東京都職員採用試験 平成28年度 行政法
問 題
【問題】
A市は人口がそれほど多くはないものの、避暑地として全国的に有名であり、毎年7月から9月にかけては、市内のホテル、リゾート施設、別荘等に避暑目的で多くの人が訪れるため、A市の夏季における水道使用量は他の季節に比べるとはるかに大きい。A市内における水道の供給は、厚生労働大臣の認可を受けたA市が水道事業者として行っている(水道法(以下「法」という。)第3条第5項、第6条第1項、第2項)。ところが夏季における水道使用量が増大し、最大給水量に見合った施設整備のため、A市の水道事業は毎年度1億数千万円の赤字になっている。そこでA市では、A市の水道使用者のうち事実上夏季にのみ水道を利用している別荘の水道使用者約1,300人について、水道料金の負担を引き上げることとした。
市町村の供給する水道に係る水道料金に関しては、まず一方で、法第14条第1項が料金について供給規程を定めなければならないとしているが、他方で、水道施設は地方自治法第244条第1項の「公の施設」に当たるため、その使用料(同法第225条)については同法第228条第1項に基づいて条例でこれを定めることとされているので、実際には水道料金については市町村が条例の形式で供給規程を定めている。A市であれば、「A市水道給水条例」(以下「給水条例」という。)がこれに当たり、具体的には、給水条例第24条により、別表第一に従って水道料金が決定される。そして給水条例では、A市の「住民基本台帳に登録していない者」を「別荘利用者」と位置付けてそれ以外の水道使用者よりも高い基本料金を設定するとともに、別荘利用者については一時的な水道利用の中止を認めないものとしているため(給水条例第18条第2項ただし書)、別荘利用者は水道を全く利用しな
い時期についても基本料金を支払わなければならず、基本料金すら支払わないようにするためには給水装置の廃止をしなくてはならないが(給水条例第18条第1項第2号)、その場合には、再加入する際に数十万円に及ぶ加入金が徴収される仕組みとなっている(給水条例第18条第3項、第29条第1項)。
A市の水道を担当する水道局(以下「市水道局」という。)が、過去5年間のA市の水道供給契約に係る契約データを精査したところ、水道使用者全体に占める別荘利用の割合は約30%であるが、そのほとんどは、7月から9月までを除く9か月間の水道料金が基本料金に収まっており、A市内全体の年間水道使用量に占める別荘利用者の年間水道使用量の割合は約5%にとどまることが確認された。他方、別荘利用者以外の水道使用者の中には約30のホテルやリゾート施設が含まれ、これら施設全体での年間水道使用量はA市内全体の年間水道使用量のうちの約20%を占め、また、それぞれのホテルやリゾート施設が年間50万円以上の水道料金を支払っていることもあって、別荘利用者の平均的な年間水道料金が約4万円であるのに対し、別荘利用者以外の水道使用者の平均的な年間水道料金は約6万円となっている。
そこで市水道局では、別荘利用者の平均的な年間水道料金が別荘利用者以外の水道使用者の平均的な年間水道料金とほぼ等しくなるように料金を算出した。それを踏まえて、給水条例の別表第一を、例えばメーターの口径が13mmの水道使用者(以下「13mm使用者」という。)の基本料金であれば、別荘利用者は5,000円、別荘利用者以外の水道使用者は1,400円とする内容の給水条例の改正案がA市議会に提出され、平成28年5月9日に可決された(以下「本件改正条例」といい、これによって改正された給水条例の別表第一を「本件別表」という。)。
この本件改正条例は、同年7月1日に施行するものとされており、7月からは、既に契約している者も含めて、水道供給契約の基本料金が本件別表の料金となる。
XはA市の住民基本台帳に登録をしていないが、A市内に別荘を有する13mm使用者である。この改正を知ったXから同年5月18日に市水道局に連絡があり、Ⅹによれば本件改正条例は法第14条第2項第4号に違反する違法な条例であり、Ⅹとしては、近く本件改正条例の取消訴訟(行政事件訴訟法第3条第2項)を提起することも考えているという。そこで市水道局内では本件改正条例に関する会議が行われ、いくつかの検討事項が挙げられた。あなたが市水道局の職員だと仮定し、最高裁判所の判例も踏まえて、次の【問1】及び【問2】に答えなさい。
【問1】 本件別表は、法第14条第2項第4号に違反するか検討しなさい。
【問2】 本件改正条例は、取消訴訟の対象となる処分に当たるか検討しなさい。
【参考条文】
○水道法(昭和32年 6 月15日法律第177号)〔抜粋〕
(この法律の目的)
第1条
この法律は、水道の布設及び管理を適正かつ合理的ならしめるとともに、
水道を計画的に整備し、及び水道事業を保護育成することによつて、清浄にして豊富低廉な水の供給を図り、もつて公衆衛生の向上と生活環境の改善とに寄与することを目的とする。
(責務)
第2条
国及び地方公共団体は、水道が国民の日常生活に直結し、その健康を守る
ために欠くことのできないものであり、かつ、水が貴重な資源であることにかんがみ、水源及び水道施設並びにこれらの周辺の清潔保持並びに水の適正かつ合理的な使用に関し必要な施策を講じなければならない。
2 (略)
第2条の2
地方公共団体は、当該地域の自然的社会的諸条件に応じて、水道の計画的整備に関する施策を策定し、及びこれを実施するとともに、水道事業…を経営
するに当たつては、その適正かつ能率的な運営に努めなければならない。
2 (略)
(用語の定義)
第3条
この法律において「水道」とは、導管及びその他の工作物により、水を人
の飲用に適する水として供給する施設の総体をいう。ただし、臨時に施設されたものを除く。
2 この法律において「水道事業」とは、一般の需要に応じて、水道により水を供給する事業をいう。…
3、4 (略)
5 この法律において「水道事業者」とは、第6条第1項の規定による認可を受けて水道事業を経営する者を…いう。
6~12 (略)
(事業の認可及び経営主体)
第6条
水道事業を経営しようとする者は、厚生労働大臣の認可を受けなければな
らない。
2 水道事業は、原則として市町村が経営するものとし、市町村以外の者は、給水しようとする区域をその区域に含む市町村の同意を得た場合に限り、水道事業を経営することができるものとする。
(供給規程)
第14条
水道事業者は、料金、給水装置工事の費用の負担区分その他の供給条件について、供給規程を定めなければならない。
2 前項の供給規程は、次の各号に掲げる要件に適合するものでなければならない。
一 料金が、能率的な経営の下における適正な原価に照らし公正妥当なものであること。
二、三 (略)
四 特定の者に対して不当な差別的取扱いをするものでないこと。
五 (略)
3~7 (略)
○地方自治法(昭和22年4月17日法律第67号)〔抜粋〕
(使用料)
第225条
普通地方公共団体は…公の施設の利用につき使用料を徴収することができる。
(分担金等に関する規制及び罰則)
第228条
…使用料…に関する事項については、条例でこれを定めなければならない。…
2、3 (略)
(公の施設)
第244条
普通地方公共団体は、住民の福祉を増進する目的をもつてその利用に供するための施設(これを公の施設という。)を設けるものとする。
2、3 (略)
○A市水道給水条例(平成□年□月□日条例第□号)〔抜粋〕
(趣旨)
第1条
この条例は、法令その他別に定めがあるもののほか、本市の水道事業の給
水についての料金及び給水装置工事の費用負担その他の供給条件並びに給水の適正を保持するために必要な事項を定めるものとする。
(定義)
第3条
この条例において「給水装置」とは、給水のために配水管から分岐して設
けられた給水管及びこれに直結する給水用具をいう。
2 この条例において「給水装置工事」とは、給水装置を新設し、改造し、修繕し、又は撤去する工事をいう。
(給水契約の申込み)
第13条
水道を使用しようとする者は、市長が定めるところにより、あらかじめ市長に申し込み、その承認を受けなければならない。
第18条
水道使用者は、次の各号のいずれかに該当する場合は、あらかじめ市長に届け出なければならない。
一 水道の使用を開始及び中止するとき。この場合において、開始及び中止と
は、メーターボックス内の止水栓による開栓又は閉栓をいう。
二 給水装置を廃止するとき。この場合において、廃止とは、給水管の切断並
びにメーター及びメーターボックスの除去をいう。
三 (略)
2 次の各号に該当する場合は、水道の使用の中止を認めることができる。ただし、届出日においてA市住民基本台帳に登録していない者は除く。
一~四 (略)
3 廃止の場合で再加入するときは、新規加入とする。
(料金の支払義務)
第23条
水道料金(以下「料金」という。)は、水道使用者から徴収する。
(料金)
第24条 料金は、別表第一に定めるところにより算定した額の合計額に1.08を乗じた・・・額とする。
(加入金)
第29条
市長は、給水装置の新設をする者から水道加入金(以下「加入金」という。)を徴収する。
2 (略)
別表第一(本件改正条例による改正前のもの)
| 利用者カテゴリ | メーターの口径 | 基本水量 | 基本料金 | 1 ㎥当たりの超過料金 |
| ---------------------------------------- | -------------- | -------- | -------- | ------------------ |
| 別荘利用者以外 | 13mm | 10 ㎥まで | 1,300 円 | 150 円 |
| 別荘利用者以外 | 20mmと25mm | 10 ㎥まで | 1,400 円 | 150 円 |
| 別荘利用者以外 | 30mmと40mm | 20 ㎥まで | 5,000 円 | 150 円 |
| 別荘利用者以外 | 50mmと75mm | 20 ㎥まで | 10,000 円| 150 円 |
| 別荘利用者(住民基本台帳に登録していない者) | 13mm | 10 ㎥まで | 3,000 円 | 150 円 |
| 別荘利用者(住民基本台帳に登録していない者) | 20mm | 10 ㎥まで | 5,000 円 | 150 円 |
| 別荘利用者(住民基本台帳に登録していない者) | 25mm | 20 ㎥まで | 10,000 円| 150 円 |
別表第一(本件改正条例による改正前のもの)
| 利用者カテゴリ | メーターの口径 | 基本水量 | 基本料金 | 1 ㎥当たりの超過料金 |
| ---------------------------------------- | -------------- | -------- | -------- | ------------------ |
| 別荘利用者以外 | 13mm | 10 ㎥まで | 1,400 円 | 160 円 |
| 別荘利用者以外 | 20mmと25mm | 10 ㎥まで | 1,500 円 | 160 円 |
| 別荘利用者以外 | 30mmと40mm | 20 ㎥まで | 6,000 円 | 160 円 |
| 別荘利用者以外 | 50mmと75mm | 20 ㎥まで | 12,000 円| 160 円 |
| 別荘利用者(住民基本台帳に登録していない者) | 13mm | 10 ㎥まで | 5,000 円 | 160 円 |
| 別荘利用者(住民基本台帳に登録していない者) | 20mm | 10 ㎥まで | 7,000 円 | 160 円 |
| 別荘利用者(住民基本台帳に登録していない者) | 25mm | 20 ㎥まで | 14,000 円| 160 円 |
関連条文
行政事件訴訟法
3条2項(2章 抗告訴訟 1節 取消訴訟):抗告訴訟(処分の取消しの訴え)
地方自治法
244条3項(2編 普通地方公共団体 10章 公の施設):公の施設
一言で何の問題か
設問1 「特定の者に対して不当な差別的取り扱いをするもの」
設問2 抗告訴訟の対象となる行政処分
つまづき・見落としポイント
設問1
夏季の水道使用量増加を考慮しても、年間の使用量と料金のバランスから見て公平性に疑問
設問2
処分性が否定されるも、条例そのものの違法性を問う訴訟として、違憲状態確認訴訟や適法確認訴訟による余地は残る
答案の筋
設問1
別荘利用者に対する基本料金の高額化が特定の者への不当な差別的取り扱いとして法第14条2項4号に違反する可能性がある。具体的な水道使用量やホテルやリゾート施設の影響等を踏まえると、別荘利用者への料金負担増は合理性に欠け、不当な差別と解釈される
設問2
本件改正条例は、一般的に適用される水道料金の改定であり、特定の個人に直接的な影響を及ぼすものではない。従って、この条例の制定は行政庁の処分や公権力の行使とは認識できず、取消訴訟の対象となる処分には当たらないと考えられる。
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