織田信成&鈴木明子 フィギュアスケートトークショー

ケーブルテレビ30周年 結城市民文化センター

 今日は、結城市で行われた織田信成さんと鈴木明子さんのトークショーに行ってきました。
 結城市周辺のケーブルテレビ会社のイベントなので、地域が限定されていて、本来なら神奈川県在住の私には見られないショーだったのですが、たまたま県外から申し込みをされた方が当選して、その関係で誘っていただき、見ることができました。このHさんは、いろいろご配慮をされて、主催者側に連絡も取り、様々な段取りも進めてくださっていたのに、前日に体調を崩されて参加できなかったので、Hさんのためにメモを取っておいたトークショーの内容をここでまとめてみようと思います。
 ただ、メモは取っていたものの、音声ファイルを残しておけたわけではないので、言葉の使い方やニュアンスなど、その通りではない場合が多々あると思います。その辺はどうかご了承ください。
 また、私が織田君のファンで、Hさんも織田君ファンのため、内容の中心が織田君のトークになり、鈴木明子さんのお話が少なくなったこともご了承ください。鈴木明子さんのファンの方がもしお読みになったら、がっかりされるかもしれません。
 
 さて、トークショーは茨城県結城市で行われました。上野―宇都宮ライン及び新幹線の小山駅からローカルの水戸線に乗り8分。結城駅に着きます。会場の結城市民文化センターは、駅からは歩いて15分ほどということでしたが、印象としてはもっとずっと近いように感じました。様々なコンサートなども行われており、会場には5月にリチャード・クレイーダーマンのコンサートがあるという予告もありました。リチャード・クレーダーマンと言えば、私が若いころ、イケメンピアニストということで大人気でした。どうでもいい情報、すみません。
  大ホールと小ホールがあり、トークショーは大ホールで行われました。会場は二席ごとに一つ空席を入れるという、コロナ対策がされていました。私達は地域外ということもあり、一番後ろの座席でしたが、後ろを気にせず、バナーやうちわを振ることができていい場所でした。しかもほぼセンターだったので正面からお二人の顔を見ることができました。
 
 定刻になり、司会の方が登場されましたが、お着物をお召しで、これはめずらしいと思っていたら、なんと、織田君と鈴木明子さんも着物姿で登場! ああ、そういえば、ここは結城紬が有名だったと思い出しました。
 織田君は薄緑色の着物に、濃い銀鼠色の羽織を重ね、明子ちゃんは薄い黄色の着物に水色の帯を締めていました。お二人ともとてもよく似合っていて素敵でした。主催者側でショーの終わりごろに写真タイムも取ってくださっていたので、ツィッターなどにはお二人のお写真が沢山上がっています。とても素敵なので、見られる方は是非ご覧になってください。#ケーブルテレビで検索すると出てくると思います。織田君ご本人は「落語家みたい」とおっしゃっていましたが、落語家さんは日本一着物が似合う方たちと言っても過言ではないので、まさにお言葉通り、とっても着物姿が板についていました。若旦那、という表現をされた方もいらっしゃいましたが、確かに、若旦那の風情もあり、明子ちゃんは、匂うような若奥さまの雰囲気を醸し出していたので、お二人が並ぶととても自然な感じがしました。
 中央の椅子に斜め前方に向けて向かい合わせにおかれた椅子に座ると、端の演台に立ったままの司会者が話を進めていきます。
 
 まずは、結城市のある茨城県と栃木県の名産品や印象のお話から。
織田君はつい先だってロケできたけれども、何かのアンケートで県の印象が良くないというのが信じられないくらい、緑もあり、食べ物もおいしくて、とても素晴らしいところだと絶賛していました。
 そして、着せていただいた結城紬がとても温かくて着やすいというと、明子ちゃんも同じことを言っていました。たぶんそうなんだろうなあと着物姿が板についているように見えるお二人を見て思いましたが、お値段もあまりにも素晴らしいので、私達が着るのは難しいなあなどと心の中の独り言(またまた脱線)
 食べ物は、苺や干し芋がおいしくて、苺はとちおとめが一番好きですとリップサービス(ではないかもしれないけど)で会場を沸かせていました。干し芋が名産らしく、とてもおいしいと織田君が絶賛。明子ちゃんも干し芋がとても好きで、本当に美味しいと二人で干し芋談議に花が咲きました。
 栃木県についての印象では、明子ちゃんがショーで、織田君が試合できたことがあるという話になり、試合の時は現役時代は観光ができなかったので、どうしても話が食べ物のことになってしまってすみませんと謝っていました。

 次に、フィギュアスケートを始めたきっかけについて尋ねられました。
 織田君は、ファンの皆さんならだれでもご存知のように、コーチのお母様について3歳くらいから氷の上に乗った話をされました。お兄様がホッケー、お姉さまがフィギュアスケートをやっていたけれど、比較的早くお二人ともやめてしまったので、お母様の期待が一身に集まり、かなり厳しくされたそうです。
 明子ちゃんは一人っ子だったので、小さいころからピアノやバレーなどお稽古ごとに毎日のように通っていて、たまたま空いていた日曜日に日曜スケート教室があるわということでスケートを始めたそうです。一日だけ開いていた日もスケートで埋まって…と司会の方もびっくりしながら聞いていました。それでも、やっぱり一番フィギュアスケートが好きで続いたそうです。
 お互いを意識したのはいつからだったかという質問には、織田君が、小学生が、中学生になるころだったと答えました。明子ちゃんの踊りが素晴らしくて評判になっていて、明子ちゃんを見たお母様(織田コーチ)が感動されて、織田君にもああなってほしいと同じ振付師の先生に頼んだというエピソードも話してくれましたが、これには明子ちゃんも「同じ振付師の先生に習ったのはそういう経過だったの? 知らなかった」と驚いていました。
 明子ちゃんが織田君を意識したのは、ジュニアの終わりごろ。急に力が伸びてきたと思ったそうです。織田君のネコアシ着氷をほめていました。

 織田君が一番好きな明子ちゃんのプログラムは、オペラ座はもちろんだけれども、マニアックなところで、黒い瞳だとのこと。振り付けはもちろんあるのだけれども、明子ちゃんが自分で自由に滑っているように見えて、その表現力に感心したそうです。明子ちゃんが好きな織田君のプログラムはフライミートゥザムーン。「ノブの明るさと楽しい感じがすごくよかった」と褒めていました。セビリアの理髪師も好きだそうで、コミカルなプログラムが好きなんですねと言われると、コミカルなプログラムを滑れる日本人が多くないけど、織田君は上手だと言っていました。
 それから、現役に復帰した話になり、織田君が現役に復帰した理由は、コロナ禍でアイスショーが全然なかった時期に、織田君もひざの手術を受けたこともあり、アイスショーで久しぶりにトップ選手たちと一緒に滑る中で、このままではだめだ、もっといい演技をしたいと思ったことがきっかけだったそうです。そのための手段としての現役復帰で、必死にやる中で一皮むけることができるのではないかと期待しての事でした。
 国体では、周りからみんなに顔が変ったと言われるほどすごく緊張していたそうです。プレッシャーであわあわしていて、力を出し切れなかったけれど、若い選手たちに大きな刺激をもらったとのことでした。フリーは少し前に予選大会となる試合でも滑ったけれども、ショートプログラムは本当に久しぶりに滑るのでがちがちだったという話で、明子ちゃんもショートは要素が決まっていてきちんと決めなければいけないので難しいと話されていました(と思います)。織田君の順位はショート12位、フリー6位で大阪が3位になった話になると、織田君は「99%友野君のおかげです」と照れていました。
 明子ちゃんが織田君の現役復帰を聞いた時は、エープリルフールかと思ったそうです。現役を離れてしばらくすると、外から見ていれば気づかれないかもしれないけれど、本人の中では自分にしかわからない違いを絶対に感じているはずなのに、その中で現役に戻ることは、いばらの道を歩くことになるので、尊敬したと仰っていました。明子ちゃんご本人は絶対やらないそうです。
 若い選手たちにもいい影響があると言われて、若い選手たちから「自分が30代になったらそんなに出来ませんよ」と嬉しい言葉を貰ったけど、僕が出来るんだからみんな出来ると話していました。フィギュアスケートは十代のうちにピークを迎えて、二十代になると終わりという印象があって、まだ辞めるのは早い、もったいないと思うような選手たちが辞めていく。でも、本当はいつまでもうまくなれる、男子なら30歳以上、女子でも25歳以上になっても活躍できる可能性があると伝えたい、人の伸びしろはわからない物なので、コツコツがんばれば伸びる、それが大切だともおっしゃっていました。
 
 それから、明子ちゃんが先日出演したノッテストラーダの話になり、体操の内村さんがすごいという話で盛り上がりました。「やばい!すごい!語彙力なくなる!」という絶賛ぶり。男子の体操は音楽がないのに、音楽に合わせてあんなに素敵にできるというのは素晴らしいと織田君も明子ちゃんもとても感心していました。逆にフィギュアスケート選手が体操に行ったら、何もできないという話になり、織田君が側転位だよねと言っていました(多分。宙返りだったかもしれない)。そして、明子ちゃんはノッテストラーダというショーについて、自分は東北福祉大学だったので、青春を過ごした東北でいろんな人に助けてもらったという特別な思いがあったと話し、出演者全員が見に来ている人たちの光、希望になりたいと思えた素晴らしいショーだったと感慨を語っていました。
 アイスショーと試合はどのように違うかという話では、二人して全然違うと口をそろえて言っていました。織田君が言うには、アイスショーというのはストーリーを作って、ジャンプをはめ込んでいく、逆に試合は、きちんと点を取るためにジャンプなどを中心に入れることから始まる、ショーは、衣装の自由度も含め表現の幅が広いので、来てくれた人たちに来てよかったと思ってもらえる何かを与えたいと考えて滑っていると話していました。ファンにも競技が好きな人(競技オタ)とショーが好きな人(アイスショーオタ)がいて、競技オタは地方大会に行って逐一演技についてツィッターでコメントを入れている、僕はちゃんと見ていますよと笑っていました。
 明子ちゃんのアイスショーの作品の中で、「月の光」と「黒鳥」は名作だと思っているそうです。アッ子ちゃんも、月が海に映る照明、スピンの時にさざ波が打ち寄せるような場面も、自分ではその時は見られないけれども、後から考えるととても美しく、こういうものは、照明も含めてチームワークとしてみんなで盛り上げていくことができる物で、アイスショーの魅力の一つはチームワークだと、これは、織田君も熱意をこめて同意していました。

 最後に世界フィギュアの話になり、織田君が5回、明子ちゃんが3回出場している中でそれぞれが一番印象に残っている大会の話をしました。織田君は2006年のカルガリーで、みんなから、枠がかかっているから頑張れとプレッシャーをかけられて委縮する中、バーケルコーチが「プレッシャーはあると思うが、自分の演技をすること、練習してきたことを出せばそれでいいんだ」と言ってくださって気持ちが楽になったそうです。それでも、トリノオリンピックで活躍した人たちと一緒に滑るのだと思うと緊張したそうですよ。
 明子ちゃんは引退した時のさいたまワールド。フリーのオペラ座を滑った時の会場の反応が暖かくて、スケートをしてきてよかったと思えたそうです。今でもさいたまアリーナに行くと、その時のことを思い出すとのこと。良いスケート人生だったと思えるそうです。
 どこの会場が好きかという話になり、明子ちゃんはさいたまアリーナ、織田君は代々木体育館だとのことでした。NHK杯もいい成績を収めたしとおっしゃっていました。埼玉女に代々木男といって笑いあっていました。

 日本のシングルが強い理由について訊かれると、意外なことに、日本が海外に比べて練習環境が良くないことを上げていました。海外はショッピングモールがあったりレストランがあったり、リンクも二つあったりするところが多いけれど、日本にはない、人数も多いので、ジャンプを一度跳ぶと、次のジャンプを跳ぶ迄時間がかかるなど、厳しい練習環境が却って集中力を高めてくれるのではないかということです。また。コーチも勉強してルールの変更などもよく研究している、早朝練習もあるので、海外の選手たちが試合練習が朝早い時、体が動けないけれども、日本の選手たちは慣れている、などということを理由に挙げていました。

 それから、明子ちゃんの振り付けの話になり、振り付けはコーチや選手との話し合いが大事だということでした。そして、選手がいい成績を収めてくれているので評価してもらっているからありがたいとも話していたと思います。織田君は明子ちゃんの振り付けの中で千葉百音ちゃんのショートプログラムがお気に入りで、ダブルアクセルに入る前のムーブメントが好き!とのことでした。

 最後にワールドの注目選手の話題になり、日本の選手以外を上げてほしいというリクエストがあったらしく、二人とも海外選手の名前を挙げていました。
 織田君はイリヤ・マリニン。四回転の申し子で、自分でもquad godと言っているくらい。四回転がすごく軽くて、三回転だと思ってみていたら四回転だったと驚かされたそうです。彼はフィギュアスケートの進化を教えてくれる存在だとのこと。また、身体能力が高く、ジャンプばかりではないし、スタイルもよく、体の使い方がいいと褒めていました。
 明子ちゃんはルナ・ヘンドリックスの名前を上げ、これは織田君も超同意。大好きだそうです。スポーティで躍動感があり、見ていて楽しい、選曲も衣装もオリジナリティがあり、長身で映えると大絶賛。ジャンプの好・不調はあるけれど、はまったら強いとのことでした。
 最後に、今は三拍子そろった選手が多すぎる。昔はスピンが下手とか、ステップが得意でないとかあったのに、今の子はアベレージが高い。いいジャンプを決め、スピンもよくなくてはだめで、少しミスがあっただけでも順位が大きく代わるので、そういうところに注目してみてほしいそうです。
 
 ところで、このトークショーには途中でプレゼント抽選という楽しい企画がありました。オリジナルのトートバッグとサコッシュで、明子ちゃんがトートバッグ、織田君がサコッシュの当選者番号を引き、当たった人は舞台に上がって握手と記念撮影ができるということでした。
 座席番号を引くのですが、私はさるファンミーティングでプレゼントに当たったばかりなので、運がついているかもしれない、当たったら、踊りながらステージに向かい、くるくる回ってあのポーズを決めようと心の中で思いながら抽選結果を待ちました。あのポーズは今でこそ織田君のトレードマークですが、元をたどれば明子ちゃんのオペラ座のポーズ。まさにこれほどふさわしいものはない!とワクワクしていたのですが、結果は…残念、外れでした。
 それから、もう一つ、ありがたいことに撮影タイムも用意されていました。客席からステージにいるお二人を撮影する時間が5分ほどもらえたのです。でも、最後部のわたしにはカメラの性能がわるすぎることも相まって、シャッターは切ったものの何も見えず、あえなく撃沈しました。でも、最初に言ったとおり、きれいな写真を撮った方もいらっしゃったので、素敵な着物姿をいつまでも眺めることができるので、本当にありがたいことでした。
 
さて、長々と、そして、だらだらとトークショーについて書きました。最後までお読みになってくださった皆様(もしいらしたらですけど)、ありがとうございました。
 
そして、このトークショーを企画してくださったケーブルテレビ株式会社の皆様、素敵なショーをありがとうございました。
 
そして、このショーのチケットを入手して誘ってくださったHさん、本当に本当にありがとうございました。これからもご一緒に織田君の試合やショーを見に行きましょう! 


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