檜原集落めぐりその1(22/05/29)
先週の新歓ツアーで藤倉小に忘れてきたクリップボードを回収がてら、檜原の集落をいくつか回ってきた。以前から秋川谷に来てくれていた某君の同行である。
8時40分五日市発のバスで藤倉へ向かう。増発便も1台出てかなりの混雑であったが、神戸岩入口から先の乗客は我々のみであった。
旧藤倉小、もとい「里山学校」が開くまで時間があったため、周辺の山中にある住居跡のうち、まだ見つけていなかった家を何軒か回ることにする。
まずは陣馬尾根の上にある屋号「上の山」周辺の2軒を目指す。未舗装路を登ってゆくと、扉が外れて限界近い状態の家が1軒、続けて比較的状態の良い入母屋造りの家が1軒あった。ここまでの道中は大きな危険個所もなく、立地も良いため、小林家と組み合わせれば、猿江を回らずとも藤倉の「全て」を紹介できるような気がした。
続けて、都道の一段下にある家屋を訪ね、屋根の抜けた家を1軒、完全に潰れてしまった屋敷を1軒発見した。
丁度良い時間だったので下へ戻り、無事に忘れ物を回収したのち、11時08分発のバスで五日市駅を目指した。折角の2人旅ということで、橘橋の袂にある「たちばな家」に初めて入り、冷やし中華と刺身こんにゃくを注文。檜原でまともな食事をしたのは恐らく初めてと思われる。
午後は下元郷の泉沢(いずさわ)集落を回るべく、和田向まで檜原街道を歩いた。途中、小滝とその傍の石仏群を発見。和田向からは泉沢沿いに歩いて奥を目指す。泉沢は2019年11月の第3回秋川ツアー以来、約二年半ぶりの訪問である。台風19号で崩れたところは綺麗に修復されていた。夏の陽気で暑かったが、下の方は十分に開けていて、開放的で心地の良い集落である。
貴布祢伊龍神社の裏手の沢を詰めたところに、家屋が2軒あるのを地図で見つけて、車道を外れて山に入った。少し歩いたところに、「泉沢自然の家」の札が掲げられた廃屋が1軒あった。もう1軒は少々奥にあるとのことで、同行者を残して単身にて目指したが、これがかなりの難儀であった。
2000年頃に整備された電柱はあるものの、肝心の道はほとんど消失しており(昭和40年頃に無人化したと語る古老もいた)、泥や小石が雪山のように激しく滑り、危うく滑落するところであった。家の土蔵までは辿り着いたが、肝心の母屋には笹薮が深くて近寄れず、残り僅かのところで敗退となった。山の恐ろしさを痛感する限りである。
心身とも疲れたので、上泉沢方面への散策は諦め、丁度よくやってきた「デマンドバスやまびこ」に上日向橋まで乗車した。ここから秋川北岸に沿って和田向まで、初めての場所を歩いたが、現役で使われている畑などもあり、檜原というより秋川の乙津あたりに近いイメージだった。15時07分のバスで早々に和田向を出発し五日市へ戻った。疲れたが悪くない旅行であった。
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