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機械仕掛けの想像力 -AIを使用したイラスト制作方法、それからソラリスの海について-

はじめに

1961年、スタニスワフ・レムは著書『ソラリスの陽のもとに』において自律した知能を持つ海で満ちた惑星、ソラリスを描いた。
ソラリスの海は奇妙な性質を持ち、ひとたび人間が近づくと対象の記憶/トラウマを元に、精巧なコピー人間である「客」に変容する。惑星を探査する研究員たちは自らの大切な人の姿を模した「客」との邂逅に心を乱され、時に拒絶し、そして時に愛を向ける。
しかし、これは単なる空想世界の物語では無い。2022年、世界はすでにソラリスの海の上に浮かんでいる。

DALL·E 2、Midjourney、Disco Diffusion……今年に入ってからというもの、多くの精巧な画像生成AIシステムが公開された。かねてよりAIによる画像生成の研究は進められていたが、その成果が一般ユーザーに触れられる距離まで近づいてきたのだ。これらのAIは人類がこれまでに電子化した膨大な美観(絵画、写真、映画、ゲームのキャプチャなど)のアーカイブを持ち、それらを縦横無尽に組み合わせて新たな画像データを作り出す。

ブラックボックスに隠された内部のロジックは途方も無く複雑だが、外部から結果を取り出すことは極めて単純だ。手に入れたい画像の単語を、AIに向かって少し気の効いた言い方で投げかければ良い。「緑豊かな森の中を流れる小川」の絵画が欲しい、とオーダーすれば彼らはすぐに答えてくれるーー例えばこんな風に。

/imagine prompt:A small stream inside a lush and dense forest, wilderness, detailed, sunny, trending on artstation, Nausicaa Ghibli style, Makoto Shinkai, Patrick O'keefe style
※ただし上述のとおり「気の効いた言い方で」AIと対話を行うことがキモだ。言い方を間違えると画像生成のプロセスは美観の奈落へと滑り落ち、みるも無惨なスカムデータへと変貌する。

ひと目見れば分かるとおり、AIの画像生成技術は驚異的なクオリティの高さだ。優秀なAIがいくらでも精度の高いイラストを生成してくれるのであれば自分のようなズボラな人間としては使わない手はない。

そこで本記事では前半部でAIの画像生成技術と3Dソフトを使用した「なるべく人間が描かない」新しいデジタル作画の制作過程を模索し、後半部ではAI技術が広がった先の未来における想像力の在り方について考えてみたい。

AIと3Dによる「なるべく描かない」イラスト作成工程

打ち捨てられたロボットと少女が、夕暮れの中で対峙しているイラスト。これはつい先日自分が描いたものだが、しかし明確に自身が関与しているのは色調補正と部分的なレタッチのみで、手で描いている部分は非常に少ない。というのも構図や全体の色彩の元になった画像はMidjourneyというAIソフトで生成し、さらにロボットや少女、風景の素材はほぼ全て3DソフトのBlender上で作成しているからだ。

さて、今回の工程を大まかに整理すると以下のようになる。
1.AIによるラフ案出し
2.3Dソフト上で素材コンポジット
3.ペイントソフトで色調補正
上から順に解説を行なっていこう。

1.AIによるラフ案出し

AIによる画像生成を行う際は、前提として自分が描きたいイメージの要素を一つ一つ言語化し整理する必要がある。AIに送る指示が抽象的だと「美観の奈落」に沈み込んでしまう可能性が高くなるため、いわゆるシステム設計でいうところの要件定義を行っていくのだ。
今回、自分は「アニメ風タッチの機械と少女が主役の絵」というイメージが固まっていた。ただし、それだけでは指示が抽象的になってしまう為、イラストに描かれるオブジェクト/画風/構図などの関連する単語をリストアップしていく。この際に自分が挙げた単語で生成した先行例が無いか、AIツールのコミュニティ(Midjourneyには専用のDiscordサーバーが存在する)や各種SNSで検索するのも構文作成における有効な手だ。

検索の結果、アニメ風のタッチを生成するためには「新海誠風/大友克洋風/吉田博風」といったスタイル指定を行う単語を複数混ぜ込むと精度が高くなることが判明した。また、構図のバランスを図るために「三分割法」などの用語も構文に追加し、更に色調調整用に「エヴァ風」などの単語も織り込む。
必要なワードを組み合わせた構文を入力し、生成結果を見ながら微調整を加えていく。

/imagine prompt:School girl, robot standing behind her,destroying the city of Tokyo,Neon Genesis EVANGELION,upward perspective,by Katsuhiro Otomo,makoto shinkai, Moebius, Noah Bradley, hiroshi yoshida, Dan mcpharlin, Peter Mohrbacher, Druillet,tsutomu nihei, epic scale, manga style, dark, artstation, 8k, lineart
/imagine prompt:mecha suit girl,anime character,Neon Genesis EVANGELION,rule of thirds,by Katsuhiro Otomo,makoto shinkai, Moebius, Noah Bradley, hiroshi yoshida, Dan mcpharlin, Peter Mohrbacher, Druillet,tsutomu nihei, epic scale, manga style, dark, artstation, 8k, lineart/imagine prompt:

いくつかの構文から無数の構図パターンを出力し、どのイメージに合わせて描くかを絞っていく。この試行回数は無限に可能なので、自分の好きな構図が出るまで何度も出力できるのが強みだ。ランダム性が高いため、自分でも想定していなかった構図が出現するのが面白い。また、ある程度色味やシルエットも完成形に近いものが出力されるため、最終的なイメージが掴みやすいというのもAIを使ったラフ案出しの特徴だろう。
当初意図していなかった構図案が出力され、更に構図のバリエーションを生成を繰り返していく。最終的に下記画像の右上を参考にイラストを描くことに決定した。

2.3Dソフト上で素材コンポジット

構図、色味が決定し、次はイラストに登場するオブジェクトの素材作りだ。
もちろんここでイラストが描ける人間は手を動かせば良いのだが、今回のテーマは経験則に寄らないこと、そして何より手を動かさずに完成させることだ。
ここで登場するのがUnityやBlenderなどの高機能な3Dフリーソフトである。背景出しであればUnityでも十分なのだが、今回はモデル作成も含むためBlenderを使用する。
まずメインのロボットの作成について。こうした機械的なデザインのオブジェクトはキットバッシュを使用する。これは既存のモデリングされたパーツを組み合わせて新たなモデルを作る手法で、言うなれば3Dソフト上でレゴを作るようなものだ。今回、ロボットの基礎パーツとなるキットは以下のものを使用した。

また、少女に関しては「EasyPoser」というアプリから出力、背景の原っぱについても3Dモデルを購入しBlender上で素材を並べて作成している。

動物や乗り物、日用品に至るまで3Dモデルは現在、あらゆるものが配布されている。最悪、欲しい3Dデータが無くても実物が手元にさえあればスマホでフォトグラメトリを行えばモデルデータを手に入れることができる。

3.ペイントソフトで色調補正

後はペイントソフト上でAIの出力画像の色味をスポイトして書き出した3Dモデルに塗りつけていくだけだ。

レタッチ作業もすでにAIの生成した画像を参照すれば良いので、修正イメージが浮かばず筆が迷う、というような事態が起きづらい。精度の高いリファレンスはそれだけで大幅な時間短縮を可能にする。


AI技術が今後、想像力とどのように結びついていくか

イラスト作成は今まで描き手の経験則でしか表現し得なかった。しかしAIや3Dソフトがここまで発展した今、そうした個人の技術に頼らずとも、ツールのディレクションだけでイラストを作り上げることが可能になってきている。また今後はイラストの領域だけでは無く、あらゆる創作行為の場で個人の技能だけではなく、各種ツールのディレクション能力が問われる機会が増えていくのではないかと感じる。



ただし、あくまでそれも2022年の現在地点でのみ利用可能なノウハウであり、今後はさらに別の手法が必要となってくるはずだ。
AIはおそらくこれからも爆発的な進化を遂げる。今はまだAIがアーティストの仕事を奪うまでには至らないだろうが、今後10年、20年先を考えると市場そのものを変え得る可能性は十分に有り得る。
その時、人間の想像力はどこへいくのだろう?

上記の作業工程でイラストの要件定義を行っていたように、AIとの会話が必要になった時代では、かつて創作に宿っていた曖昧な「作家性」や「雰囲気」は瞬く間に言語化され体系化されていく。
ついこの間もある技術者が「画像生成AIのためのプロンプト・ブック」を公開し話題になっていた。

これは狙った画像の結果を導き出すための効率的な構文を集めた対AI向けハウトゥー本だ。今回イラストを作成する際も、AIへ向ける指示の精度によってその後のクオリティが大きく変化するのを肌で感じていた。
こうした構文解析が進めば、現在アーティストと呼ばれる職種はAIへの最適な指令をデザインするプロンプトアーティストや、画像の修正を行うレタッチャー、それから一部のエンジニアが引き継ぐことになる時代の到来が予感される。さらに技術が進めばディレクションや画像の修正作業すら最適化され、完全に自動化された天才AI画家が誕生する未来も夢物語では無い。

絵画の歴史というのは技術によって代替が繰り返されてきた。例えば1826年にカメラ技術が登場して以降、絵画の歴史は大きく変化した。
画家のポール・ドラローシュは写真を見て「今日を限りに絵画は死んだ」と嘆き、それまで多くの画家の食い扶持であった肖像画や風景画の仕事は写真に代替され、不可逆な時代の変化を産んだ。その後映画やコミック、ゲームなどの文化産業が発展したことでアーティストは新たな活動領域を得た。1930年代のディズニースタジオから「コンセプトアーティスト」という職業が生まれたように、作品に求められる世界や事物を創造し、絵で表現することがアーティストの新たな使命となったのだ。
しかしその想像力が今、大きく揺らぎはじめている。

個人的な体験を話せば、今回のイラストを作成するにあたってAIを補助ツールとして使用するのではなく、むしろ人間がAIの補助ツールのようだと覚える感覚に何度も陥った。
また、リファレンスとなる数々の素晴らしいAIアートに触れてからというもの、アートに対しての向き合い方に変化が生じ始めている。人の描いた絵を見た時に「この絵を生成するならばプロンプトは〇〇だ」や「このタッチは〇〇風と〇〇風を組み合わせればいける」など、「AIでどのように再現可能か?」という思考を頭のどこかで抱くようになったのだ。
もちろん自分自身が描く絵についても、今後の技術で完全な再現が可能だろう。
その時、私は私自身の想像力に価値を見出せるのだろうか。
あるいは、もうこの世の中から居なくなってしまった数多のアーティストのことを考える。
もう二度と見られないはずの「あの人が描いた絵の完全な似姿」が生み出された時、人は何を思うのか?

惑星ソラリスでは、心理学者クリス・ケルヴィンの前に亡くなった最愛の妻であるハリーが現れる。もちろん、ハリーは本当のハリーではない。ソラリスの海が生み出した「精巧な人間のコピー」である。
クリスはそれでもハリーを愛する選択を選ぶ。それがコピーだと知りつつも、記憶の中に生きるのだ。
小説には、海を知ってしまった人間について、こんな記述がある。

そんなわけで海は存在し、思考し、行動していたのだ。「ソラリス問題」を無意味なものとして片付けようとか、ゼロに帰してしまおうとする向きもあった。また、われわれが相手にしているのは〈生き物〉などではない、だから、われわれの負けは少しも負けにはなっていない、といった考え方もあった。しかし、それらは一切、永久に否定されてしまったのだ。好むと好まざるとにかかわらず、いまや人間はこういう隣人がいる──隣人とはいっても、何兆、何十兆キロメートルもの真空の彼方、何光年分もの空間に隔てられているわけだが──そのことを認めなければならない。この隣人は人間の領域を拡張する道に立ちふさがっていて、それを理解することは、残りの宇宙全部を理解することよりも難しいのだ。

好むと好まざるとにかかわらず、いまや人間はこういう隣人がいる。
私たちの想像力は今、空とソラリスの海の間に浮かぶ一隻の宇宙船のように、曖昧に揺らいでいる。


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