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恵比寿様の置物
恵比寿様の置物
吉田組の組長、吉田正一は強面と名高いヤクザの親玉だった。彼の存在だけで敵対する組織は震え上がり、街の人々もその名を耳にするだけで背筋が凍るほどだった。だが、そんな彼にも誰にも言えない秘密があった。それは、「恵比寿様の置物」だった。
彼の事務所の一角に、古びた木製の恵比寿様の置物が鎮座していた。この置物は、吉田がまだ若い頃に祖父から譲り受けたもので、彼の成功をずっと見守ってきたとされていた。実は、この置物には不思議な力が宿っており、吉田はそれを利用して組織を拡大してきたのだった。
夜な夜な、吉田は誰もいない事務所で恵比寿様の置物に向かって話しかけていた。恵比寿様は静かに微笑みながらも、吉田に対して具体的な指示を出していた。「次に動くのはあの組だ。手を引け」や「この男を信用してはならない」といった具合に、まるで未来を見通すかのような助言を与えていた。
ある日、吉田の部下が大失敗を犯し、敵対する組織に重要な情報を漏らしてしまった。吉田は激怒し、部下を叱責するが、その夜も恵比寿様の指示に従い、事態の収拾に動いた。それどころが、敵対する組織が逆に罠にかかり、吉田の組は一層勢力を強めることができた。
しかし、次第に吉田は不安を抱き始めた。恵比寿様の指示はますます苛烈になり、吉田自身の道徳心や人間性を徐々に蝕んでいった。彼は組織のために悪事を働くことに躊躇しなくなり、その結果、周囲の信頼を失いつつあった。
次の日、恵比寿様の指示はさらに具体的かつ苛烈なものとなった。「次に裏切るのは近藤だ。始末しろ」といった具合に、身近な部下への疑念を植え付ける内容だった。吉田は半信半疑ながらも指示に従い、次々と部下を粛清していった。
やがて、組織は不安定な状態に陥り、吉田自身も精神的に追い詰められていった。彼は恵比寿様の指示がもはや正しいものかどうかすら疑うようになった。しかし、置物の笑顔は変わらず、吉田にとってはそれが逆に恐怖となっていった。
ある夜、吉田はついに決心を固めた。「この置物がすべての原因だ」と思い、彼はそれを捨てることを決意した。夜中にこっそりと海に行き、置物を投げ捨てた。突然空が曇り、雷鳴がとどろき始めた。
吉田は家に戻ると、事務所の一角に捨てたはずの恵比寿様の置物が再び鎮座していた。そして、その笑顔は以前よりも不気味に広がっていた。彼は狂気に駆られ、置物を砕こうとしたが、その瞬間、心臓が止まりそうな痛みに襲われた。
翌朝、吉田は事務所で冷たくなっているところを発見された。彼は恵比寿様置物を抱えて、その釣り竿が心臓を貫いた極めて不審な姿で見つかったのだ。警察の調査では事故死で処理されたが、その異常な状態に困惑するばかりだった。
その後、吉田の事務所を引き継いだ若い組員たちは、恵比寿様の置物を見つけ、その不気味な笑顔に気付いた。彼らはそれを捨てることもせず、ただ事務所の片隅に置いておくことにした。やがて、その置物が新しい組長たちの運命をどう変えていくのか、誰も知る由もなかった。
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