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キリンジのエイリアンズで小説を書いてみた

【小説】僕らはエイリアンズ 月の裏を夢見て

☆ストーリーの前提となる時代設定の考察はこちら☆

今日も眠れない。あぁもう夜中2時かよ。寝られないなら勉強しろよなって思うけど部屋の中でさっきから虫が鳴いて僕を邪魔をしてる。音に近づくとピタッと鳴きやむからどこにいるかわからない。電気つけてると部屋の中が蒸し暑いし窓開けると秋の虫がやかましいすぎる。
だいたい何で兄ちゃんの部屋にはクーラーがあって僕の部屋には無いんだよ。。兄ちゃんは確かに大学受験控えてて成績も良いからさ仕方ないけど、僕だって高校受験あるんだから同じじゃないか。
とはいえ、夏休みの大会終えて部活も引退してクラスも一気に受験モードになって皆急に勉強始めるから中間テストマジでヤバい。志望校も決めかねているし。。まさか進路希望調査表にミュージシャンになりたいなんてかけないし。でも眠れない本当の理由はもうひとつある。

同じクラスの竹内光子のことだ。竹内はこのところ毎晩、団地の外階段の一番上ででひとりで泣いている。でもいつからだ?部活やってた頃の僕は一度寝たら母さんに叩き起こされるまで絶対起きなかったから気づかなかっただけか?
それにしても何で毎晩泣いているんだろう。志望校のことだろうか?でも勉強はできるし。。そういや竹内って教室でもいつも一人でいて中学からの転校生みたいだし友達いないのかな?3年で初めて同じクラスになったから僕は竹内のこと何も知らないし。。 
 なんて考えてたら既に2時半だよ。目バッチリ冴えてるし。竹内は今日もいつもの場所に居るのだろうか。やっぱ気になって仕方ない。

兄の部屋が寝静まってるのを確認したヤスは、そろっとドアを開けて外廊下に出てみた。外階段を見上げると常夜灯に照らされた光子が見えた。反対側の中階段からそっと最上階まで上がったヤスは外階段の光子に近づいて立ち止まった。

「よぉ、竹内。進路調査表で悩んでるのか?」
光子はうつむいたまま首を降った。
「ふーん、じゃあ親とケンカしたのか」
光子はなにも答えなかった。
「そこ座っていい?」
ヤスは鼓動を押さえながら光子の横に腰かけた。光子はいつも前髪で顔を隠すようにうつ向いているがよく見ると大人びた、何か諦観してるような表情を見せている。光子の横顔を見ると頬骨のところに青アザができていた。
「親に殴られたの?大丈夫?」
涙をこぼした光子にヤスは続けた
「竹内、毎晩そこにいるんだろ。そんなに家にいるの嫌なら家出すれば?
武田の家も親父が殴るんだろ。あいつとかかには相談すればいいじゃん?」 
「武田小百合?絶対イヤ!あの子、働いてる彼氏の家に転がり込んで妊娠して中絶してるんだから」
「ウソ!本当?知らなかった」
「学校には内緒だから。でも女子は皆知ってるよ。だいたいこんな時間にコンビニなんかいったら不良グループに入らされて、兄弟の儀礼させられるだけ。家出したってヤクザの下っ端の風俗に送られるだけだもん。そんなのダサすぎて絶対イヤ。」
「ふーん、女子ってそうなんだ。。」
「そういう女子は制服に印つけてるから皆わかるよ。ブラウスの襟が学校指定の丸い襟はノーマル。上のボタンを開けてるのは彼氏募集。四角い襟は彼氏がいるサイン。ボタンダウンは高校生以上の彼氏。開襟シャツかボタン2つ開けてる子は経験済み。知らないで違うブラウス来てくる子は上級生のパトロールが来て女子トイレで尋問されるの。」
「えっ、で竹内の襟は…」
「岩井久美子がボスだよ。お兄さんが暴走族のリーダーだからって偉そうに学校締めて回ってる。ブレザーからブラウスのカフスが出るように袖まくってるのがその印。学校で一人だけ。バカみたい。」

今まで気がつかなかったけどた言われてみればたしかにそうだ。男子にも不良グループに入って偉そうに息巻いてる奴やオザキ!オザキ!って連呼してる尾崎豊教徒はいるけど女子はすごいことになってるようだ。まあ、ほとんどの男子はおニャン子クラブに夢中な奴らばかりだけど。

「そうかぁ。家も外も学校も居たくないんじゃここしか居場所がないよなぁ。僕の家も僕の部屋だけクーラーないから暑くて夜居たくないけど。親に文句言っても『じゃあここで父さん母さんと川の字で寝よう』だなんて言うんだからひでぇよまったく。。ってごめん、そういう話じゃないよね。」

光子は首を振った。ヤスは一生懸命言葉を探した

「進路希望調査票の将来就きたい職業欄にさぁ、ミュージシャンって書いたら親にお前馬鹿か?て言われたんだよね。でもさ、3コ上の兄ちゃんも本当はプロのミュージシャンになりたいと思ってるんだ。兄ちゃんはA高行ってて僕と違って勉強できるんだけどさ。僕に洋楽教えてくれたんだ。ライブエイドのクイーンのステージ見たときはホント全身に衝撃が走ったんだ。こんなすっごい世界があるんだって。でもクラスの奴らはおニャン子ばっかりで洋楽には誰も興味持ってくれないからつまんないんだよな。竹内はwe are the champions って聞いたことある?俺たちは王者だ!って」

光子はこくっと頷いた後、震える声で話し出した。

「鳥越さぁ…私……大人になんか…なりたくなかった…」

「う~ん、そうだよなぁ。ミュージシャンだってほんとになれるかわからないし、でもほかの職業なんて何が向いてるかなんてわかるわけないよ。その前に高校の志望校決めなきゃならない……」

えっ?今、大人に(なりたくなかった)って言った?ってことはもう大人になっているってこと…?っていうことは何?ええええ?その時、雲間に隠れてた月が姿を現し、僕らの額を撫でていったような感覚がした 。僕は真相に気づいてしまった。

「竹内、まさかさぁ、父親に無理やりやられた…なんてことあったの…?」

「血は繋がってないけどね…小2でお父さんの借金で離婚して、ずっとお金がなくて、お母さんあの人と別れたらまたお金に苦労するからって、あの人酒飲むといつも不機嫌になってさ…暴力振るわれても黙っているの。5年生のとき私がいやだって言っても知らんぷりして。でもほんとはお母さんもこっそり浮気してて、二人とも不機嫌になると私に当たるの。お前がいるからこうなったんだ!って」

大人になりたくない
でももう子どもには戻れない
今すぐ大人になることもできない
今すぐなれる大人にはなりたくない
僕が竹内にできることなんてあるのだろうか?

その時、どこかでけたたましいアクセル音をふきならした族車の群れが通過して行った。
僕ははっと思い付いた。

「ねえ、竹内。ちょっと歩かない?
何かこんな所誰かに見られたらまるで僕が泣かせてるみたいだし。それに、僕が竹内に取って置きの魔法をかけてみせるよ」

ヤスは光子の手を引いて立ち上がらせた。
不意に手をつないだので後から鼓動がバクバクしてくるのがわかった。手を離そうかと一瞬思ったが手を離したら光子が消えてしまいそうだったからずっと握ってパイパス道路まで連れてった。

車の消えた街道は回りが畑で辺りが暗く街灯だけが連なって遥か西の山々へと続いている。この先は高速道路のインターチェンジがある。ヤスはふりかえって光子に語りかけた。

「ほら竹内、見てごらん。まるで新世界へ続く道のようでしょ。この道をまっすぐ行くと茄子鷹の尾根へ通じてるんだ。あの山の上に行くとUFOが下りてくるんだ。そして僕は君を迎えにやってきたんだ。
『ワレワレハウチュウジンダ。ヨウコソタケウチミツコサン。ワタシハアナタヲカンゲイイタシマス。』」

「何それ?トリゴエ星人?」

「まあ、そんな眉ひそめないでさ、もう少し聞いてよ。『エイリアン』って宇宙人が侵略する映画あるじゃん。でもエイリアンは侵入者とか外国人とかよそ者って意味があるんだよね。異邦人がわかりやすいかな。
スティングがEnglishman in New York で
I’m an alien I’m a legal alien
I’m an Englishman in New York
私は異邦人 合法的な異邦人、
New York のイギリス人なんだから
て歌ってるんだ。
だから僕らもエイリアン。
複数いるからエイリアンズか。
僕らは今この団地の中で二人だけこんなに孤独を抱えている。僕らはこの町のよそ者。
しかも団地の外に出ると何にもない田舎町、地球の僻地に二人きりのよそ者。
つまり僕たちはこの星のエイリアンなんだよ。」

ヤスはまた歩きながら語り続けた

「目の前にはきっと新しい世界へ通じる道が続いているんだよ。去年の夏休みにジャンボ機が墜落したときさ。この道のまっすぐ先でこんな大惨事が起きてるなんて信じられなくて。でもあの時、女の子がヘリで救助されてる映像をテレビで見てさ。あぁ良かったなって思ったんだ。竹内の話聞いてたら未知との遭遇のUFOのシーンと重なって思えてきて、UFOの交信をキャッチしたために世間や家族から疎んじられた孤独な主人公がUFOに迎えられて入っていくあの山に思えたんだよね」

しばらく歩くと米屋の前まで来た。ヤスはおもむろに自動販売機を眺めた。

「お!すげー!ファンタアップル売ってる!ドクターペッパーもあるよ。やっぱ堀米商店は品揃えがちがうな」

と言って小銭を入れてボタンを押した。
ガタンと音をたててファンタアップルを取り出した。プシュッってタブを開けてヤスは光子に差し出した。

「アダムとイブはりんごを食べたことによって楽園を追われたんだよね。この世の真実を知ったというか自分は他の物とは違うって自己の存在に気づいちゃったんだよね。ファンタはアップル味っていっても無果汁だから効果ないかも知れないけど、ひょっとしたらいい知恵が浮かぶかも知れないよ。」
光子は受け取って一口飲んだ。その様子を見てヤスは続けた。
「2001年宇宙の旅って映画知ってる?
あの映画は人類の祖先のヒトザルがりんごではないけどモノリスって謎の四角い物体に触れたことによって知恵を得て骨を道具に使ってやがて月を目指すまで進化したんだ。
で月に行ったら月の地面の中から新たなモノリスを掘り出して、そうしたらすごい光を木星に放ってさ、今度は木星を目指すとそこにもモノリスが浮かんでて、要するに人類がここにやって来るように設置した装置なんだけど最後のモノリスに触れた宇宙飛行士は胎児に戻って宇宙から地球を見守る傍観者になったって話なの。
つまり、竹内の悩みを消すことができるヒントが月の裏側にきっとあって、それは地球のすべてのものに対して隠された秘密なんだよ。月っていつもの同じ面しか見せてなくて裏側は絶対見えないなんて不思議だよね。」

僕は一気に語り終えると
「ごめん、それもらっていい?」
と光子がひと口飲んだファンタを取って
緊張でからからに渇いた喉に流し込んだ。
間接キスというやつだった

「私ね…事故のニュース見たとき、あの女の子が自分の姿に見えたの。まわりはものすごい地獄の光景の中、お釈迦様の垂らした一本の蜘蛛の糸が下がってきて救われたように見えたの。それで…私の前にも蜘蛛の糸が降りてきてほしいって願ったの」泣き崩れる様子に僕は溢れる気持ちを押さえきれず光子の肩を抱き締めた。
「僕は君を月へつれていく蜘蛛になれるかな?それともスパイダーマンになったほうがよかったのかな?」
「…お願い…今だけでいいから魔法をかけて。」

光子のまっすぐな視線に僕はついにキスをすることができた。東の空が少しだけ色を帯びている。少しの沈黙の後、光子が言った。

「ありがとう…でも、もう夜が明けそうだし、帰ろう」  
「うん、そうだね。じゃあ月を想ってムーンウォークで帰ろう。」
僕の提案におぼつかない足取りの光子。
「あはは、それじゃたたの後ろ歩きだよ。こうやるんだよ、よっ、よっ、出来てる?え?同じレベルだって?そんなことねーよ。」
ムーンウォークはすぐ終了した。
「フットルースって映画でさ、主人公がシカゴから転校した田舎町では、ある事故をきっかけにロック音楽もダンスパーティーも禁止されちゃってて、町の人々の監視の目に息苦しさを感じてさ、閉塞感を打破するために卒業記念のダンスパーティーを企画して、仲間とともに大人たちと交渉してロックパーティーの開催を勝ち取るんだ。まるで僕たちが住む、この閉塞感に満ちた田舎町の物語みたいだろ。僕らもロックパーティーを開いて踊ろう。」
僕はロックンロールのツイストダンスを真似して見せた。光子の手を取って腕をあげてくるんとターンさせた。

夜が明けたら魔法が解けてしまう。朝になればまた暗いニュースがテレビや新聞を駆け巡る。家に着くまで、あと少しの間、おとぎ話の舞踏会よ続いておくれ。

僕が部屋に戻ったのは4時半だった。遠距離通勤の父と弁当作りの母は5時15分には起きるので滑り込みセーフだ。僕は2時間半だけ寝たのだった。

翌朝、学校に光子は来なかった。
帰りのホームルームで担任が口を開いた。

「皆に報告があります。竹内光子は急遽転校することになりました。
もし、皆の中で竹内から何か近況を聞いている人がいたならば、校門の前で見知らぬ人に訊ねられても絶対に答えないでください。もし、そのような事があった場合は先生方に報告するように。」
教室中がざわつく中、僕は本日17回目の脳内リプレイで昨夜の出来事を高速回転で思い返していた。僕があんなに饒舌に語るなんて普段では考えられない事だ。それとも誰かに言わされた?宇宙人?いや、それはないと思うが。もしかしたらあの時、満月が僕らの額を撫でていったあのあとから急に僕の感覚が変わった気がする。
まさか月の使者か?昨日は9月18日の十五夜だったかも。そうだ。晩ごはんのあと、高木屋のお団子食べたから間違いない。それに竹内光子なんて名前まるで竹の中から生まれた光輝いてる子供でそのまんまかぐや姫じゃん!毎晩外階段のてっぺんで月に照らされ泣いてる竹内に月の使者が帰るよう僕を通じて説得させたのかもしれない。

ヤスはざわつく心のまま猛ダッシュで帰宅した。
「あら、泰夫おかえり。早かったね」
ヤスの母親が続けて話した
「泰夫、そういえば6階の竹内さんちの光子ちゃんってあんたの同級生だよね。」
「そうだけど、なんかあった?」
「今日、竹内さん家に児童相談所の職員が来ててね、光子ちゃんが朝早く自分から相談所に出向いて保護してほしいと願い出たらしいの。それで家庭訪問して、保護した旨を伝えたらしいんだ。中でお父さんが暴れて大変だったみたいよ。」
「やっぱそうなんだ。帰りのホームルームで竹内は急遽転校したから、もし近況を知ってる人がいたら、校門の前で見知らぬ人に訊ねられても絶対に答えてはダメだって、そういう事があったときは先生に報告しろって言っていた。」
「光子ちゃんってどんな子だった?」
「そんな、三年で初めて同じクラスになったからほとんどしゃべったことないよ。中学からの転校生だし。なんか友達もいなかった感じだし。」
「そうなんだ。かわいそうねえ。そんなこと誰にも言えないもんね。光子ちゃんのお母さんってほとんど見かけないけどたまにエレベーター前ですれ違っても挨拶もしないんだよね。夜仕事行ってるみたいだし、お父さんの顔も初めて見たわ」
「え、親父ってどんな奴だった?」
「うーん、奥さんよりだいぶ年下に見えたね。家庭内暴力だったんだって。そうかぁ、連れ戻されないように引っ越し先は秘密なんだね」
ヤスは腹立たしさを必死でこらえてニヒルに答えた。
「それさ、きっと、月に帰ったんだよ。昨日は十五夜だったし。竹内光子なんて竹の中が光ってて中からから生まれた子って書くんだし、ホントはかぐや姫で今頃月の裏側にいるんじゃないの?」
「あら、あんたずいぶんロマンチックなこというじゃん。」 
「だからさ、僕は将来プロのミュージシャンになるって言っただろ。」
「ああ、そう。そりゃ母さん期待してるからね。その前に高校受験頑張りなさいよ。」
「はいはい、わかりました」

ヤスは昨日の高木屋の栗どら焼をつかんで自分の部屋に戻った。一口かじると歯形がついたどら焼のあんこの断面から黄色い栗が見え、まるで昨夜の西の山に沈む満月のように見えた。

「おいコラ!お前のせいで光子は月に帰ってしまったじゃないか!」
とどら焼の中身に毒づき、がぶりとかじろうとしたその時、皮がぺろんとめくれ、あんこと栗が全部ヤスの足の上に落ちてしまった。
「うわー!ソッコーで天罰食らったよ。お月様、失礼なこと言ってごめんなさい!どうか光子を幸せにしてあげてください」
ヤスの部屋の戸がバン!て開くと兄が入ってきた。
「ヤス!お前なに一人で騒いでるんだよ。うわぁ、なんだよ汚ったねえなあ。」
「うるせーな、兄ちゃんほっといてくれよ!ってゆーかおかえり。」
「ちゃんと拭けよな。蟻んこ入ってきたらお前のせいだからな。」
「わかってるよ!ったくもー。」

まるで僕らはエイリアンズ
禁断の実頬張っては月の裏を夢見て

あれは本当に月の光の仕業だったのだろうか?

君が好きだよエイリアン
無い物ねだりのキスで魔法のように解けるさ
いつか

あの夜、魔法にかけられてたのは僕のほうだったのかだろうか?
光子は自分の力で地獄から抜け出しただけかも知れない
でも僕はやはり光子はかぐや姫だったと確信してる。

#キリンジ   #エイリアンズ  #十五夜

註、この物語はフィクションであり、当時のヤンキーにこのような風習があったかはあくまでも想像の域にしか過ぎません

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