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【レビュー】あやかし蝶と消えた初恋【海野幸先生】

大の昆虫好きである大学生の朝陽は好きなものに熱中しすぎてしまい、周囲の人間に敬遠されがち。高校の時独りぼっちだった自分を救ってくれた国吉に、予てから思いを寄せているが、彼は天然の人たらしで…。
国吉の周りには常に人に大勢の友人が。聞き上手で人当たりのいい国吉に朝陽は意を決して告白しても、「知ってる」と笑顔で返されてしまう。
もうこの恋を諦めるべきかと悩む中、国吉の実家の神社で“人の心を食う"という美しい蝶に出会い、いっそこの気持ちを食べてくれたら…と願うと忽ち国吉への気持ちが消えていって…!?
ミステリーとしても世界観を楽しめる一冊です。

私はですね、犬の追いかけっこみたいなのが大好物なんですよ…
追いかけてきたと思ったら、追いかけてこなくなって、気になって追いかけちゃう…みたいなね。あれ、お前俺のこと好きじゃなかったっけ?みたいな。
人間って欲深く、傲慢ですよね。でもそこがいい。自分に向けられていたはずの熱い想いを感じられなくなった途端、

またその熱が欲しくなって求めてしまう。


以下ネタバレです。


光る蝶に心を喰われた朝陽は、好きだった昆虫にも、あんなに目で追っていた国吉にも全く心を奪われなくなってしまいます。
虫の話を聞いても、いつもなら走って観察しに行ったのに、そうかと聞き流すばかり。教室に国吉が入ってくるなりすぐに見つけていたのに、国吉の存在にも気づかない…
朝陽はその変化を重く受け止めていませんでしたが、国吉を含む周りの友人は心配するばかり。

自分の感覚が揺らぐ。当たり前に持っていたはずの感情が薄れていく。
胸の底に残っていた感情を絞り尽くされるようだ。名前はつけられなくても手触りだけは知っていたはずの感情が、全て消える。忘れてしまう。

p.152より

しっかりと自分の中に在ったはずのものが、思い出せない。心にぽっかり穴が開いたみたいに、自分の真ん中を風が通り抜けていく感覚。
在ったはずのものがなくて、空洞で、何もない。でもそこには在った。なにが在ったのかは、思い出せない。
やがて、「在ったこと」すらも忘れていく…。

それがどんなに怖いことか。

国吉は朝陽の気を引こうと昆虫の本を読んでネタを収集したり、朝陽を昆虫園に連れて行ったりと、元の朝陽に戻ってほしくて奮闘します。
しかし朝陽は国吉が期待している反応を見せず、好きだった昆虫園すらすぐに飽きてしまう始末。
理想と現実の差に落胆する国吉でしたが、二人は意を決して再度光る蝶のいる山に入り、解決法を見つけようとします。
そして突然、朝陽の首から光る蝶が羽化し、美しい翅を羽ばたかせながら遠くに飛んでいきました。光る蝶が餌にしていたのは、朝陽の「感情」でした……。

そして朝陽は昆虫愛と、国吉への想いを取り戻します。

腐女子の方でなくても、ミステリー小説として楽しめる作品なのではないか。光る蝶という不思議な世界観と、各所にちりばめられた昆虫のうんちくは読者を飽きさせません。
何より私がお気に入りだったのは、朝陽が国吉への想いをなくした後の国吉の反応です!
じっと朝陽を不満げに見つめたり、朝陽を狙う女子の邪魔をしたり…。
国吉の視点で書かれていないのにもかかわらず、心情・表情の変化が手に取るようにわかります。
執着攻めが好きな方へぜひ!おすすめの作品です。

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