その恋は光を超えて #4

第4話 まどろみのサロメ

藤丸とメルトリリスの二人は管制室へと向かう途中、セイバー鈴鹿御前との遭遇戦にもつれ込む。宝具の撃ち合いの末に勝利した二人だったが、消耗が激しく一度拠点の教会まで撤退するのだった。

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勝ったというのにメルトリリスはまたしても落ち込んでいた、曰く「本来の私は戦闘用に作られていた、あの程度のサーヴァントは貴重な令呪など使わずに一蹴しなければいけなかった。」「守ると誓ったのにマスターを危険に晒してしまった」などなど。
当然でしょう、とメルトリリスは顔を伏せながら言う。戦うために作られた人形、戦闘技能しか返礼できるものはない、だというのにギリギリのところでしか役目を果たせなかった。
「仕方ないよ、能力は初期化されてたんだし。それにギリギリでも生きて帰れたんだ、ありがとうメルト。」
藤丸立香という男は優しい、そしてズレている。AI、道具にとっての喜びは役に立つこと、性能を発揮することだと伝えているのに、道具として扱うことをどこか嫌がっているようだ。だからこんな私でさえ、ただの人間として扱ってくれる。その気持ちがどこか懐かしく、悔しく、暖かい…
「あなたって、変な人ですね。」
「普通なつもりなんだけどね、よく言われるよ。」
「道具を人間として扱うなんて、そんなことしたらいけませんよ?そんなことしたら壊れてしまいます。」
「壊れる?」
「目的のために道具は使われるものです、なのに『そこに居るから』なんてそんな理由で大切にされても私たちには理解できないんです。むしろ論理矛盾に苦しんでしまいます。役に立たないなら役に立たないと評価される方が正当で心地いいくらいです。」
そうなのか、AIの思考様式など初めて聞く、もっと言ってしまえばこんな高度なAIが成立するなどとにわかには信じられない。それでも。
「それでも、俺はメルトは人間だと思うよ。勝ったのに悔しがったり、ボロボロなのに笑えたり、結果と効率だけが求められる道具とは思えないんだ。」
泣いてるのか笑ってるのかわからない表情でメルトリリスは藤丸の目を覗き込む。ほら、そんな顔ができるんだから、と藤丸は笑っていた。

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教会で一休みした後、二人は再び探索へと乗り出す。便利な事にメルトリリスは一度通ったルートは記録できるらしく、迷う事なく移動することができる。メルトリリスは嬉しそうに、これくらいは基礎スキルですから、と胸を張っていた。
「ここがスズカと戦った場所ですね。マスターはあのように言ってくれましたけど、やっぱり悔しいです、屈辱です。」
「あの規模の宝具を展開するサーヴァントだ、かなり強かったよ。」
「ええ、そうなのでしょうね。カルデアにはたくさんのサーヴァントがいるらしいもの。でも本当の私はすごいんですからね!」
確かに彼女の素質には舌を巻くしかない。特にスキル「メルトウィルス」による無差別なドレインと自らが海と化すことのできる宝具「弁財天五弦琵琶」、どちらも類を見ない規模のものだった。残念ながら、どちらも未だ令呪による補助がなければ撃てないが切り札があるのは心強い。
「鈴鹿御前はこっちを指差していた、こっちに向かって探索してみよう。」

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深い海の底を思わせる迷宮を二人は探索する。途中、敵性プログラムなどに出会うものの、その程度ではメルトリリスを止めることはできなくなっていた。二人のサーヴァントを取り込んだメルトリリスはスペックを向上させていたのだ。
そして二人は一本の長い通路、その入り口に辿り着く。この先におそらく管制室があるのだろう、とにかく進もうと足を運ぶ。

「アアアアアアァァ!」

悲鳴のような声が二人を出迎える。迷宮の壁を破砕する激しい音。正面から迫るのは…目と口に拘束具をつけられた、異様な少女だった。
「拠点への入り口に門番がいないとは思ってませんでしたけど…一度撤退しますよマスター、説明は後です!」
カルデアのどのサーヴァントよりも巨大な胸、そして何よりその金属質の巨大な「手」が特徴的だった。彼女は何かを振り払うようにその手を振り回していた。大雑把な、技術も何もないそれだけの動きで迷宮の壁は砕け散る。
「マスター、とにかく彼女の『視界』から逃げます。今は引き返すしかありません。」
「わかった、逃げよう!」
「アアアアアアァァァッ!」
彼女はその巨大な手を構える。藤丸とメルトリリスが通路から広間に逃走し、角を曲がって彼女の『視界』から逃れた次の瞬間。

通路は消失していた。

「これがあの娘、パッションリップの能力。視界に入ったモノ全てを極限まで圧縮するトラッシュ&クラッシュ。」
「彼女の名前は…パッションリップ?」
「パッションリップ、彼女は私の同型機です。妹と言ってもいいかもしれません。」
つまりBBから切り離され戦闘用に改造された存在らしい。確かに拘束具でよくわからなかったが髪色や顔付きはどことなくメルトリリスと似てたかもしれない。それならこの馬鹿げた能力にも得心がいく、BBはひょっとしたら馬鹿なのかもしれない。
「BBはあなたの思ってる通りの馬鹿ですよ、でも今はそんな事を言ってる場合じゃありません。ひとまず撤退して別のルートを探さないと…」
言い終わる前にメルトリリスは藤丸に後方に向けて攻撃を仕掛けていた。脚先から打ち出した流体の刃が藤丸の後方を走る。
「アアア?」
藤丸は振り返る。そこにはさっきまでいなかったはずのパッションリップが出現していた。
「ごめんなさいマスター、油断しました…リップは気配遮断を持ってます。ストーキングは彼女の得意技でした。こうなっては仕方ありません、私が戦ってる間に逃げてください。」
「いいや、一緒に戦う。どちらにしろ俺一人では逃げた先で死ぬだけだ。」
何より一緒に戦うと決めたのだ、一人で逃げられるはずもない。
「…わかりました。ごめんなさいリップ、でも私のマスターに触れさせません。マスター、支援お願いします!」
メルトリリスはもう一人の怪物と対峙する。
「アアアアアアァァァ!」
パッションリップは力任せに拳を振り抜いた、メルトリリスはステップを踏みながらギリギリのところでかわす。すれ違いざまにパッションリップを斬りつける。
「アアア!?」
懐に入ったメルトリリスを拒絶するように拳を振り回すパッションリップ。避けきれずにメルトリリスは吹き飛ばされ壁に打ち付けられる!
「メルト!」
「ぐっ…さっきのは効きました。でも痛くはありません、大丈夫です。」
パッションリップは追撃する。彼女はなんとその「拳」をロケットのように射出する!
「変わらないわねリップ…鈍臭くて、面倒臭がりで…だから一撃で決めようなんて横着をするのよ。」
メルトリリスは最小限の動きで拳の軌道を避けて最短距離でパッションリップへと駆け寄り、再び蹴りつける。
「アアアアアア!」
パッションリップは振り払うように拳を振り回す。メルトリリスは半ば身体を液状化させながらそれを掻い潜る。
「同じ手は…もらいません!」
パッションリップを翻弄するように、幾度も、幾度も、幾度も蹴りつけ、斬りつけた。
「アア!?アアアァァ!」
パッションリップの叫びはもはや悲鳴だった。藤丸立香はたまらず
「やめろ!」
と叫んでいた。

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私は夢を見ているみたいでした。それも悪い夢、目も口も塞がれていたのですもの。きっとこれは、あの人にたくさん酷いことをしたから天罰を受けたんです。消える前に見ている悪夢なんです。
歩いてるだけで多くの人間に襲われました、たくさんのサーヴァントに攻め立てられました。痛い、怖い、苦しい、寂しい…私は優しく触れて欲しいだけなのに。だから、全部潰しちゃいました。潰せば静かになるし、痛くもなくなるから。それでも寂しさはどうにもなりません。

しばらくしたらまた誰かがやってきました。それはメルトみたいな姿をしてました。悪夢の中でまで私を笑いにくるメルト。あなたのことなんて嫌いです。だから、潰そうとして、砕こうとして…でもダメでした。何度も何度も、何度も何度も痛い思いをしました。やっぱりこれは罰なんだ、こうやって痛い思いをしなきゃダメなんだ。

「やめろ!」

と声がした。私をいじめる人から庇ってくれた、そんな人が居たんです。

「なっ…どうしてですかマスター。リップはあなたごと殺そうとしてたんですよ?」
「それは…確かにそうなんだけど。でも似た顔同士で傷つけ合ってるのは居心地が悪いし、何よりパッションリップが辛そうだったから。」

ああ、優しい人…恋してなくても優しくするんだって、あの人は教えてくれたっけ。だからこの人も私の王子様じゃないのかもしれない。でも彼は私を見てくれた、真っ暗闇の中で輝いて見えました。

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パッションリップは戦意を失って立ち尽くしていた。メルトリリスも渋々ながら戦闘態勢を解く。彼女は怪物だ、目も口も封じられていては対話もできない、そのような抗議をメルトリリスを漏らす。
「でもパッションリップは止まってくれたよ?」
「それは…そうなんですけど。目を塞がれていてもやけに正確に攻撃しますし、AIとして封じられた五感を補完するように機能を拡張したのかもしれませんが…」
人間も似たようなことはできるらしい、と何かの本で読んだ気はする。盲目なら聴覚が鋭敏になるというような。とにかくメルトの攻撃を止めて、彼女も止まってくれたのだ。話は通じるはずだ。
「ええと、こんにちはパッションリップ、でいいのかな、。俺の名前は藤丸立香、どこから説明したものかわからないけど、とにかく君を倒すことにならなくてよかった。」
パッションリップは話を聞いてくれているようだ。しかしパッションリップは上手く声を出せないのでコミュニケーションが取れないのがもどかしいところだ。
「それから…ええと…」
「少しいいかしらマスター?リップは…本当に話を聞いてくれているみたいですね。それなら話は簡単です。」
メルトリリス曰く、同じAIなのだから記録を共有すれば事情や目的を理解してくれるはずだ、とのこと。そんな便利なことも可能なのかと驚くがAIとはそういうものなのだろうか。
「少しジッとしててリップ、私の知る限りのことを共有します。」
メルトリリスの言葉に少し首を傾げながらおとなしく従う。記録の共有は終わったようだ。
「そうです、私はマスターのために稼働してますけど…何かそんなに可笑しいですか?」
パッションリップは微笑んでいた、姉妹機と再会したことに思うところがあるのだろうか。
「リップったら、行くあてがないんですって。」
「それは記録を共有した時にわかったこと?」
「はい、リップは様々な拘束をかけられ錯乱してたみたいです、それが先程暴れ回ってた原因みたいです。でも根本の思考ルーチンは乱せなかったようで、コントロールを取り戻せば正常な思考ができるみたいですね。」
「そうなんだ、じゃあ話せなくてもなんとかなるかな?」
藤丸はパッションリップと向き合う。
「パッションリップ、もし行くあてがないなら一緒に来てくれないかな。」
リップは何か言いながら頷いていた。
「リップ、何か嬉しそうですね…」
「よくわからないけど、そうなのかな?」

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初めまして、マスターさん。メルトから教えてもらいました。私達をただの女の子として見てくれる優しい人。そんな人だから私が辛そうだって言ってくれた、私を助けたいって思ってくれた。
メルトはこの人を無事に送り届けようとしている。それなら私も、今度は間違えないように頑張りますね。

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