固相合成に利用可能な縮合剤T3P®
ペプチド固相合成(SPPS)に縮合剤T3P®が利用可能との報告。
Propylphosphonic Anhydride (T3P®) as Coupling Reagent for Solid‐Phase Peptide Synthesis
https://doi.org/10.1002/slct.202100123
タンパク質、ペプチド、アミノ酸
生体で機能分子として働いているタンパク質はアミノ酸分子がアミド結合でひも状に連結することで構成されています。タンパク質の中でも比較的短いものをペプチドと呼び、アミド結合はペプチド結合とも呼ばれたりします。
タンパク質やペプチドの機能を研究する時にはペプチド固相合成(SPPS)という方法で化学合成を行います。SPPSでは地道にアミノ酸ユニットを一つずつ化学反応させてつなげていくことで合成します。今回はその繋げる際に用いる縮合剤と呼ばれる試薬の話です。
縮合剤とは
アミド結合を形成するにはカルボキシ基を活性化してアミンを反応させる必要があります。この反応を(脱水)縮合と呼び、その反応を起こすことができる試薬を縮合剤と呼びます。
縮合剤と言えば、カルボジイミド系、カルボニルジイミダゾール、ウロニウム/アミニウム塩系、ホスホニウム塩系、トリアゾール系などいろいろ知られています。一般的なものは以下を代表とした試薬メーカーのサイトに詳しいです。
SPPSの縮合剤には様々なノウハウがあるらしく、HATUが活性が高くて良いだとか、DIC/OxymaPure®が実はコスパ最強だとか、日々様々な議論が繰り広げられています。
一方で、カルボジイミド系やウロニウム/アミニウム系の縮合剤はアレルギー反応を起こしやすかったり、実験化学者にとってフレンドリーではないことから、代替試薬があればいいなという需要があります。そんな中で、アメリカ化学会(ACS)系の組織から以下のような声明が出ているようです。
”ACS Green Chemistry Institute® Pharmaceutical Roundtable (GCIPR) declared that OxymaPure®, COMU, TFFH, propylphosphonic anhydride (T3P®) are green coupling reagents, T3P® has a low toxicity and allergy profile”(文献から引用)
要は、グリーン縮合剤を使いましょうという内容です。今回は上記に含まれるT3P®と呼ばれる縮合剤がペプチド固相合成に利用できるか検討を行ったという内容です。
論文紹介
・結論としては、ひとまず5残基程度のペプチドであれば問題がなく合成できるよう。
・最適条件は AA-DIEA-T3P®-OxymaPure® (5 : 10 : 5 : 5)(当量比) in DMFであった。
・T3Pは50wt%溶液で市販されており、DMF中で反応を行った際には2MeTHF溶媒で売っているものを用いたときに最も収率が高かった。
・過剰量の塩基(DIEA)が存在していることが高収率に重要。塩基の量を半分にすると収率が低下する。OxymaPure®をKOxymaの塩として投入しても、塩基としての代替にはならない。
・OxymaPure®とT3P®は反応しうるため、副反応となる可能性がある。ただし計算科学上は縮合反応は副反応よりも速いため実質問題にならない。Fmoc-Leuモデルで考えた場合、縮合反応のΔG++は7.602 Kcal/molであるのに対し、副反応は35.273 Kcal/molであった。(※訳者注:液相反応中の活性化エネルギーを比較しているので、必ずしも単純比較はできないと思われる)副反応が起きないということではないので、アミノ酸の次でなく、T3PのあとにOxymaPure®を投入することが望ましい。
・環境負荷の小さな溶媒としては、EtOAc、Acetonitrile、EtOAc-NBP(3:1)(N-ブチルピロリジノン)が代替溶媒の候補であった。
・ H-Tyr-Ile-Gly-Phe-Leu-NH2の5残基ペプチド縮合温度を60℃で実施すると、最終純度は97%と高かった(40℃のときは50%)。これはRink−Amide−Resinへの1つ目のアミノ酸の導入効率の問題のよう。
・Microwave(75℃)を用いて反応を行うと、アミノ酸の縮合において100% Conversionが観測された。T3P®とMicrowaveを併用することは可能。
・Fmoc-Cys(Acm)-OH や Fmoc-Ser(tBu)-OH は縮合時にエピ化が起こりやすいことが知られているため、エピ化への影響を確認した。OxymaPureを縮合剤より先に入れるプロトコルで実施したところ、Serについてはエピ化は観測されなかったが、Cys(Acm)に関してはDL体が0.4%程度含まれるエピ化が起こった。
所感
・T3P®について存在すら知らなかったので勉強になった。ただ、いまいち実用上の手応えはわからなかったので、簡単な合成ならお試しで使ってみても良いかも知れない。
・OxymaPureなどのエピ化防止剤と反応するので、環化やフラグメント縮合などの時間がかかり、エピ化が起こりやすい反応には本質的に向かないような気がする。
・もう少し長鎖合成になってきたときの影響が知りたい。
・代替溶媒について、N-ブチルピロリジノンは日本ではまだ高いかなあ…。酢酸エチルが上手く利用できればGoodかも。はたしてFmocアミノ酸は一般的に酢酸エチルに溶けるのだろうか。アセトニトリルは水性毒性ありますから、これはこれで…。まあ完璧な有機溶剤などないということですね。
誤解や知見などございましたらアドバイス頂けますと幸いです。
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