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東京都職員採用試験 平成25年度 行政法 最判昭60.7.16

問 題

X社は、A県B市に所有する土地に産業廃棄物処理施設(以下「本 件 施 設 」 と い う 。) を 設 置 す る こ と を 計 画 し 、 廃 棄 物 の 処 理 及 び 清 掃 に 関 す る 法 律 ( 以 下 「 廃 棄 物 処 理 法 」 と い う 。) に 基 づ く 許 可 を 得 る べ く 平成23年4月にA県知事に対して申請を行ったところ、同法第15 条の2第1項の許可基準を満たしているとして同年8月31日に許可 を受けた。 ところで、B市においては5年ほど前、X社と同種の産業廃棄物処 理施設の設置をZ社が計画した際に、その施設が廃棄物処理の過程で 大量の洗浄水・冷却水を必要とするため地下水を汲み上げる予定であ る ことが判明し、それがB市の水道水源の水量を減少させるおそれが あ っ た こ と か ら 、急 き ょ B 市 水 源 保 護 条 例( 以 下「 本 件 条 例 」と い う 。) が制定されたという経緯があった。結局Z社は産業廃棄物処理施設の 設置を諦めたが、今回のX社の本件施設も本件条例の対象施設に該当 するため、本件条例第3条第1項の承認が必要とされた。 そこでX社は平成23年5月にB市長に対して本件条例に基づく承 認 の 申 請 ( 以 下 「 本 件 申 請 」 と い う 。) を 行 っ た が 、 そ の 頃 に は X 社 の 本件施設の設置計画はB市住民の知るところとなっており、特に本件 施設の設置予定地周辺の 住民はZ社のときと同様に、本件施設によっ て上水道の水源が枯渇することを懸念して「産廃施設に反対する会」 を結成し、B市議会への陳情やB市長への働きかけなどの反対運動を 展開していた。これを受けてB市の所管課では、同月9日にX社の担 当 者 P が 本 件 申 請 を 行 っ た 際 、「 申 請 書 は お 預 か り し ま す が 、周 辺 住 民 とよく話合いをして、住民の理解を得るまでは承認することは難しい と お 考 え く だ さ い 。」 と P に 伝 え た と こ ろ 、 P は 「 住 民 と の 話 合 い は 行 う つ も り で す が 、 条 例 に 従 っ て 審 査 し て く だ さ い 。」 と 答 え た 。 その後、X社は2~3週間に1回の割合 で住民への説明会を行い、 特に「産廃施設に反対する会」との間で精力的な協議を行ったが、話 合 い は 平 行 線 を た ど っ た 。他 方 、B 市 の 所 管 課 で は 申 請 内 容 を 検 討 し 、 本件条例第5条に基づく水源保護審議会の審議も経た結果、同年6月 30日には本件条例第4条第1項の「市の水源を枯渇させるおそれ」 は認められないという結論に至っていた。しかし、水源の枯渇のおそ れはないとしても本件施設によって水源の水量が大幅に減少すること が予想され、また、周辺住民もなお反対を続けていたため、同年8月 31日にPが来庁して「住民との間で既に7回の話合いを したのです が、まるで聞く耳を持ってくれず、このままでは住民同意を得られそ うにありません。知事のほうからは本日許可が得られたので、もし申 請内容に問題がないならそろそろ市長の承認を頂けないでしょうか。 それに、そもそも廃棄物処理法に基づく知事の許可に加えて条例で市 長 の 承 認 を 必 要 と す る の は 、法 律 違 反 で は な い の で す か 。」と 尋 ね た 際 も、所管課担当者は「住民の理解を得られないまま産業廃棄物処理施 設の設置を認めるのは市としても難しいので、話合いを継続してもら い た い 。」 と 答 え た だ け だ っ た 。
仕方なくX社はその後2回の説明会を行ったが、住民の同意を得る こ と は で き な か っ た た め 、 P は 一 計 を 案 じ 、「 産 廃 施 設 に 反 対 す る 会 」 の 事 実 上 の 代 表 者 を 務 め る Q と 密 か に 会 い 、「会 の 代 表 者 と し て 同 意 書 に サ イ ン し て く れ れ ば 、Q の 所 有 す る 土 地 建 物 を 時 価 の 倍 で 買 い 取 る 」 という提案をし、Qは同意書にサインして現金を受領し、即日B市か ら引っ越してしまった。Pはこの同意書を持って、再びB市所管課の 窓口を訪れたが、住民から事情を聞いていた担当者は「この同意書は Qが住民の了解なく勝手に署名したものだから、住民の同意とはいえ な い 。」 と 伝 え た た め 、 X 社 は 同 年 1 0 月 6 日 、「 住 民 の 同 意 も 得 て い るのだから、直ちにB市長は承認をするかしないか判断せよ。また、 仮に住民同意を得ていないとしても、本件条例は廃棄物処理法に反し て 無 効 で あ る か ら 、 そ も そ も 承 認 は 必 要 な い は ず だ 。」 と 主 張 し た 。 し かし、年内に本件施設設置への見通しが欲しかったX社は、同年11 月15日に、本件施設で使用する水の取水方法として給水車を用いて 県外から水を運搬することとし、B市の水源への影響を最小化させた 上、周辺住民には和解金を支払うこととしたため、最終的に同年12 月1日に至ってB市長の承 認を得ることができた。 以上のような経緯のもと、X社からB市に対して、本件条例第3条 第1項に基づく承認を留保されたことによる損害について国家賠償請 求をするつもりでいるとの通告があった。 

< 問 題 >

あなたは、B市の法務担当者で、B市の所管課から次の二つの照会 を 受 け た と す る 。【 資 料 】 に 掲 げ ら れ た 本 件 条 例 の 条 文 、 及 び 【 参 照 条 文】を参考にしながら、最高裁判所の判例も踏まえ、それぞれの照会 に対する回答書を作成するつもりで解答せよ。 なお、B市においては行政手続条例は制定されていない。 
【照会1】 本件条例は廃棄物処理法に違反するものか。 
【照会2】 仮に本件条例が廃棄物処理法に違反しないとした場合、 B市長が承認を留保していたことは国家賠償法上の違法となるか。も し違法だとすれば、いつの時点から違法か。 

【 資料】

 〇B市水源保護条例(平成 1 8 年 7 月 1 日B市条例第 2 5 号 )( 抜 粋 ) (この条例の目的) 
第1条 この条例は、水道法(昭和 3 2 年 6 月 1 5 日法律第 177 号)第2条の規定に基づき、市の水道水を将来にわたって安定的に供給す るために、水道水源の枯渇を防止することを目的とする。
(定義) 
第2条 この条例における用語の定義は、次に掲げるものを除き、廃 棄 物 の 処 理 及 び 清 掃 に 関 す る 法 律( 昭 和 4 5 年 1 2 月 2 5 日法律第 137 号 )( 以 下 「 法 」 と い う 。) 第 条の定義による。 一 水 源 市の水道の原水の取り入れに関わる地域をいう。 二 対象施設 産業廃棄物処理施設で一日当たりの水の使用量が 市の規則で定める数値を超えるものをいう。 
三~五 (略) 
(対象施設設置の承認) 
第3条 対象施設を設置しようとする者は市長の承認を受けなければ ならない。 2 前項の申請をする場合は、法第15条第2項で定める事項に 加え、次に掲げる次項を記載した申請書を提出しなければなら ない。 一 対象施設において一日当たりに使用する水の量 二 対象施設において使用する水の用途 三 対象施設において使用する水の取水方法 四 前号に掲げる取水方法により取水できる一日当たりの水の量 五、六 (略) 3 (略)
 (承認の基準) 
第4条 市長は、前条第1項の申請に係る対象施設が市の水源を枯渇 させるおそれがあると認められない場合には承認をしなくてはならな い 。 2 市長は、前項のおそれの有無の判断をするに当たっては、B市 水源保護審議会の意見を聴かなくてはならない。 
(水源保護審議会)
 第5条 前条第2項の意見を述べるために、市に水源保護審議会を置 く 。 
2 水源保護審議会は、市長が任命する3人の委員をもって組織す る 。 
3 前項の委員は、地形、地質、地象及び水象についての専門的知 識を有する者とする。 
4~7 ( 略 ) 

【参照条文】

 ※ 条 文 中 に お け る 「 ・・・」 は 引 用 者 に よ る 省 略 を 意 味 す る 。 

〇 日本国憲法(昭和 2 1 年 1 1 月 3 日 憲 法 )( 抜 粋 ) 
第94条 地 方 公 共 団 体 は 、・ ・ ・ 法 律 の 範 囲 内 で 条 例 を 制 定 す る こ と が できる。)

〇廃棄物の処理及び清掃に関する法律(昭和 4 5 年 1 2 月 2 5 日法律第 137 号 )( 抜 粋 ) 
(目的) 
第1条 この法律は、廃棄物の排出を抑制し、及び廃棄物の適正な分 別、保管、収集、運搬、再生、処分等の処理をし、並びに生活環境を 清潔にすることにより、生活環境の保全及び公衆衛生の向上を図るこ とを目的とする。 
(定義) 
第2条 この法律において「廃棄物」とは、ごみ、粗大ごみ、燃え殻、 汚泥、ふん尿、廃油、廃酸、廃アルカリ、動物の死体その他の汚物又 は不要物であつて、固形状又は液状のもの(放射性物質及びこれによ つ て 汚 染 さ れ た 物 を 除 く 。) を い う 。 
2 この法律において「一般廃棄物」とは、産業廃棄物 以外の廃棄 物をいう。 
3 (略) 
4 この法律において「産業廃棄物」とは、次に掲げる廃棄物をい う 。 
一 事 業 活 動 に 伴 つ て 生 じ た 廃 棄 物 の う ち 、燃 え 殻 、汚 泥 、廃 油 、 廃酸、廃アルカリ、廃プラスチック類その他政令で定める廃棄 物 
二 (略)
 5、6 (略) 
(産業廃棄物処理施設) 
第15条 産 業 廃 棄 物 処 理 施 設 … を 設 置 し よ う と す る 者 は 、当 該 産 業 廃 棄物処理施設を設置しようとする地を管轄する都道府県知事の許可を 受けなければならない。 
2 前項の許可を受けようとする者は、環境省令で定めるところに より、次に掲げる事項を記載した申請書を提出しなければならな い 。 
一 氏名又は名称及び住所並びに法人にあつては、その代表者の 氏 名 
二 産業廃棄物処理施設の設置の場所 
三~五 (略) 
六 産業廃棄物処理施設の位置、構造等の設置に関する計画
 七~九 (略) 
3 前項の申請書には、環境省令で定めるところにより、当 該産業 廃棄物処理施設を設置することが周辺地域の生活環境に及ぼす影 響についての調査の結果を記載した書類を添付しなければならな い。… 
4~6 (略)
(許可の基準等) 
第15条の2 都道府県知事は、前条第1項の許可の申請が次の各号 のいずれにも適合していると認めるときでなければ、同項の許可をし てはならない。 
一 その産業廃棄物処理施設の設置に関する計画が環境省令で定 める技術上の基準に適合していること 
二 その産業廃棄物処理施設の設置に関する計画及び維持管理に 関する計画が当該産業廃棄物処理施設に係る周辺地域の生活環 境の保全及び環境省令で定める周辺の施設について適正な配慮 がなされたものであること。 
三、四 (略) 2~5 (略) 

〇 廃 棄 物 の 処 理 及 び 清 掃 に 関 す る 法 律 施 行 規 則( 昭 和 4 6 年 9 月 2 3 日 厚生省令第 3 5 号 )( 抜 粋 )
 (産業廃棄物処理施設の設置の許可の申請) 
第11条 1 (略) 
2 前項の申請書に法第15条第2項第6号の産業廃棄物処理施 設の位置、構造等の設置に関する計画に係る事項として記載す べ きものは、次のとおりとする。
 一~三 (略) 
四 処理に伴い生ずる排ガス及び排水の量及び処理方法(排出 の 方 法 ( 排 出 口 の 位 置 、 排 出 先 等 を 含 む 。) を 含 む 。) 
五 設計計算上達成することができる排ガスの性状、放流水の 水質その他の生活環境への負荷に関する数値 
六 (略) 
3~8 ( 略 ) 
(生活環境に及ぼす影響についての調査の結果を記載した書類) 
第11条の2 法第15条第3項の書類には、次に掲げる事項を記載 しなければならない。 
一 設置しようとする産業廃棄物処理施設の種類及び規模並びに 処理する産業廃棄物の種類を勘案し、当該産業廃棄物処理施設 を設置することに伴い生ずる大気質、騒音、振動、悪臭、水質 又は地下水に係る事項のうち、周辺地域の生活環境に影響を及 ぼすおそれがあるものとして調査を行つたもの(以下この条に おいて 「 産 業 廃 棄 物 処 理 施 設 生 活 環 境 影 響 調 査 項 目 」と い う 。) 
二 産業廃棄物処理施設生活環境影響調査項目の現況及びその把 握の方法 
三 当該産業廃棄物処理施設を設置することが周辺地域の生活環 境に及ぼす影響の程度を予測 するために把握した水象、気象そ の他自然的条件及び人口、土地利用その他社会的条件の現況並 びにその把握の方法
四 当該産業廃棄物処理施設を設置することにより予測される産業 廃棄物処理施設生活環境影響調査項目に係る変化の程度及び当該 変化の及ぶ範囲並びにその予測の方法 
五 当該産業廃棄物処理施設を設置することが周辺地域の生活環 境に及ぼす影響の程度を分析した結果 
六、七 (略)
(産業廃棄物処理施設の技術上の基準)
第12条 法第15条の2第1項第1号…の規定による産業廃棄物処理 施設…の全てに共通する技術上の基準は、次のとおりとする。 
一~五 (略) 
六 施設から排水を放流する場合は、その水質を生活環境保全上 の支障が生じないものとするために必要な排水処理設備が設け られていること。 
七 ( 略 ) 

〇 地方自治法(昭和 22 年 4 月 17 日法律第 67 号 )( 抜 粋 ) 
第1条の2 地方公共団体は、住民の福祉の増進を図ることを基本とし て、地域における行政を自主的かつ総合的に実施する役割を広く担うも のとする。
 2 (略) 
第2条 1 (略) 
2 普通地方公共団体は、地域における事務及びその他の事務で法 律又はこれに基づく政令により処理することとされるものを処理 する。 
3~17 (略) 
第14条 普通地方公共団体は、法令に違反しない限りにおいて第2条 第2項の事務に関し、条例を制定することができる。 
2、3 (略) 

〇 水道法(昭和 32 年 6 月 15 日法律第 177 号 )( 抜 粋 ) (この法律の目的) 
第1条 この法律は、水道の布設及び管理を適正かつ合理的ならしめる とともに、水道を計画的に整備し、及び水道事業を保護育成することに よつて、清浄にして豊富低廉な水の供給を図り、もつて公衆衛生の向上 と生活環境の改善とに寄与することを目的とする。 
(責務) 
第2条 国及び地方公共団体は、水道が国民の日常生活に 直結し、その 健康を守るために欠くことのできないものであり、かつ、水が貴重な資 源であることにかんがみ、水源及び水道施設並びにこれらの周辺の清潔 保持並びに水の適正かつ合理的な使用に関し必要な施策を講じなければ ならない。 
2 (略)

関連条文

行政手続法
1条(1章 総則):目的等
2条8号ハ(1章 総則):定義(処分基準)
12条1項(3章 不利益処分 1節 通則):処分の基準
32条(4章 行政指導):行政指導の一般原則
33条(4章 行政指導):申請に関連する行政指導
行政事件訴訟法
30条(2章 抗告訴訟 1節 取消訴訟):裁量処分の取消し
国家賠償法
1条:公権力の行使に基づく損害の賠償責任、求償権
2条:公の営造物の設置管理の瑕疵に基づく損害の賠償責任、求償権
憲法
92条(8章 地方自治):地方自治の基本原則
地方自治法
14条(3章 条例及び規則):条例、罰則の委任

一言で何の問題か

1 法律の範囲内
2 行政指導に伴う処分の留保と、国賠法上の違法

つまづき・見落としポイント

社会通念上正義の観念に反する事情として、代表者Qの買収が考えられるが、これは違法と評価される8/31時点以後の事情であり、考慮は不要
もっとも、答案と異なり、違法の評価時点をより遅い10/6とした場合は、考慮すべき事情となり、結論が変わり適法となり得る

答案の筋

1 B市水源保護条例は水道水源の枯渇を防止することを目的としており、広く水の面での生活環境の保全を図る廃棄物処理法の目的の範囲内にある。また、そもそも根拠法令は地方の特性を考慮した別段の規制を予定していることから矛盾する関係になく違反しない。
2 公務員が職務上通常尽くすべき注意義務に反した場合に国賠法上違法となるところ、社会通念上正義の観念に反するなどの事情もないため、行政指導に協力できない旨の意思を真摯かつ明確に表明した8月31日の時点で承認の留保は国賠法上違法

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