私が楮(こうぞ)に出会うまで【後編】
森や里山が生む価値
森林や里山から生み出されるバイオマスは、化石燃料や鉱物などの地下資源に比べると圧倒的に短い期間で生産することができる資源です。一方で廃棄される時も微生物によって分解されて土に還ってゆくので、他の資源のようにエネルギーや化学薬品等に頼らず、比較的短時間で分解されます。つまり地球にかかる負担が少ない資源といえそうです。
さらに、森林は素材以外にも、降雨を長い時間をかけて保水するダムのような水源涵養の役割や、光合成による二酸化炭素の吸収源の役割、そこに集まる生物多様性からもたらされる恩恵など、私たちが生きて暮らしてゆく上で必須となるさまざまな利益(公益的機能といいます)を生み出しています。公益的機能は具体的な資産として計上されることはほとんどありませんが、もし森林が存在しなくてこれらが生み出されなかったした時に、得られなかった利益や受ける損失は実は甚大で、その価値は自然資本とも呼ばれています。普段お金を支払わなくても当たり前のように授かっているこの恵み。日本人にとって、水や森林は昔からすぐ身近な存在であるため、その価値や恩恵を受けている意識が薄れてしまうのはちょっと残念です。
そしてこのような森林や里山がもつ公益的機能のポテンシャルを十分に発揮させるためには、放ったらかしにするのではなく、人が積極的に介在して調和のとれた状態に管理する必要があるのです。また、バイオマスであっても受給のバランスが崩れる使い方をしてはいずれ枯渇します。ニーズに合わせて資源量を把握し、循環的に利用してゆく必要があるのです。
かつてはそんなバランスの取れた資源利用をしていた時代もありました。しかし外材の輸入や生活様式の変化など様々な理由から、日本の森林資源は余剰しているのに利用されなくなってしまっていました。そして薪炭のような里山の資源は現代の電気やガスが普及した暮らしには必要なくなり、人々は仕事を求めて町に出るようになってしまいました。その結果、放置されたまま荒れた森林や里山が日本各地に取り残されているのです。
そんなことを理解するうちに、私はグローバル化の進んだ自動車業界の資材調達とまるで対極にある地域の里山の資源を、現代生活の文脈の中で活用する方法について模索し、更には、森林や里山と関わる中で生み出される公益的機能をプラスのインパクトとして可視化して、自然資本の価値を私たちが経験しながら学ぶ場や機会を作りたい、実際のフィールドで実践してみたいと考えるようになったのです。
森を活用するクリエーターを育成するユニークな学校
ある時、森林や里山の資源を活用できる人材を育てる学校があることを知ります。森林や里山の資源を活用に向けた実践的な学びを得るため退職し、森林文化アカデミーという岐阜県美濃市にある県立の専修学校に入学しました。
美濃市は古くから美しい和紙の産地でもありました。地域について学ぶ授業の中で、美濃の和紙の文化に触れました。そして和紙が楮という樹木の皮を使用していることを知ります。しかも、その原料は遠く離れた茨城県大子町で生産されたものであるというのです。美濃の美しい手漉き和紙を支えている原料が木からできていることを知って、さらにその産地が自分の出身地である茨城県だと知って、とても驚き親近感が湧きました。
これまで森林資源といえば木材として利用することしか知りませんでした。学校では、森や樹木のさまざまな活用について学んできました。そんな中で繊維として古くから利用されてきたこの素材の美しさやポテンシャルに興味を引かれたのです。
超短期間で循環利用される楮という里山資源
和紙を通じた美濃と大子という繋がりに縁を感じた私は、やがて大子町を訪れ楮の木を実際に見せてもらいました。私の背丈をかなり上回って見上げるほどの丈の楮は、その年の春、株から芽生えたといいます。そして1年間で四〜五メートルも育ち、毎年収穫できるそうです。
里山の樹木の中には、新たに苗木を植えなくても伐った切株からクローン再生する種類があります。このメカニズムを萌芽再生といいます。まさに1つの樹から何度も再生可能なのです。植物のこのしくみを知った時、資源利用の観点から深い関心を持ちました。
比較的短期間で萌芽再生できるというコナラやクヌギでも10年前後かかります。それがたった1年で循環的に資源として利用できるというのです!そんな樹木をそれまで私は知りませんでした。一番の決め手はここでした。
たくましく健やかに育つ楮に一目ですっかり魅せられて、私は楮に関わってみたい、と強く思うに至ったのです。
このように、自動車メーカーで働いていた私が紆余曲折して、日本の伝統文化の和紙の原料を支える里山に関わり、いま楮という樹木を育てています。偶然のような出会いでしたが、日々関わるごとにその魅力に惹れてゆきます。そしてまるでここで楮といることが必然にすら感じてしまうのです。
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