マスターがメルトリリスの髪を解く話

ルルハワの騒動も終わり、特異点が解消されるまでの束の間のこと。藤丸立香はあてどなくビーチを散歩していた。ルルハワの真っ白な砂浜に真っ青な空と海、そしてそれを求める人やサーヴァント。当然混み合っていてしかるべきなのだが…何故かぽっかりと人のいない領域があった。いや、よく見ると中央あたりに誰かがいる。パラソルを立てて、デッキチェアに寝そべる誰か。金属製の脚はまぶしく日光を反射し、そしてガラス質にも見える部分は陽光に照らされきらめいていた。
「どう考えてもメルトだ…」
そう呟き、知らず足はそちらへ向かう。人で溢れてしかるべきビーチを独占してる傍若無人っぷりはただ事ではない。どうしてこんなことになったのか?という好奇心に駆られて歩いていく。

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「こんにちは、メルト。」
いつものように挨拶する。そうするとメルトリリスは一瞬ピクリと身体を強張らせ、そしてこちらを向いてくれた。
「あら、御機嫌ようマスター?あなたもこの海に誘われてきたのかしら。」
「えーと、その、そうかも?」
などとこちらから声をかけたのに要領の悪い返事をしてしまう。正直、予想していなかった。二つにさげた三つ編みと麦わら帽子、真っ白なドレス。普段と違うメルトリリスに思わずどきりとしてしまう。そんな自分がちょっと恥ずかしくて、誤魔化すために言葉を重ねる。
「メルトは海を見にここにいるの?」
「ええ、ずっと海を見てのんびりしてるの。構成要素のせいかしら?海を見てると不思議と落ち着くの。」
こんな穏やかなメルトリリスを見るのは久しぶりな気がする。どうしても、戦わせるために召喚してるのだ。苛烈で加虐な彼女を見慣れてしまったが、こうして穏やかな表情を見せられると…
「おとといの昼からずっといるけど飽きないわ、やっぱり海って素敵ね!」
「…はい?今、なんと?」
色々感傷に浸ってたのが台無しである。海で野宿する美少女は初めて見た。
「何、って仕方ないじゃない。責任の半分くらいは貴方達にあるんですからね。フィギュアの買いすぎで既に予算使い切ってたけどあなたも参加してるサークルだもの、チェックしないわけにはいかないわよね。そうやって見に行ったらあんな素敵なロマンス本があるじゃない!これは買うしかないわ、保存用と布教用と揃えて10冊くらい!…ああ、やっぱり怪物の恋物語って素敵ね、貴方達にそんな才能があったなんて見直したわ!特にこのシーン、怪物が愛を自覚するシーンが・・・」
この後10分間くらい感想を聞かされたのだが、流石に恥ずかしかった。
「・・・で、そうやって私は完全にスッカラカン。明日の宿代もなくなってしょうがないからリップと相部屋でもいいわ泊まらせてちょうだいってお願いしたら『えっ…そんなことしたら部屋のランク落とさなきゃだし…私、おっきなベッドでまったりするのが好きなのに…』なんて言って追い出されたのよ。」
メルトのことなのでリップとの顛末はだいぶ端折ってる気がするが、追求すると怒られそうなのでやめよう。…流石に戦利品を持ったまま姉妹喧嘩するわけにもいかなかったのでメルトにしてはおとなしく引き下がったのだと思われる。
「それでメルトは海辺でこうやってまったり?」
「ええそうよ、時折『居座らないでください』とかなんとか人間がやってきたけど追い返してやったの。そうしたらみんな怖がって寄りつかなくなっておかげで静かよ、気に入ったわ。」
「あはは…メルト、なんてことしてるの。」
疑問は解消したが、やはりこの女は放っておくと危険である。今晩にもルルハワから帰れるという観測結果も届いてることだし、ここの人達にも迷惑だ。彼女をここから連れ出すべきだろう。
「今晩にもルルハワから退去する予定なんだ、だからそろそろビーチから離れてどこか一緒に行かない?」
「そうなの?私は海を見て待つのでいいのだけど。珍しくマスターが誘ってくれるんだもの、行きましょう。」
これでなんとかなると思ったその時、狙いすましたように爆弾を投げてくるメルトリリス。
「それにしてもマスター?私のことジロジロ見てそんなにこの姿が気に入ったのかしら…案外ベタなのが好きなのね?」
「うぐ、だって普段と違うメルトもいいなって思ってつい…」
へえ、ふうんなどとイタズラっぽい笑みを浮かべながらどうしようもなく嬉しそうな顔をしている。
「そう…ふふ、じゃあマスターがお気に入りなところ悪いけど、この髪を解いてくださる?知ってるでしょう、私の手は鈍いの。だからあなたがやりなさい?」
「ええ、なんで!?」
「あなたのその露骨に残念そうな顔、やっぱり素敵ね。」
「いや、残念って…それもあるけど。」
女の子の髪に触れるのはやっぱり気恥ずかしいのだ。メルトリリスの髪は長く綺麗な色をしている、それを傷つけないようにゆっくり、丁寧に三つ編みをほどいていく。最後に白のリボンを結び直して、いつものメルトリリスに戻っていた。
「…ええ、及第点ね。さあ行きましょう?マスターはどこに連れて行ってくれるのかしら。」

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気紛れに取った姿だったけど、あの人にとって特別な姿になったのなら他の人には見せたくないもの。

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