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幼馴染の縁

久しぶりにFacebookを立ち上げたらこんな投稿が目に入った

「Danke! ドイツにきて5ヵ月が立ちました。戸惑うことも多いし忙しいけど毎日が刺激的です!英語やドイツ語はまだまだだけど、プロジェクトを手伝いながらも新作に取り掛かっています!」

幼馴染の投稿だ。彼は美大を出てフリーになった後、アーティストのPVなどを手掛けたりして、今はドイツの大学で学ぶと国のなんだかわからない補助を受けて飛び立ってしまった。

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彼とは家族ぐるみの付き合いで、公園デビューからの付き合いだ。

小3,4で同じクラスになったことがあるもののそれ以降は中高大とあまり交わったことはない。

小学校の頃一人だけ時代劇のような格好で卒業アルバムに写り、

高校の頃「なんでルールを守らなきゃいけないんですか?」と遅刻を繰り返し先生とバトルし、

中庭でサロンみたいに政治について同級生と討論し、

美大では芸祭実行委員長となり

院を出て就職して1か月でフットサルで利き手を骨折し、そのレントゲン写真をTシャツにして配るようなやつである。

聞いた話だけ羅列しただけでも飽きない濃い人生を送っているように見える。

高校教師の父と大学教授の母の下、いつでも何かを求めてように先頭を走っているように見える。

周りから見たら派手なような日々も本人から言わせてみたら「地味だ」と評す。

アニメーターとしての作業はひたすら机に向かって地味な作業の繰り返しなのだそうだ。

ドイツに行くときも親とだいぶ揉めたらしく

父親に理詰めで攻められてだいぶ凹んでいたときもある。

「幼馴染」や「家族ぐるみの付き合い」の括りがなければおそらく関わることのなかった人種だ。

僕はずっと下を向いて生きてきた人種だ。

目立たないようにして、いろんなことを保留にして前に進む。

いつもはもう一人と3人でつるんでいるが、2人きりで話すと会話がなくなるようなこともしばしばである。

それでも日本にいたときは芸祭があれば呼んでくれたり、”読書会”と称しては課題本を順番に提案しあい、それについて「てめーその考え方はちげーよ!」なんて話しながら呑んだりしていた。

彼は自分の生き方に口を出す。

その生き方じゃダメだっていう風にアドバイスをくれる。

人生経験では確実に自分とは対極で、経験に基づいた

おそらく全体を見たら損ばかりの自分の人生を自分なりの考えて指摘してくれる。

僕としては「僕は何をしているのだろう」と嫉妬が頭にもたげているものの、変わらずマイペースという言葉で濁して日々を生きている。

彼のアドバイスを蔑ろにしつつ

気が向いたときに彼と細い縁をつなぐのである。

やりたいことをとことんやっている彼とやりたいことがなんだかふわっとしててなんとなく生きている自分と比較しては頭の中はぐちゃぐちゃになる時期もあった。

可能性に振り回されていた20代では顕著であった。

過去の様々な選択肢に対しての決定を保留にしてきて報いだという考えが頭の中を占めはするものの

最近ではもうそれの結果を抱きしめて人生を歩んでいくしかないのだ。と、

保留にしたことも、選ばなかったことも全て

何事にも折り合いをつけてすべて背負って前に行くのだ──

──と高尚なことを考えてるわけでもなく。

ただただ、漫然となんとなく日常を過ごしている。

これが僕なりの30代としての大人の成長なのだとしたらとても情けない話ではあるが

彼は彼の日々を送っていて、僕は僕の日々を綴っている。

実践に勝る経験はないとはばかりに自分の道を邁進していく彼の生き方を見ながら

目の前のことをただただこなしている。

─────

「全然言うことを聞かなくてね...」彼の母親はそうこぼす。

「ずっと友達でいてね」とも彼の母親に言われる。

友達でいれるかどうかはわからないが、腐れ縁は続いていくだろう。

根がまじめなのに考えすぎてぶっ飛んだ思考でイカれているように見られてしまう考え方の彼も

彼は彼なりの人生を送っていて、僕はひたすらサラリーマンとして毎日職場に通う。

これからも、たまにうっすら交わるであろう不思議な縁

彼はどこまで行ってどこに行きつくのだろうか。

それはまだ綴られていないこれからの話で

妬ましくも楽しみにしている物語である。


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