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司法試験予備試験 刑法 平成24年度


問題

以下の事例に基づき,甲,乙及び丙の罪責について論じなさい(特別法違反の点を除く。)。

1 甲は,中古車販売業を営んでいたが,事業の運転資金にするために借金を重ね,その返済に窮したことから,交通事故を装って自動車保険の保険会社から保険金をだまし取ろうと企てた。甲は,友人の乙及び丙であれば協力してくれるだろうと思い,二人を甲の事務所に呼び出した。
甲が,乙及び丙に対し,前記企てを打ち明けたところ,二人はこれに参加することを承諾した。三人は,更に詳細について相談し,①甲の所有する普通乗用自動車(以下「X車」という。)と,乙の所有する普通乗用自動車(以下「Y車」という。)を用意した上,乙がY車を運転して信号待ちのために停車中,丙の運転するX車を後方から低速でY車に衝突させること,②その衝突により,乙に軽度の頸部捻挫の怪我を負わせること,③乙は,医師に大げさに自覚症状を訴えて,必要以上に長い期間通院すること,④甲がX車に付している自動車保険に基づき,保険会社に対し,乙に支払う慰謝料のほか,実際には乙が甲の従業員ではないのに従業員であるかのように装い,同事故により甲の従業員として稼働することができなくなったことによる乙の休業損害の支払を請求すること,⑤支払を受けた保険金は三人の間で分配することを計画し,これを実行することを合意した。
2 丙は,前記計画の実行予定日である×月×日になって犯罪に関与することが怖くなり,集合 場所である甲の事務所に行くのをやめた。
甲及び乙は,同日夜,甲の事務所で丙を待っていたが,丙が約束した時刻になっても現れないので,丙の携帯電話に電話したところ,丙は,「俺は抜ける。」とだけ言って電話を切り,その後,甲や乙が電話をかけてもこれに応答しなかった。
甲及び乙は,丙が前記計画に参加することを嫌がって連絡を絶ったものと認識したが,甲が丙の代わりにX車を運転し,その他は予定したとおりに前記計画を実行することにした。
そこで,甲はX車を,乙はY車をそれぞれ運転して,甲の事務所を出発した。
3 甲及び乙は,事故を偽装することにしていた交差点付近に差し掛かった。乙は,進路前方の信号機の赤色表示に従い,同交差点の停止線の手前にY車を停止させた。甲は,X車を運転してY車の後方から接近し,減速した上,Y車後部にX車前部を衝突させ,当初の計画どおり,乙に加療約2週間を要する頸部捻挫の怪我を負わせた。
甲及び乙は,乙以外の者に怪我を負わせることを認識していなかったが,当時,路面が凍結していたため,衝突の衝撃により,甲及び乙が予想していたよりも前方にY車が押し出された結果,前記交差点入口に設置された横断歩道上を歩いていたAにY車前部バンパーを接触させ,Aを転倒させた。Aは,転倒の際,右手を路面に強打したために,加療約1か月間を要する右手首骨折の怪我を負った。
その後,乙は,医師に大げさに自覚症状を訴えて,約2か月間,通院治療を受けた。
4 甲及び乙は,X車に付している自動車保険の保険会社の担当者Bに対し,前記計画どおり, 乙に対する慰謝料及び乙の休業損害についての保険金の支払を請求した。しかし,同保険会社による調査の結果,事故状況について不審な点が発覚し,保険金は支払われなかった。

関連条文

刑法
35条(第1編 総則 第7章 犯罪の不成立及び刑の減免):正当行為
38条1項(第1編 総則 第7章 犯罪の不成立及び刑の減免):故意
43条(第1編 総則 第8章 未遂罪):未遂減免
45条(第1編 総則 第9章 併合罪):併合罪
54条(第1編 総則 第9章 併合罪):
    一個の行為が二個以上の罪名に触れる場合の処理
60条(第1編 総則 第11章 共犯):共同正犯
204条(第2編 罪 第27章 傷害の罪):傷害
246条1項(第2編 罪 第37章 詐欺及び恐喝の罪):詐欺
250条(第2編 罪 第37章 詐欺及び恐喝の罪):未遂罪

一言で何の問題か

保険金詐欺
被害者の同意による違法性の阻却、具体的事実の錯誤、違法性阻却事由の錯誤、共犯からの離脱

つまづき、見落としポイント

自傷のための共謀と派生結果

答案の筋

乙の承諾があるも、社会的相当性を有さず違法性は阻却されないため、甲の乙に対する傷害罪が成立する。乙を傷害しようとしていたという具体的事実の錯誤はあるものの、被害者の承諾による違法性阻却事由は認められないため、責任故意は阻却されず、甲のAに対する傷害罪が成立する。
傷害罪における「人」には行為者自身を含まないと解されるから、乙自身との関係では犯罪の意思連絡とはいえず共謀とは評価されないため、Aに対する傷害との関係でも共謀は認められないため、乙には詐欺未遂罪の共同正犯のみ成立する。
丙は自己の及ぼした物理的・心理的因果性を遮断したといえ、共同正犯から
の離脱が認められるため、何ら罪責を負わない。

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