配慮が必要。
↓↓↓↓
・運動学習
得た感覚運動経験に対して適応を促す(適応学習)、強化を図る(強化学
習)ことで、経験から学習への移行を促進する
結果として、行動変容を目指していくことが重要であると考える
シナジーパターンの特性
近年、特に歩行におけるシナジーパターン特性について研究が進んでおり、脳卒中後遺症者の歩行では、シナジーパターンのバリエーション低下が報告されています(Lenaら2015)。
歩行には大きく、モジュール1〜4のシナジーパターンが存在し、歩行周期に合わせた基本パッケージとして活動します。
・モジュール1 :立脚初期〜中期
・モジュール2:立脚中期〜後期
・モジュール3:遊脚初期
・モジュール4:遊脚後期
ところが脳卒中後遺症後の歩行時では、モジュール②と③が組み合わさる=同時活動が認められています(≒自由度の制約)。
またシナジーパターンは、動作の前後の姿勢によっても、求められるシナジーパターンは異なる=「文脈」によるパターン変化が報告されています(Yaguchiら2015)。
例えば、上肢をリーチする際(下図)
・手を膝の上:カップは手の外側=肘の伸展筋が活動
・手は背もたれの上:カップは手の内側=肘の屈曲筋が活動します。
すなわち、開始姿勢=姿勢制御によって、運動制御=自由度の調節に影響が出てくることになり、目的とする課題の開始姿勢に対する評価を行う必要があると考えられます。
治療への示唆
シナジーパターンを考慮した際、治療への示唆は何が見えてきますでしょうか?
それは粗大な筋出力を高めるだけでは、パターンそのものを強めることは出来ても、パターンのバリエーションにつながらない点です。
感覚入力の項で説明しましたが、最も大事なことはバリエーションあるチャレンジ・失敗・成功です。バリエーションを増やすためには、どうすればいいのか?それは選択的な感覚入力です。
選択的な感覚入力とは、大雑把に粗大な感覚を入れるのではなく、具体的にどこに対して感覚入力を行うのかを明確にし、その際に安定性や運動性をどこに提供するのかをセラピスト自身が判断し、ハンドリングで提供することです。
例えば、足底からの感覚情報が欲しいと想定した際、立位で重心移動を練習しても体幹や股関節が左右にぶれてしまっていては、足底だけでなく体幹・股関節からの感覚入力も加わってしまい、足底からの感覚入力に焦点を当てることが出来ません。その結果、姿勢制御は足底に対する姿勢制御ではなく、全体的なバランス戦略となり、運動学習は身体全体でのバランスを学習してしまいます。決して、選択性(≒分離)を伴ったバリエーションあるパターンではなくなってしまいます。
近年の研究では、ハンドリングによる選択的な感覚入力(ボバース概念に基づく)によってシナジーパターンに選択性(分離)が生まれることや、パターンの出力を高めることが報告されており、臨床家にとっては日々の臨床をサポートしてくれる報告が出てきています(Kogamiら2018)。選択的な感覚入力が、選択的な姿勢/運動制御に寄与し、運動学習を進めていくことが治療では大切であると考えます。
終わりに
今回、知識と臨床の繋がり〜課題設定×姿勢制御×感覚入力×運動学習〜というテーマでお伝えさせて頂きました。
私自身の臨床での考え方がベースとなっており、偏った見解かもしれませんが、是非ご自身の臨床を振り返る機会としてご活用頂ければと思い記事を書かせて頂きました。課題設定において、Bernsteinの自由度問題などの歴史を学ぶことは、考え方のルーツを知る機会にもなり、療法士の考え方の幅を広げるきっかけとなると感じています。
今後は、BESTestの評価表の日本語訳、姿勢制御と歩行をご紹介していきたいと思いますので今しばらくお待ち下さい。
いつも多くの「スキ」を頂き、感謝しています。
参考文献
・Bernstein, N. (1967). The coordination and regulation of movement. London: Pergamon Press.
・Cohen, R., & Sternad, D. (2008). Variability in matorlearning: Relocating, channeling and Reducing Noise. Experimental Brain Research.
・Yaguchi H et al. Modulation of spinal motor output by initial arm postures in anesthetized monkeys.J Neurosci. 2015 Apr 29;35(17):6937-45.
・横山光他;正常・異常歩行の神経生理学的理解のポイント‐筋シナジーに基づいて‐ 理学療法.2018
・Hiroki Kogami et al. Effect of Physical Therapy on Muscle Synergy Structure during Standing-up Motion of Hemiplegic Patients. IEEE Robotics and Automation Letters ( Volume: 3 , Issue: 3 , July 2018 )
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