その恋は光を超えて #5 前編

第5話 悪竜のエトワール 前編

管制室へと向かった藤丸とメルトリリスはしかし、門番と思われる少女と遭遇する。拘束され、狂乱するアルターエゴ、パッションリップとの戦闘にメルトリリスは優位に立ったが、悲鳴をあげる彼女を心配し堪らず藤丸は制止する。そんな藤丸に何かを感じたパッションリップは戦闘を停止し、供に行くことになった。

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管制室への道が断たれ、メルトリリスとパッションリップの負傷もあって拠点の教会まで帰還した。パッションリップは器用にその巨大な手の上に座りながらスヤスヤと寝ていた。
「リップったら、すっかり安心したのね。あんな風に眠る彼女は初めて見たかもしれない。」
「パッションリップ、よく眠ってるね。AIは寝なくてもいいって前に言ってた気がするけど。」
「でも損傷を回復するには余計な機能を切った方がいいんです。それが人間で言う睡眠のように見えるんです。ただ私が言ったのはそういう意味ではなくですね…」
かすかにメルトリリスは目を伏せる。
「記録が失われているからかもしれません。でもこんな妹を見るのが初めてで…」
「戸惑ってるの?」
「そう…なんでしょうか。」
メルトリリスは初めての感情を味わっている。自分を見つけてくれた尊い人へ向ける愛でも、敵に向ける激情でもない。静かで、暖かな…
「私はリップと繋がって色々なものを見ました。やっぱり怖がってたみたいで、安心してくれるのが嬉しいのかもしれません。」
「嬉しかったならそれはよかった、メルトの妹を助けられたんだね。それにしてもあんなに強いのに何が怖いのかな、やっぱりサーヴァントに襲われたのかな?」
メルトリリスは少し逡巡してから話しはじめる。
「私達は人間が怖いんです。い、いえ!マスターは大丈夫なんですよ?優しいところたくさん見せられましたから。」
「ただの人間が怖いの?俺じゃあメルトに逆立ちしたって勝てないよ。」
「強い弱いの話ではないのです…私達はこのような身体を持って生まれてきました。」
メルトリリスは自分の脚と、パッションリップの手を指差す。
「だから人間達は私達を怪物だと笑うのです、私達を怪物だと恐れるのです。私達はそれを思い知っています、だから人間が怖いのです。」
メルトリリスの強さと、美しく舞う姿を見た藤丸にとってその告白は意外だった。確かにサーヴァントの基準で言っても二人の姿は怪物的と言えた。だけど誰よりも本人がそれに傷付き、それが人を怖がる理由になっていた。だけど、と藤丸は思う。本当に怪物なら人間にどう思われても気にしないだろう、人間を怖がるその心は誰よりも人間らしいのではないだろうか。
「そう…だったんだね。でも俺以外にも優しい人はいると思うけど。」
「そうでしょうか…少なくとも私は思い出せません。リップも…襲われたみたいで、やっぱり人間は怖いんです。」
「襲われた?」
「記録を共有した時に見えたんです、その、生き残りの職員達がリップを襲ってたんです。」
「その生き残りの職員達は…?」
「…」
メルトリリスは答えない。いくら鈍い自分でも察することはできる、彼女に襲いかかって生身の人間が無事なわけは…しかしパッションリップと生存者が接触できるほど近い、ということがわかるだけマシではあった。
なぜこんな無謀な行動に出たのか、と考えたが無理からぬことかもしれない。ただでさえこの異常事態に意思疎通のできないパッションリップと出会ってしまったら早まってしまうのも…
「変なこと聞いてごめん。」
「ち、違うんです!マスターとして聞かなければいけないことだと理解してますし、ええと、そうでもなくてですね…私が伝えたかったのは違うことなんです。」
顔を赤らめながら意を決したように言葉を紡ぐ。
「私達は人間が怖かったんです、でもあなたは私の手を取ってくれました。あんな風に手を握ってもらったのが初めてで…本当に嬉しかったんです。」
まっすぐ藤丸の目を見つめながら続ける。
「だから、改めて約束します。力の限りあなたを守ります、必ずあなたをカルデアに帰します。それが私のできる唯一の感謝の形なんです。」
「何も関係ないメルトを巻き込んで、それでも一緒に戦ってくれるメルトに感謝してるんだ。そうやって言われるのはやっぱり不思議だ。」
「何も関係ない、それだからよかったんです。利害も何もないのに私を見つけてくれたこと、私と話してくれたこと、私を頼ってくれたこと…その全てが嬉しいんです。」
「関係ないから、それがよかった?」
「関係ないのに頼ってくれた、それがよかったんです。…もう遅いですね、そろそろ休んでくださいな。大丈夫ですよ、私が二人とも見守っていますから。」
「うん、そろそろ寝ることにする。本当にありがとうメルト。」
藤丸はベッドに向かう。メルトリリスは教会で一人見張りながら朝を待つ。打算や計算で怪物と手を取る人間ならいくらでもいる。だが何もないのに藤丸は手を握ってくれた、それこそがメルトリリスが求めてやまないものだった。

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「パッションリップにはポイント間をジャンプする権限がある…ってどういうこと?」
「あなたもゲームとか好きでしょうか、ファストトラベルとかワープとか、とにかくそういったものです。」
管制室までの道が閉ざされてしまったかに思われたが、メルトリリスは手段を見つけていたらしい。
「うん、それならわかる。特定の二つの地点を結んで移動できる。」
「そういうことです、リップの記録を辿ってるとそのような権限が付与されていたのです。どこの誰がそのようなことをしたのか、今のところ検討もつかないですけど。」
「罠の可能性?」
「それはないと思います、いずれの地点もリップの行動範囲、あの暴れ回るリップの領域で罠を仕掛けられるとは思えませんから。」
少しバツを悪そうにしながら、リップも頷く。つまり破壊されてない地点まで移動して、パッションリップと一緒に管制室へ通じる道までひとっ飛びできるというわけだ。誰がそのような権限を与えたが、それがわからないのは不安だったが今は道筋が繋がったことを素直に喜ぶことにしよう、そう藤丸は思っていた。

藤丸は二人のアルターエゴと共に指定された地点までたどり着いた。
「何もないね、目印とかもないし、特別なところには見えないけど。」
「私達はAIですからね、場所を覚えるために目印などは必要ないのです。」
パッションリップが声をあげる。身振りから察するに、これから『ジャンプ』をするから自分に触れていて欲しいらしい。
「リップには優しく触れてあげてね、あの子、とても敏感だから。」
うん、と藤丸は頷き、優しく肩に手を置いた。そして…軽いめまいの後に何事もなかったかのように終わっていた。風景が一変する、などということはなかった。相変わらず海の底のような背景は変わらない。
「本当に上手くいったのかな?」
パッションリップは少し跳ねながら自己主張する。上手くいきました、役に立ててます、と。そして向こうが目的の場所だ、と彼女は指差す。少し顔が曇ったのはいい思い出がないからであろうか。
「そっちで合ってるみたいですね、では行きましょうマスター。大丈夫です、私とリップの二人がついてますから。」
そうやって三人は歩きだす。エネミーや、実体化しきれていないシャドウサーヴァントとの遭遇もあったが二人のアルターエゴの敵ではなかった。途中、他愛もない話を挟む余裕すらあった。

血の匂いがするまでは。

「なんだ、これは…!」
それは建物というにはあまりにおぞましいものだった。濃厚に漂う血と退廃の匂い、壁に埋め込まれた人と、流れ出る液体。多種多様な拷問具。
「マスター、ここに長くいるべきではありません。分析結果と予測なら提示できますけど…」
「いいや、大丈夫。俺だってそこまで馬鹿じゃないよ、でもこんなものがあるってことは…」

「あら、家畜の分際で私のブラッドバスに入ろうだなんて。」
ゾッとするような殺気と、聞き覚えのある声。エリザベート・バートリーがそこにいた。
「そして久しぶりねメルトリリス。貴女を串刺しにしたらこの頭痛も少しはおさまるかしら?」

【後半に続く】

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