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アルアインの皐月賞ぐらい感動した

前回に引き続いて、リライアブルエースについてのお話。
なんとか3歳春、デビュー2戦目で初勝利を挙げたリライアブルエースですが、レース後に、再度の脚元不安を発症。放牧に出されます。症状は、前回と同じく、現状は屈腱炎ではないが、このまま調教を進めていくと屈腱炎になりかねない、というもの。いわゆる、脚元がモヤモヤした状態です。

そのままノーザンファーム空港に放牧に出され、軽い運動にとどめて経過観察されるのですが、なかなか状態が改善しません。まさに一進一退という感じ。5月に放牧に出された後、年が明けてもウォーキングマシーン継続で、ようやく3月からトレッドミルに移行。これも、当時のレポートを読み返すと、「良化度合いが小さくなっていることから、これ以上待ったとしても大幅には変わらないと推測されるため、そろそろトレッドミルの運動へと進めてみる方向で検討」と書かれており、待った結果パンとしたということではなく、脚元不安と付き合っていく方向へ舵を切ったものでした。

POGの取材でノーザンファーム空港を訪れた際に、再起に向けてトレーニングに励むリライアブルエースを見学したのですが、目は血走った感じでギラギラしていて、その前に見た2歳馬とは明らかに違っていました。競走馬に生まれて、思いっきり走れない彼のストレスに少し胸が痛くなったのを覚えています。

正直、この頃は、リライアブルエースが満足いく競走生活を送るのは難しいだろうと思っていました。仮に復帰しても、2〜3戦で再発してしまうのではないかと。
その後18戦も消化し、オープンへの昇級、重賞で8戦、そして福島テレビオープンの勝利などという未来は、想像していなかったのです。

長期休養明けの初戦こそ13着に敗れたものの、そこから5着→2着→2着→1着→1着の快進撃。特に印象深いのは2連勝目の1000万下(2018/2/17)です。スタートで出遅れ。スローペースで直線でも前が壁。再三訪れるピンチを跳ね返し、直線で外に出すと前を行く馬をゴボウ抜きしての差し切り勝ち。
思わず、一緒に競馬を楽しんでいる人たちとのグループラインに「アルアインの皐月賞ぐらい感動した」と送っていました。

自分もアスリートだったので、怪我やリバビリの辛さは知っていますし、怪我によって才能を生かし切れずに終わった選手もたくさんみてきました。私のダビスタでの最強馬の名前「ヤマサンテイオー」はトウカイテイオーが由来ですが、これも、再三の骨折から不死鳥のごとく蘇ってきたトウカイテイオーに、野球人として感じ入る部分があったからです。

リライアブルエースは1億円以上の賞金を稼いで、最終的には屈腱炎を発症して引退。乗馬として第二の馬生を送ることになりました。
聞くところによると、リライアブルエースの脚元はずっと、いつ屈腱炎になってもおかしくない状態だったとか。矢作調教師が信念をもってレースを使ってくださったこと、そして何より、腕利きとして知られる池田康宏厩務員がずっと頑張ってくださったことで、未勝利引退や2戦で引退になってもおかしくなかったこの馬はオープン馬になれたのです

その後、JCダート2着のグロリアスノア、アーリントンC勝ちのホウオウアマゾン、そして海外G1・2勝のパンサラッサなどの名馬を手がけた池田厩務員も、今月末で定年。先日(9月16日)が“ラストラン”だったそう。
私の一口愛馬史の忘れられない1ページは、間違いなく、池田厩務員の手腕によってもたらされたもの。本当に感謝しています。
そして、約50年にもわたる厩務員生活、お疲れ様でした

(次回更新は10月10日となります)

やまもとまさ
プロ通算219勝、3度の最多勝、沢村賞、史上最年長でのノーヒットノーラン、50歳での登板など、記録にも記憶にも残る活躍を果たした球界のレジェンド。現在は野球解説者・スポーツコメンテーターとして活動している。ラジコン、クワガタ飼育等、多趣味としても知られる。競馬への造詣も深く、一口馬主としてアルアイン、シャフリヤールに出資する相馬眼の持ち主。
ツイッター @yamamoto34masa

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