その恋は光を超えて #3 後編

第3話 湖面に舞う黒きオデット 後編

「おはようございます、マスター。よく眠れましたか?」
メルトリリスの呼びかけで目覚める。居場所もよくわからず、危険と隣り合わせの場所で眠りこけられるのは慣れのせいか生来の呑気さか、ともかく藤丸立香はぐっすりと眠れていた。
「ううん、おはようメルトリリス。先に起きてたのかな。」
「私たちAIは眠る必要がないんです、何よりここはまだ危険ですよ?見張りは必要です。」
そう言われると確かにその通りだ。しかし申し訳ないと思ってしまう。サーヴァントだって睡眠は本来必要ない、しかし人間らしさのために食事や眠りを楽しみにするサーヴァントだってたくさんいることを知っている。目の前の彼女がそれを要らないと言われると居心地が悪かった。
「本当に私は平気なんです、お人好しですね私のマスターは。でもいいんです、一人で見張ってる間も楽しみはありましたから。」
「楽しみ?」
「い、いえ、できればあまり話したくないです。どうしても聞きたかったら話さなきゃいけないですけど。」
言い方に少し引っかかった。話さなきゃならないと強制されるのか?そのような誓約を結ぶ英霊も知っている、不思議ではないのだが。
「その、私たちAIは基本的に嘘をつけないんです。それに質問には原則には答えなければならないんです。」
「ならBBも本当のことを言ってるの?あの支離滅裂さで?」
「残念ながらBBはアレで本心なんです…」
頭の痛い話だ。だが彼女の伝えてきた勝利条件は少なくとも嘘ではないらしい。勝ち残り、生き残る。シンプルだ、それが可能ならば。聖杯戦争のことを思い出し、ふと自分の右手の令呪を確認する。二画のまま増えていない、やはりバックアップがなければ補充できないようだ。不安だが、これくらいのことは慣れている。それよりもこれからどうするかの方針を決めよう。
「他のサーヴァントを倒して生き残ればいい、と言われてもその辺を彷徨うわけにはいかないですね、あまりにも非効率的です。しかも私たちには時間も足りない。」
「そうだな、他にもこの事態を解決する方法かその手がかりがあるかもしれない。」
「それならこのセラフィックスの探索が必須ですね、そのためには地図が必要ですけど。」
「地図…はわからない。でもカルデアに救難信号が送られてきたから管制室には生き残りがいるかもしれない。」
「管制室ならたぶん私がハッキングして地図とか色々な情報を集められると思います。それに生存者もきっと役に立ちます。」
「役に立つというか、そもそもの目的だしね。うん、とにかく管制室に向かおう…どっちだろう。」
「ここはセラフィックスの端のようですし、おそらく管制室は中央部にあるので…あちらでしょうか?」

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管制室へと向かう道すがら、藤丸はメルトリリスのことを知ろうとしていた。戦いに必要だというのはもちろんだ。しかしそれよりも共に戦うと決めた少女のことを知りたいと思ったのだ。
前回の戦闘でリソースを取り込んだメルトリリスは少しだけ記録が読み取れるようになったらしい。メルトリリス、彼女は複数の女神を組み合わせて作られた存在らしい。
「でもメルトリリスからは女神みたいな雰囲気は感じないな。」
「まるで見たことあるみたいに言いますね、女神なんて人間が触れられる存在じゃないですよ?」
「カルデアにはたくさんいるんだよ、女神様。人を魅了しておちょくってきたり、恋人を熊にしてたり、ルチャドールが好きだったり、あとはうっかりで世界を滅ぼしかけたり…」
「カルデアってすごいところなんですね…でも私を構成する女神様はそんな迷惑な存在じゃないわ、なんといっても私は完璧なアルターエゴ、みたいなんですから!」
彼女の構成要素のアルテミスには覚えがあることは黙っておこう。
「それにしてもアルターエゴって初めて聞いたけど、どういうことなの?」
「BBが自分から切り離した存在って言ってましたよね、そういうアルタナティブなエゴ、もう一つの自我とでもいうべき存在です。でも安心してください、私は私です、私として意識を持ちました。あんな女とは違うんですから。」
そんな他愛のない話をしながら進んでいると数々の冒険を思い出す。苦しくてもこんな風に笑いながら前に進める、一人ではどうしようもなくても二人でなら。

「…下がってマスター!」
メルトリリスが藤丸を庇う。飛び込んできた刀メルトリリスは脚で切り払う。
「なんだ、油断しきってて簡単な獲物だと思ったのに、案外やるのね。マスターがいるのも初めて見たし、意外と大胆?」
正面から現れたのは女子高校生だった。否、その狐の耳と携える刀はただの女子高校生ではないことを主張している。恐らくはセイバーのサーヴァント、だが女子高校生の女剣士など知るはずもなかった。
「気をつけてマスター!あんなふざけた衣装ですけど、れっきとしたサーヴァントです!」
「なっ…!」
セイバーは絶句する、あのメルトリリスに「ふざけた衣装」と言われたのだから当然である。
「下半身丸出しのアンタに言われたくないし!まず脚が棘とか、アンタ化け物?」
「化け物なのは否定しませんが、何が丸出しなのですか?私は貞淑に必要な部分を隠してるんですけど。」
ここに至って藤丸は理解する、メルトリリスは本気であの衣装を恥ずかしがってないのだと。それと結構天然かもしれないと。それよりも、一度殺気の削がれた今が対話のチャンスだ、と藤丸は思い直す。
「待ってください!俺はカルデアから来たマスター藤丸立香、この事態を収拾するためにやってきました。戦わずに済むなら、俺たちは戦いたくない。」
「ふうん、この地獄をなんとかしようってこと?見かけによらず結構イケてるかも?」
「そうです、そのためにはまず生存者のいる管制室に向かいたいんです、できたら場所か、方向だけでも教えて欲しい。」
それくらいならイイけど、とセイバーは管制室のある方向を指差してくれた。これでコミュニケーションが取れる、少なくとも敵対せずに動ける、そう思った矢先。
「質問は終わり?じゃあ、ここは私の狩り場、諦めて死ぬがいいし!」
セイバーの殺気が膨れ上がる。メルトリリスも応戦の体勢を取る。
「そんな、どうして!」
「こんな所でも勇気を出して行動できるちょっとだけイケてる人の質問、答えないのは野暮ってもんでしょ。でもこれは聖杯戦争、やっぱり殺し合わないとじゃん?」
「マスター、下がって!」
二人は一合、二合と斬り結ぶ。女子高校生然とした態度とは裏腹にセイバーの太刀筋は精緻かつ苛烈だった。一方メルトリリスはサーヴァントを一人ドレインしたとはいえ、未だその能力を取り戻せずにいた。よろめきながらなんとか受け止めている、防御するしかないという有様だった。
「は!この程度じゃ私じゃなくても早々に死んでたわね、最後に会えたのが可愛いJKでよかったっしょ!」
「言われたくても私の性能が足りないのはわかってます、それでもマスターを守るって誓ったんです!」
((マスター、カルデアには沢山のサーヴァントがいると聞きました、このセイバーの弱点はわかりますか?))
((いいや、わからないんだメルト…こんなセイバー初めて見たし、知る限り女子高校生のコスプレをする剣士は…))
念話で二人は打開策を探る。しかし初対面の相手との遭遇戦、互いに手の内がわからないとなれば純粋に性能の高い方が勝つのは自明の理と言えた。少なくともこのまま正当な流れが続けば勝ちはない。
だからメルトリリスは強引に打って出る。セイバーの刀を打ち払い、その膝を突き刺しにいく。だが直線的な軌道は当然のように見切られる、メルトリリスの攻撃は躱され、袈裟に切り裂かれた。メルトリリスはその場でたたらを踏む。仕留めた、そのはずだった。
「…いいえ、まだです!」
弾けるようにメルトリリスは突進する、予想外の行動に対してセイバーは咄嗟に防御姿勢を取る!
「何度やっても同じこと!」
「いいえ、いいえ!繰り返しは無意味じゃありません!」
再び攻撃を逸らされ、反撃され傷を負うメルトリリス。それでも再度の突撃を仕掛ける!
「まったく、しつこいんだって…!?」
セイバーは僅かな身体の重さを実感する。彼女は瞬時に状況を把握する、あのマスターが自分に対して呪いをかけたのだ。あまりにも弱々しい呪い、少し意識を傾けるだけで振り払える程度の。しかしその隙間に差し込まれたのは、メルトリリスの毒の棘だった。膝はセイバーの腹を突き刺していた。
「臓腑を焼かれる感覚は、どうかしら、気持ちいい?」
「ガッ…ふざけるな!」
力を吸い取られるような不吉な気配を感じたセイバーはすぐにメルトリリスを蹴り飛ばす。
「あなたのリソース、結構美味しかったですよ。もう少し余計な脂肪を落とした方がいいと思いますけど。」
「余計なお世話ってヤツ。それより、アンタ、本当にバケモノのようね。あれだけ傷付けても顔に痛みすら浮かばない。いいよ、その手の痛みを知らない物の怪相手も慣れてるし。」
メルトリリスはリソースを奪い取り、更に性能を取り戻していた。タン、タン、タタン。自然とステップを踏み始める。ああ、これが私、これこそが私の戦い方。
「ええ、私は怪物、思い出させてくれてありがとう。お礼に、私のクライムバレエをご覧になってくださいな。」
再び二人は斬り結ぶ。メルトリリスは自分の戦い方を思い出した。自分は非力であり、質量もない。それなら武器は機動力、相手を翻弄して切り刻む!
「チッ、アンタ急に強くなったけどそれも物の怪としての力?」
「ええ、ごめんなさい、その通りです。あなたの力をドレインして自分のものにしました。最後の一滴まで貰うつもりなので、安心してください。」
メルトリリスはバレエを舞うように相手を翻弄する。素早く、縦横無尽に立ち回りながらただひたすらに蹴る!蹴る!蹴る!しかしセイバーは細かなダメージは負うものの致命打は避けている。むしろ打ち合うたびにメルトリリスにダメージが蓄積する。だがメルトリリスの顔には絶望はない、むしろ。
「私、楽しくなってきたわ!このまま永遠に踊り続けてたいの、あなたはどうかしらセイバー?」
「しつこい、本当にしつこい、イライラする…ねえ、アンタはマスターを守るって誓ったよね?」
セイバーは飛びすさる。手の刀を掲げながらこう言った。
「なら、アンタのマスター、死にものぐるいで守ってみなさい。」
「まずい、メルト!これは彼女の宝具だ!」
「ここまで私を本気にさせた褒美に教えてあげる、私の真名は鈴鹿御前。」
「草紙、枕を紐解けば、音に聞こえし大通連
いらかの如く八雲立ち、群がる悪鬼を雀刺し。
文殊智剣大通連、恋愛発破、天鬼雨!」
掲げた刀が何十、何百にも分裂した。その全てが藤丸とメルトリリスに向けられる。彼は似たような宝具を知っている、おそらく全ての刀をこちらに向けて投射するつもりだろう。しかし、それがわかってどうなるというのだろう。
「ああ、マシュがいてくれたら…」
彼女の盾ならばこの全てを受け止められたかもしれない。だがそれも詮無い話、そもそも彼女は戦わないでいい身になって、藤丸もそれを喜んでたのだから。
鈴鹿御前の宝具が射出される。何百もの刀が藤丸とメルトリリスに向けて降り注ぐ。
「マスター、諦めないでください!私に…私に令呪をもう一画だけください!私がなんとかあなたを守ります、信じてください!」
また、同じようなことを少女から言われたことに藤丸は嬉しさと罪悪感がないまぜになっていた。だがやるべきこともある、折れるわけにもいかない、信じてと言われたらそうするしかない。彼は迷わず二画目の令呪を切る。そして目前に刀が迫る。思わず藤丸は目を瞑る。
「目を開けてください、マスター、なんとか間に合いました…!」
様子を伺うと、なんと大量の水が球体のように藤丸を包み込んでいる。水は壁となって刀を受け止めていた。異様な事態に鈴鹿御前は取り戻した宝刀を構える。
「…アンタ、海神サマの類ってわけ。」
「そうみたいですね、ようやくわかりました、私は凪の海。あの時私の手を取ってくれた、大切な人に平穏な世界を与えたい。それが私の本質、それがメルトリリス。」
「だから、邪魔をするあなたは消えてください。」
藤丸を包み込んでいた水の球体が崩れ、逆巻く激流となって鈴鹿御前へと到達する。いかにサーヴァントであろうと「海」という質量には勝てるはずもない。鈴鹿御前は打開策を探っていた、しかし激流に逆らうことは不可能だ、身動きが取れない!
メルトリリスはその激流から「出現」した。
「悪いですが、決めさせてもらいます。」
激流と共にメルトリリスは激しく、何度も何度も鈴鹿御前を蹴り付け切り裂いた。これこそがメルトリリスの本質、愛するものを飲み込み、敵対するものを押し流す、彼女の宝具だった。
「これなるは五弦琵琶、全ての洛を飲み込む柱。消えてください、サラスヴァティ・メルトアウト!」
最後のメルトリリスの斬撃が、鈴鹿御前の霊核を修復不能なまでに傷つけた。メルトリリスの海の中で倒れた彼女は、そのまま溶けてなくなる。

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メルトリリスはその場でへたり込んだ、無理な宝具の解放とイレギュラーな運用が重なったせいだろう。それでも、彼女は藤丸立香を守り通した。

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