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司法試験 倒産法 平成29年度 第1問


問題

次の事例について,以下の設問に答えなさい。
【事 例】
個人A(57歳)は,「A金属工業」の屋号で,妻B(55歳)を含む従業員5名と共に,父の代から続く金属加工業を営んでいた。Aは,目立った遊興等に興じることもなく,真面目に仕事に精を出し,平成25年頃までは,おおむね順調に事業を遂行していた。
しかし,平成26年頃から,資材の高騰や受注件数の減少,取引先の経営悪化等により,Aの資金繰りは徐々に悪化していった。平成28年には,Aの主要取引先であったCに対する売掛金債権約100万円が未払いとなったまま,Cが廃業して音信不通となり,また,同じく主要取引先であったDは,同年6月に破産手続開始決定を受け,Dに対する売掛金債権約200万円についても破産手続による配当はなかった。さらに,同年11月,Aの従業員Eが売上金約100万円を持ち逃げして行方不明となったことで,Aは,ますます資金繰りに窮するようになった。
その結果,Aは,新たな融資を受けない限り,F銀行からの借入金債務のうち,弁済期を平成29年3月末日とする分割金100万円の弁済に窮する見通しとなり,債務整理を行うことで立て直しを図りたいと考え,同月15日,弁護士Yに債務整理を依頼した。Yは,同月17日,同日付けで,Aから聴取して判明した債権者宛てに,下記の内容の通知(以下「本件通知」という。)を発送した。

        記
当職は,この度,Aから依頼を受けて,同人の債務整理の任に当たることとなりました。債務整理の方針については,Aの債務及び資産の状況を調査の上,慎重に決定することとなりますが,これらの全てについて当職がAの代理人としてAと協議の上行うこととなります。
つきましては,以後,Aとの債権債務関係に関する連絡の一切は,当職宛てにしていただき,Aやその家族への連絡や取立行為は一切中止願います。

Yが本件通知発送時までに行った調査の結果によれば,Aの主な債務は,F銀行からの事業資金の借入金債務の残額が約1500万円,同じくF銀行からの自宅兼工場の建物のローンの残額が約2000万円あるほか,金融業者4社からの若干の借入金債務がある程度であり,Aの説明では,Aの取引先に対する買掛金債務は存在しないとのことであった。
平成29年3月30日,Aは,Yとの間で債務整理の方針についての打合せを行ったところ,やはり同月末の支払を行うことは困難であるとの結論に達し,破産手続開始の申立てを行うことを決意してその旨をYに委任した。
平成29年4月10日,Aは,Yを申立代理人として破産手続開始の申立てを行い,裁判所は,同月12日午後5時,Aについて破産手続開始の決定を行い,破産管財人として弁護士Xを選任した。
XがAの資産状況等を調査したところ,次の事実が判明した。
①Aは,債務整理を依頼した後も,Yに相談することなく資金の融通先を探しており,平成29年3月18日の深夜,長年の取引先で個人的な親交もあった取引先業者(個人)Gの自宅にBとともに赴き,100万円の融資を依頼した。Gは,同日の時点でAに対し,弁済期を4月末日とする80万円の売掛金債権を有していたが,Aが「どうしても今月末の支払に100万円が必要なのです。今回をしのげば絶対立て直せます。取引先Cからの売掛金100万円の入金があれば必ず返せますから。決して御迷惑はお掛けしません。」と懇願するので同情し,「うちも楽ではないし100万円までは貸せないけど,せめてこれくらいなら」と,その場でAに50万円を貸し付けた。
②Aは,Gから受領した金員をF銀行に対する平成29年3月末日の分割金の弁済に充てようと思っていたが,まだ50万円ほど不足しており,これ以上のあても思い付かずにいたところ,同月25日の早朝,Bから,Bの父親Hが倒れ,入院費用が必要になったことを聞いた。Aは,昨年12月末頃にHから「立て直しに成功したら返してくれればよい」として60万円を借りていたことを思い出し,平成29年3月26日,Bを通じて,Gから受領した50万円をHに弁済した。
③ Aの資産としては,現金約20万円,預貯金30万円のほか,自宅兼工場としている借地上の建物がある。ただし,当該建物には,F銀行の根抵当権が設定されており,その被担保債権の残額は,借地権付建物の現在の評価額を上回っている。Aは,破産手続開始の決定に伴い「A金属工業」を廃業した。その後,就職を試みてハローワークに通うなどしているものの,未だ就職先は決定しておらず,その見通しもない。Bは,Aの破産手続開始後,それまでの心労がたたって倒れ,以後入退院を繰り返している。

〔設 問〕

1.Xは,AのHに対する50万円の弁済を否認することができるか否かを調査検討している。
本件通知が「支払の停止」に該当するかについて触れつつ,平成29年3月17日の時点でAに「支払不能」が認められるかについて,論じなさい。

2.Aの債権者であるGは,債権者集会兼免責審尋期日に出頭し,Aの免責を許可することについて強く反対する旨の意見を述べた。
他方,Aは,免責許可決定を受けることを強く希望している。Aは,債権者集会兼免責審尋期日に出頭したほか,Xによる事情聴取にも素直に応じ,Gからの借入れやHに対する弁済について説明するなど,Xの管財業務に積極的に協力していた。
⑴ Aに免責不許可事由が認められるか否かについて,論じなさい。
⑵ 仮にAに免責不許可事由が認められるとして,破産裁判所は,Aの免責を許可するべきか否かについて,肯定的に考慮すべき事情,否定的に考慮すべき事情双方を挙げつつ,論じなさい。

関連条文

破産法
162条(6章 破産財団の管理 第2節 否認権) :
 特定の債権者に対する担保の供与等の否認
252条(12章 免責手続及び復権 第1節 免責手続) :免責許可の決定の要件等
民法
412条3項(第3編 債権 第1章 総則 第2節 債権の効力):履行期と履行遅滞

一言で何の問題か

支払不能、免責不許可事由、裁量免責

つまづき・見落としポイント

基本的な問題、問題文の誘導に乗る

答案の筋

概説(音声解説)

https://note.com/fugusaka/n/nfe7595196870

1 Aは従業員5名の小規模個人事業主にすぎず,有用な経営資源や再建計画を有しているといった事情もなく、弁護士に債務整理を依頼したこと、取立行為も中止するお願いをしていることから、全債権者に対し統一的かつ公平な弁済を図ろうとしていると言え、本件通知の発送は支払停止に当たるため、「支払不能」が推定される。
2(1) Aは既に支払不能に陥っており,他の債権者に同等の弁済をすることはできないといえ,「特別の利益を与える目的」が認められるとともに、弁済期が定められていなかったため、AのHへの弁済は履行期という時期の点で非義務的弁済に当たるため、非義務的偏頗行為(不当偏頗弁済)であり252条1項3号に該当する。また、Aは自らの支払不能を認識しつつ、廃業して音信不通となっており客観的には回収不能であったCからの入金があれば返済可能だとGに説明しており、積極的な欺罔手段を採ったと言え、同項5号の免責不許可事由が認められる。
2(2)  確かに,Aは詐術を用いてGから借り入れた50万円について、親族であるHを優遇する形で弁済しており悪質性は強く、Gは免責に反対している。しかし,目的が返済資金を得ること、入院費用を賄うことであり、動機まで悪質とはいえない。また,Aが支払不能に陥った要因は,主要取引先の廃業,債権の回収不能及び従業員の持ち逃げというAに帰責できないものである一方、Aはこれまで真面目に仕事に取組んできた上、破産手続き開始決定後も管財業務に積極的に協力している。さらに、次の就職先が決まっていない上,入退院を繰り返す妻を扶養しなければならず,免責許可を受ける必要性が高く、これら事情を総合考慮すると、裁判所はAにつき免責許可をすべきである。

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