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7/21インドへのパイプラインでアフガンを安定化するプーチン

投稿日:2022年 7月21日(木)19時11分49秒 

2022年7月18日  田中 宇 

ロシアのプーチン大統領がウクライナ開戦後初の外遊として、
中央アジアのトルクメニスタンとタジキスタンを6月28-29日に訪問した。

トルクメニスタンでカスピ海沿岸諸国の年次サミットが開かれたので、

そこに出席するのが主目的だった。
このサミットは、ロシア、トルクメニスタン、イラン、アゼルバイジャン、カザフスタンというカスピ海沿岸の5か国が集まり、
領有権紛争の解決や経済・環境などの分野の協力体制を作るためのものだ。
だがプーチンには今回、サミット出席とは別の目的もあった。

それは、ガス産出国であるトルクメニスタンが冷戦直後から構想している、
ガスを隣国アフガニスタン経由でパキスタンとインドに送る

「TAPIパイプライン」の建設計画に、昨年まで反対していたロシアが

初めて全面協力したがっていることについて、
トルクメニスタンのベルディムハメドフ大統領らとプーチンが

話し合うことだった(TAPIはトルクメニスタン・アフガニスタン・

パキスタン・インドの頭文字)。

世界第4位の埋蔵量の天然ガスを持つトルクメニスタンの政府は、
冷戦直後の建国時から、自国のガスをロシア経由で欧州に送るだけでなく、
新たにTAPIパイプラインを作ってインド方面に輸出したいと考えてきたが、アフガン戦争で頓挫していた。

ロシアはこれまで、トルクメンのガス送付を独占したいのでTAPIに協力しなかった。
ロシアは、トルクメンからガスを安く買い取り、

自国産のガスと混ぜて欧州に売って利益を出していた。
09年からは、トルクメニスタンから中国までのガスパイプラインが完成し、
その後はトルクメニスタンのガスの半分以上が中国に輸出されている。
ガスの輸出先をさらに多様化したいトルクメニスタンは、

その後もTAPIの建設を計画し続けたが、実現していない。

さらに状況が激的に変化したのは今年2月のウクライナ開戦によって欧州がロシアの敵になり、ロシアが欧州にガスを送るのをやめてからだ。
ロシアは、インド中国方面にガスを売ることに急に積極的になっている。
ロシアは、これまで反対してきたTAPIの建設に協力し、
TAPIが完成したらトルクメンのガスだけでなくロシアのガスもインド方面に送りたい。
この話を進めることをも目的として、プーチンは今回トルクメニスタンを訪問した。

TAPIをめぐってはこの四半世紀、

いくつもの大転換・どんでん返しが起きている。

その中心は、すでに述べたような、

トルクメニスタンとロシアの関係性をめぐる話だ。
TAPIは1990年代に、内陸国のトルクメニスタンやカザフスタンが

冷戦後のロシアから自立するための事業として始まった。
ソ連崩壊後の1991年までソ連に属していたトルクメニスタンは、
ソ連崩壊後も天然ガスの輸出ルートが

ロシア(旧ソ連)のパイプライン経由しかなかった。

米国は冷戦後のロシア敵視策の一環として、

中央アジアの対露自立をうながすため、
米石油会社のユノカルがTAPIのパイプライン建設に協力することになった(ビル・クリントンが後押しした)。
TAPIの建設には、経由地のアフガニスタンの内戦を終わらせて安定化させる必要があり、そのためアフガン難民をまとめていたパキスタン軍の

諜報機関がアフガン難民に新たな軍政組織「タリバン」を作らせ、
タリバンは1997年に内戦を終わらせてアフガニスタンを再統合した。

タリバンはTAPIの申し子だった。

だが同時にそのころ米国は、中東のイスラム主義勢力を敵視して
「米国対イスラム」の新冷戦的な対立を醸成する世界戦略を開始していた。
イスラム主義のタリバンは、アルカイダとのつながりを理由に米国から敵視され、ユノカルなど米国勢はTAPIの事業から離脱した。
2001年には911テロ事件が起き、米国はタリバンを犯人扱いして米軍がアフガニスタンに侵攻し、TAPIの計画は雲散霧消した
(この状況を利用して中国がトルクメニスタンに接近し、中国までのガスパイプラインを敷いた。
ロシアはトルクメンのガス利権の半分を中国に持っていかれたが、
上海機構が設立されて中露接近が行われたので対立にならなかった。
中露にとって、結束して米国の覇権乱用に対応する方が重要になった)。

アフガニスタンで米軍がタリバンを蹴散らして米傀儡の政府や議会を作った後、事態がやや安定したため2015年にTAPIのパイプライン工事が再開された。
だが、現場の工事要員が殺害される事件や、タリバンと政府軍の戦闘が起こり、事態は危険だと判断され、工事が中断して今に至っている。

昨年8月、米軍など米国勢がアフガニスタンから総撤退し、タリバン政権が復活した。
その後のアフガニスタンは、米国から中国の傘下に完全に移ったパキスタンと、非米側の中国、ロシア、イランがタリバンを少しずつ支援していく流れになっている。

アフガニスタンは、米国側の国から非米側の国へと転換させられた。

さらに今年2月には、米国がウクライナを傀儡化するロシア敵視策によって
ロシアの反撃を誘発してウクライナ戦争が始まり、欧米がロシアの石油ガスを輸入しなくなり、
ロシアは石油ガスを中国インドなど非米側に売る量を急増させる必要に迫られた。
プーチンのロシア政府は、ウクライナ開戦後、TAPIパイプラインを完成させてロシアのガスもそれでインド方面に送る計画に積極的に協力するようになった。

米国のアフガン撤退後、インドもTAPIの建設など、中央アジアの石油ガスをアフガンやイランを経由して自国に送ることに積極的になり、今年1月にはインドと中央アジア諸国の初のサミットが開かれた。

インドやパキスタンはロシアにも働きかけ、2月24日のウクライナ開戦時、
当時のパキスタンのカーン首相がモスクワを訪問してプーチンらと会談していたが、カーンの訪露目的の一つはロシアにTAPIへの協力を求めることだった。

プーチンのロシアはウクライナ開戦後、TAPI建設に協力するだけでなく、アフガニスタンのタリバン政府への協力も強めている。

タリバンはずっとロシアの敵だった。
タリバンはもともとパキスタン在住のアフガン難民のイスラム主義者の組織で、彼らの先輩に当たる聖戦士(ムジャヘディン)たちは冷戦末期の1980年代、アフガニスタンに侵攻して占領していたソ連軍と戦うため、CIAなど米諜報界からパキスタン軍経由で資金や兵器をもらい、訓練も受けていた

(無神論のソ連はイスラムの敵だった)。

1990年代後半にタリバンがアフガニスタンの政権をとった時も、
ロシアやイランはタリバンの敵であるタジク人などの「北部同盟」を支援していた。
だが911後のテロ戦争で米国がタリバンやイスラム主義を敵視し、
その米国が20年間の占領に大失敗して昨夏にアフガニスタンを出ていく中で、
ロシアとタリバンは和解していく流れになった

(同時にタリバンは、スンニvsシーアの対立を止揚してイランとも和解している。
 スンニとシーアの対立は米英の扇動物だった)。 (タリバンの復権)

昨夏の米軍アフガン撤退後、ウクライナ開戦までの間、
ロシアはタリバンとの和解を慎重に進めており、タリバン政権の正式承認もしていなかったが、ウクライナ開戦後、ロシアはタリバンに協力する姿勢を強め、軍事支援などを開始している。
タリバンはTAPIを完成させ、天然ガスの自国通過に対してロシアやトルクメニスタンから手数料やガス現物をもらって政府の収入にしたい。
タリバンはロシアやインドとの関係改善を望んでいる。

アフガニスタンを安定化するには、周辺国のタジキスタンをやイランの協力も必要だが、プーチンは6月末のトルクメニスタン訪問時のカスピ海サミットで、イラン大統領と会うとともに、前日にタジキスタンを訪問している。
プーチンは、タリバンへのテコ入れとTAPIへの協力を着々と進めている感じだ。
タリバンもTAPIも、ロシアの敵だったものが、回り回ってロシアの味方になっている。
地政学的な大転換が起きている。

プーチンは、バイデンの米国の仇敵だ。
米国は、アフガニスタンがプーチンのものになることを阻止したいはずだ。
だが実際にバイデンがやったことは正反対だった。
バイデンは7月初め、米国が総撤退したことを理由に、アフガニスタンを米国の同盟国とみなすことをやめる大統領令を出した。
プーチンがトルクメニスタンを訪問してタリバンが望むTAPIパイプラインの建設にロシアが協力する流れを作り始めた数日後、
米国はアフガニスタンを同盟国扱いすることをやめて、アフガンへの影響力をプーチン(や習近平)に明け渡した。

また米国務省は7月14日、アフガニスタンでタリバンと敵対する武装勢力を米国が支援することは今後もないと発表した。
バイデンの米国は、タリバンが強くなり、プーチン(や習近平)がタリバンを非米側の傘下に入れ、ロシアのガスがアフガン経由でインドに輸出され、インドとロシアの関係が強化されて非米側の結束が強まり、
米欧の覇権が低下することをやっている。

プーチンは6月末のトルクメニスタン訪問時、カスピ海沿岸国の一つであるアゼルバイジャンの大統領とも会っている。
トルクメニスタンは、TAPIパイプラインを作ってアフガン経由でガスをインド方面に送る構想と同時に、アゼルバイジャンへのカスピ海底パイプラインを作ってトルクメンのガスを欧州に送る構想も立案してきた。

アゼルバイジャンもガス産出国で、トルコが仲介して欧州にガスを売っている。
プーチンは、トルクメニスタンがガスを欧州に送ることを好まない。
ロシアは、カスピ海の水質汚染など環境悪化の懸念があるとして、カスピ海底パイプラインの建設に反対している。

同時にロシアは、アゼルバイジャンと隣国アルメニアとのナゴルノカラバフ紛争の調停役でもある。
この紛争はアゼルバイジャンの優勢のもとで事態が沈静化しつつある。
プーチンは、ナゴルノカラバフ問題で有利にしてやるから、カスピ海底パイプラインの建設はあきらめろ、などとアゼルバイジャンに持ちかけている可能性がある。

前回の記事に書いたように、バイデンはイスラエルとサウジアラビアを回る中東歴訪を実施したが、その結果、中東での米国覇権は保全されるところか逆に低下に拍車がかかっている。
バイデンの中東訪問は腑抜けた頓珍漢だ。対照的に、トルクメニスタン訪問などでうかがわせたプーチンの外交は、ユーラシアの地政学的な要衝であるアフガニスタンをロシアなど非米側の傘下に取り込みつつ安定・発展させ、
トルクメニスタンなどユーラシアの石油ガス産出国をインドや中国など非米側の大消費地とつなげる新戦略になっている。
今後、インドや中国が石油ガスの輸入に困らないのと対照的に、
欧州や日本はエネルギー危機がひどくなる。

プーチンは7月19日には、ウクライナ開戦後2度目の外遊として、
イランで開かれるシリア内戦解決のための「アスタナプロセス」のサミットに参加し、イランやトルコの大統領と会談する。

シリア内戦は、米国が引き起こしたものを、ロシアとイランが解決している。
米国は内戦を起こしてシリアで数10万人を死なせたが、露イランはアサドを支援して残りのシリア人の命を救った。
露イランが悪者だと歪曲報道し続ける米日のマスコミも極悪だ。
ウクライナ戦争で悪いのは米英だし、イラン核問題も米国による濡れ衣だ。
中東諸国は米国でなくロシアを信用している。
プーチンは、ユーラシアや中東でのロシアの覇権を拡大している。
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TAPIパイプライン


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