「ぴたりと足が止まった」から始まり「今日も空が青い」で終わる物語1

SS
『ぴたりと足が止まった』
50m先、川の向こう側、先輩が女の子と楽しそうに一緒に歩いているのが見えた。

失恋。

短い春がまた終わりを告げた。
帰りにスタバに寄ろうなんて言わなきゃよかった。大人しく、家に帰ってお気に入りのユーチューバーでも見ていれば幸せだったのだ。
頭の中でもう一人の自分が騒ぐ。
おそらく遅かれ早かれわかることではあったが、何かのせいにしなければ気が済まないのであった。

「うわーん!」

よしよしと慰める友人も、どこか呆れている。

「だって誰とも付き合ってないって言ってたのにー!」

自分が告白するまで誰とも付き合わないとでも思っていたかのようだ。 

まるで世界が終わるかのように嘆いていた割には新作のフラペチーノを見つけた時はそれに夢中になる。
欲ごと性格を使い分ける。めまぐるしい。
理由なんか聞こうものなら「それはそれ」と言われるだろうから聞かないでいる。

いつもこの調子である。
ある時はサッカー部の先輩
ある時はバイト先の大学生
同じ時間のバスに乗ってるサラリーマンなんていうのもあった。

その都度今の人かっこよくない?もうあの人しかいないの。
から始まり、その人のリサーチが続く。
本が好きなら、その人が読んでる本を読み、
スポーツが好きならそのスポーツを調べ始める。
そんな涙ぐましい努力の甲斐もむなしく、ことごとく告白する前に失恋するのだ。

そそっかしくて、単純

そろそろ愛想をつかしてもいいのかもしれない。
それでもなかなか縁が切れないまま今まできている。

「もう恋なんてしない!」

友人は何度聴いたかわからないセリフを聞きつつ「今回の新作はいまいちかな」と思った。 

いつまでこれを聞いていればいいのかと思っていると彼女がフラペチーノをこぼしてしまった。そそっかしさがここに出る。身振り手振りが大きいのだ。倒れないものも倒れる。

「あ!」と言ったとたんには新作のフラペチーノは床に転がっていた。

彼女は踏んだり蹴ったりと言ったような表情で「も~!」と自分がさもやってないかのように苛立ち、拾い上げようとする。

その時ふと「大丈夫ですか?」と声がする。

スマートな笑顔が素敵な男性がそこにいた。店員である。
濡れた床を拭きながら衣服等が濡れていないか確認してくる。
ぱっぱと机の上も綺麗にふき取って整理整頓までしてくれた。 

「ゆっくりとお楽しみください。」そう言って笑顔を投げかけて店員は厨房へと消えていった。

こういう人が出世するんだろうな。
自分自身数年後にこういう気遣いができるかどうか怪しい。
申し訳なさと、手際の良さにただただ謝るばかりだった。

そして友人は気づいた。ハッとして彼女を見た。

「私、あの人しかいないわ」
頬が紅潮している。 ふたたび新しい恋の始まりである。

友人はもう何も言わなかった。瞳だけ上に向けて、ため息をついて、目の前のトレイを片付け始めた。これからスタバ通いが始まるのか。もう、友人やめようかなと思った。

彼女の頭の中が、晴れるようにクリアになっていく。
自分でも単純だなと思っているようだが、しかしその思考すらもう過ぎ去っていた。

「空ー!行くよー!」

先に外に出ていた友人が叫ぶ。
顔を上げた。澄み渡って雲ひとつない。

「今行くー!」

彼女は駆け出した。

普段何してるのかな?どうやって話しかけようかな?とすでに頭の中は騒がしい。
もう過去は知らない。すでに先ほどまで熱を上げていた先輩の顔は霞みかかっている。
私は今を生きてるんだ。
今さっきの出来事を反芻しながら帰宅路をはしゃぎながら駆けてく。

目まぐるしく変わっていく日々。泡沫のように弾ける感情を前に、明日の宿題のことなどどうでもよかった。 

今日もいい日だな。ほとばしる春。また新しい季節がやってきた。

空を見上げた。

『今日も空は青い』

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?