その恋は時を超えて #8

第8話 刻を裂くパラディオン

強敵、アルトリア・ペンドラゴンに対してパッションリップとメルトリリスは二人の合体宝具、ヴァージンレイザー・パラディオンで対抗し撃破する。そして狂った聖杯戦争の勝利者である彼らはBBに転送され、謎の尼僧と対面する。

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「初めまして、勇敢なマスターさん?」
蕩けるような声色、すこし油断しただけで骨の髄まで蕩かされそうな色香。魔性としか言いようのない尼僧が目前に立っていた。だが藤丸はかろうじてそれを振り切る。
「…藤丸立香です。それよりあなたは何者で、ここはどこなんですか。教えてください、あなたは一体…」
「まあ、性急なお方。そうやって激しく求められるのは嬉しいですよ、立香さん。」
「マスター、こいつの言葉に耳を貸さないで。この女、殺生院キアラはこの世に存在してはいけない毒虫、汚泥以下の何かよ。」
この尼僧の名は殺生院キアラ、そしてメルトリリスは彼女を知っている。メルトリリスはこれまでにない程の殺意と憎悪を向ける。パッションリップも唸り声をあげながら、今にも飛びかからんばかりの情念を感じ取る。
「まあまあ、少しは可愛げのある少女になれるようにしてさしあげたのに。ふふ、でもお二人のマスターへの愛情はとても愛らしいですね。」
「ハッ、人を愛したことなんて一度もない女にそんな事…なんですって?」
「キアラさん、あなたがメルトの記憶を奪ったのですか…?」
藤丸は怒っていた、誰かの記憶をおもちゃのように扱うその様に。だがそれ以上に、こんなに強いメルトリリスをどうやって?
「睦事の前の語らいもまた甘いもの、ええ、順を追って説明させていただきましょう。」

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殺生院キアラは、このセラフィックスのセラピストだった。当初は彼女も電脳化した世界に困惑しつつもセラピストとして行動していたのだという。荒れる心を癒し、皆を秩序へと繋ぎ止める役割。
「ですがその時…なんと言いましたっけ?とにかく私に魔神が取り憑いたのです。」
「魔神…もしかしてあの時管制室にいた魔神柱のことか。」
だとしたら殺生院キアラは被害者なのだろうか。しかしキアラは、そこにいらしたのですね、と漏らすだけ。遊び終わったおもちゃのように興味を示さない。自分に取り憑いた魔神のことだというのに。
「言ったでしょうマスター、こいつはそんな被害者になりはしない。大方その魔神とやら、『また』取り込んだのでしょう。」
「そんな、私はただ取引をしただけですよ?」
キアラが語ることには、魔神は潜伏のためにセラフィックスを電脳化したのだという。そして依代として殺生院キアラを選び、彼女はその魔神と意気投合し共通の目的のために協力することになったのだと。魔神柱の目的は推測できる、ゲーティアの手を離れた彼らが独自の命題を持っていることは聞いている。
「でも魔神柱と協力するほどの目的とは一体…」
「そんなの、決まってるじゃありませんか。私が気持ちよくなるためです。」
絶句するしかない言い分。彼女はただ、気持ちよくなるために魔神柱と共にあったのだと。
「ええ、魔神さんは平行世界の私…?私には難しい話でしたが、とにかくその時の力を与えてくれました。そして時間神殿での殺し合いの話を聞いて、羨ましくて、ついこのように再現させていただきました。」
「…」
「だって何度も何度も殺し殺される、そんなに激しく愛し合える。そんな愉しいものを逃したなんて悔しくて仕方ありません。だからここの部屋のマスターさんに協力して何度も聖杯戦争を開催させていただきました。天体室って言うらしいですね?」
もはや言葉も出ない。確かに天体室と呼ばれたこの部屋はレイシフトで使うコフィンのようなもので埋め尽くされていた。この中にはマスターがいる。それに何度も聖杯戦争を開催したと、それだけの数のサーヴァントを殺し合わせた。
「わからない、どうしてそんな事を。こんな酷い事をした!」
「言ったでしょう?私は気持ちよくなりたいだけです、そのためにはこうやって魔力を集めて獣になるしかなかったんです。」

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理解が追いつかない。目の前の尼僧はただ快楽のために獣になると確かにそう言った。この女は倒さねばならないと藤丸は強く思う。それに応えるようにメルトリリスは弾丸のように飛び出す。刹那、その刃がキアラの首を切り飛ばしている、そのはずだった。
「何ですって…!身体が…」
藤丸も、パッションリップも全く身動きが取れない。
「無粋な人形ですね、ですがおしゃべりに夢中になってくれた内に五蘊黒縄をかけさせていただきました。何、縛り縛られるのも快楽の形の一つ、じきに悦楽を味わえますようになりますよ。」
事態がまるで把握できない。身体は何一つ言うことを聞かない、口も聞けない。藤丸は自分の無力さを噛みしめる。
「あらあら、悔しく思う必要はないのですよ?およそ知性あるもの、欲あるものは私には勝てません。ああ…でもただ勝ってしまうというのはつまらないですね。やはり貪りあってこその睦事、私が真に獣へと羽化するまでの戯れといたしましょう。」
膨大な魔力がキアラへと流れ込む。彼女はこの世にいてはいけない何かへと変生してしまう。そこに立つのは薄い法衣一枚に身を包み、頭から立派な魔羅を二本生やした異形の女神がいた。
「ふふ、こんなのが私の本性だなんて少々はしたないですわね。」
辺りの光景は一変する。まるで仏を描いた絵巻のように湖面と蓮、そして太陽のように輝く立方体があるだけである。それは正しく極楽浄土、キアラ一人のための世界であった。
ふっと一息、キアラは藤丸らへと息を吹きかけると彼らを縛るものは解けていた。メルトリリスは飛びかかりながら叫ぶ。
「リップ!お願い、その人を連れて逃げて!」
黒い触手のような何かがキアラの周囲から生え、メルトリリスを打ち据える。
「そんな…こと、私より速いなんてことが…」
「人形の分際で私に逆らった罰です、まずは腕を潰させていただきました。次に脚を奪い、最後にじっくり貴女の想いをいただくとしましょうか。ああ、想像するだけで素敵ね。」
メルトリリスは力なく倒れる、そこへキアラはゆらりと近付く。この場の誰もが無力だった。

「唐突なBBちゃんのターイムジャーンプ!」

天から響くBBの声。彼女がなんらかの介入を仕掛けてきたのだ。しかしキアラはただつまらなそうな顔をしながら手を払うだけだった。
「私に逆らう人形がここにもいたのですね?」
突如として空間から弾き出されるようにBBが現れる。地面を転がりもんどりうつ彼女を素早く触手が捉える。BBもキアラの前では無力だということか。
「ぐっ…私のとっておきが効かないなんて、貴女どんなカラクリを使ったのかしら。」
「あら、知りたいなら教えて差し上げますけど。実は私がこの聖杯戦争を開催する時に少し細工をさせていただきました、カルマファージ、この因子を組み込んだサーヴァントがいる限りセラフィックスの中の私は正しく全能なのです。」
全能の神の胎の中、そんなものに勝てるはずがない。既にメルトリリスの戦意は尽きかけている。しかしトドメを刺したのは次の言葉だった。
「そうですねぇ、例えばそこのエゴ二人にも埋め込んであります。ふふ、私の掌の上で踊ってくださりありがとうございます、とても楽しかったです。」
その一言の後、触手はBBを捻り潰した。メルトリリスは、完全に折れてしまった。

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メルトリリスは藤丸立香と出会った、彼に恋をした、彼のためなら全てを捧げていいとすら思えた。だというのに全てはこの女、キアラの掌の上。彼女が彼女である限り最初から勝ち目などなかった。何より悔しいのが、あれほど固く誓ったというのに愛するたった一人すら守れないという事実だった。
「今回の彼女は薄味でしたね、流石に恋する人もいないとなるとその程度のものでしょうか。」
メルトリリスの心は完全に折れていた。へたり込みながらキアラが近付くのを眺めることしかできない。
「邪魔が入りましたが、貴女には期待してますよ?きっと蕩けるように甘く…あら?」
メルトリリスとキアラの間に割って入る一人の人間。藤丸立香は振り返り、メルトリリスに向かって小さくごめん、と。
「ここまで勇敢で…あなたの事を思ってたなんて。なんとまあ、愛らしいマスターでしょう。」
「やめて、キアラ。その人はあなたと何の関係もないの、お願い、せめてその人だけは逃してあげて。その人は…ただの人間なのよ。」
藤丸は一度、このような状況で大切な人を失いながら助かった。二度とそれを味わうものかと、大切な人を目の前で失ってなるものかと飛び出したのだった。令呪が光を帯びる、最後の一画を使う。
「最後の令呪をもって命じる、メルト…」
キアラの指が藤丸に近付く。メルトリリスは声なき叫びをあげる。
「ここから逃げて、生き延びて。」
キアラが彼に触れた途端、弾けるように、泡となって藤丸という存在は消滅した。

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「まあ、本当にあなたを最後まで庇ったのね。何と素敵な人でしょう。」
メルトリリスは最愛の人すら失ってしまった。だというのに令呪の魔力が彼女を突き動かす。逃げろ、生き延びろと。そんな事を彼女が許容できるはずもない。せめて憎い仇を殺さねば気が済まない、令呪の魔力で最後に宝具を、ヴァージンレイザー・パラディオンで相討ちに…
そこまで考えたところで思い至る、最愛の人を失った世界で生き延びたところで欠片ほどの意味もない!メルトリリスは思考を進め、ついに電撃的な閃きに至る!

このセラフィックスは海底に沈みつつある石油施設が電脳化した世界だ。つまりこの電脳世界は海上に近付くほど過去の世界なのだ。海面まで移動すれば全てが終わる前に戻ることができる!通常、それは机上の空論、光を超える速度で飛翔しない限り過去へは到達できない。だがメルトリリスには光を超える矢になることができる!
これをパッションリップに伝える。彼女をここに一人残し、メルトリリスだけが過去へと飛翔する。そして藤丸立香を、あの愛おしく尊い人を救いに行くと。それと同時にこのパッションリップを見捨てるのだと。パッションリップは承諾した、その手のカタパルトを展開し空へと向ける!
「いいわ、撃ってリップ!」
「アアアアアア!」
青白い流星となって、光を超えた矢となりメルトリリスは飛翔する!
「最後の一手、私に向かって撃つのではなく逃げるために使うとは…ふふ、マスターの言いつけを守るとはいじらしいですね。ですが私が羽化したらすぐにでも捕まえてさしあげますよ。」

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私は逃げない、逃げてたまるものですか!あの人は私に逃げろと命じた、だけど私は女神を三柱も取り込んだハイサーヴァント、たかが人間ごときの命令に従う必要もない…だから、最後の最後にあなたの命令に背いてしまうことを許してください。たとえこの身が砕け散っても、私はあなたの元に辿り着く!そして今度こそ私は愛しいあなたを救ってみせる!

流星のようなパラディオンの槍は刻を裂く。彼女の恋は時を超えて。

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