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癒すということの考察。

こんにちは。

めっちゃ久しぶりです。

私の自分を労わる体験は続いている。
元気にはなってきたよ。
毎日生きてる自分を褒めるし、
自分で自分をhugするし、
だけど、動きたい!と生命力は発動しないのだ。

それは、『自立』とも言える。

私は自立しなきゃという、思い込みに駆られているんだろうか。

とにかく、今は、自分の身体の感覚だけみてる。
2週間くらい、体調が悪かった。
熱はないし、味覚も大丈夫だから、自宅療養みたいにしてた。自然栽培の梅干しや野草茶やきちんとした上質の抽出技術された精油で免疫力を上げるようにした。

薬はできれば飲みたくなかった。
ふと、自分はすでにある、持っていると思った。
だから、前述のものは、自分が持ってるもので使えるものを使っていた。
日曜日には身体が回復してた。

話は戻るけれど、ここ最近は自分のお世話を自分でするだけでは、深く癒されないような気もするんだ。

それは、自分では痛いところはみたくないからコントロールできてしまう。
私は、特に自分一人では深く潜れなかった。
そんな時は、プロのヒーラーの手を借りることは必要な気がする。(私もとっかかりは信頼できる方に有料でお願いした)

私は多くのセラピストに出会っているけれど、そんな私が今感じるのは、セラピスト自身が癒されてクリーンな人がいい。
その人に会うだけで、私が癒されるような人。
あれこれ言う人は、今の私には必要ないかな。

これは、私の個人的な話ね。

私が今思っているのは二つ。
・このまま進んで自分が楽しいこと、興味があることだけして変化を待つ。
・新しいプロのヒーラーのセッションの場を持つ。(お金が必要)

と思ってたんだけど、
書いてる途中で、最近入手した、”かじいちご(お花)のフレグランスバームを身体に塗ったら、”弱さを受け入れる”が最新キーワードみたいだ。

これも信頼できる方からの植物の力を使った、癒しの手法。
植物ってね、本当にストレートに身体に入って毒素を浮き上がらせてくれる。

こんな風に、私は今必要なものは手を入れてるんだな。
どうしても、身体が動くようになると、滞っている感じのところを新しい他のもので試したくなるんだな。

今は、弱い自分がなんで受け入れられないのか観察して、バームで癒していこう。
なくなったら、次を考えたらいいかな。
それぐらいのリズムで。
焦らなくていいな。

今日もいい日だっ♪

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