その恋は光を超えて #6

第6話 かつて敗れた魔のオディール

道中、マスター藤丸立香と二人のサーヴァント、メルトリリスとパッションリップはエリザベート・バートリーと遭遇する。生存者から搾り取った血液により力の増した彼女は、メルトリリスへの嫉妬と羨望を叩きつける。しかし三人の連携の前にエリザベートは倒れた。

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長い道のりだったが、ついに管制室へと辿り着いた。確かにこの周辺は変質していない、比較的安全なエリアのように思えた。
「周囲に敵の気配は?」
「私は何も感じませんね。でも悪意に対する感覚はリップの方が上です、どうかしらリップ?」
パッションリップは首を横に振る。彼女も不審な気配は感じられない様子だ。悪意、害意を感じ取れる性質は生き残るには有用かもしれない、しかしそれによって生じるであろう心労は計り知れない。
「今は…怖くない?」
頷くパッションリップ。
「そうなのか、よかった。さっきの戦いでも守ってくれてありがとう。」
嬉しそうに顔を輝かせる。言葉を発せないのがもどかしい、本当はもっと語りたいことも、聞きたいこともあるはずなのに。

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管制室の扉を開けると、そこには柱が立っていた。黒くのたうつ表面に赤い眼の光るそれは…
「魔神柱だ!?なんでここに?」
「なんですかそのマジンなんとかって。」
「説明すると長いけどとりあえず敵性存在だ。」
「了解ですマスター、行くわよリップ!」
パッションリップが拳を振り抜き、メルトリリスが踵で一閃すると…その魔神柱は中程からぽきりと折れた。
「なにこれ、あっさりすぎて面白くないわ。」
「…おかしい。いつもならもっと小難しいことを口うるさく喋りながら戦ってくるのに。」
「前にも戦った経験があるんです?」
「うん、数えきれない数と。いつもなら触手を出したり、魔力の奔流を叩きつけてきたり、魔眼で睨んでくるんだけど。」
「どれもしてこなかったわね、確かにこれでは私もリップも気付けないわけです。悪意も敵意も感じない、まるで脱け殻ですね。」
脱け殻、確かにその表現は的確に思える。心なしかいつもより細い気もする。
「それにしても…今更な話なんですけど私、これもリソースにしなきゃダメですか?流石に気持ち悪い…何よリップその目は。」
このように言いつつも次第に分解される魔神柱、身も蓋もない話だがメルトリリスがこのように「食事」を摂ってくれるのはありがたい。強くなってくれることもそうだが、藤丸の乏しい魔術回路の魔力供給を補う意味でもこのドレイン能力には助けられている。
「ねえマスター…私のこと、怖くはないんですか?」
エリザベートに言われたことを気にしているのだろう、お前も怪物だ、愛されるに足る存在であってはならないと。だから正直に答える。
「少し怖いかもしれない。でも、だからなんだ、俺は何度もメルトに助けられたし信用している。」
「むう、正直に怖いって言ったら傷つくとは思わないんですか?」
「正直に言えばどんなサーヴァントだってその気になれば自分のことをひねり潰せるからね、怖くないって言ったら嘘になるよ。」
「もう…そういうことを聞いてるんじゃないというのに。」
「そうなのか、でも正直な気持ちだよ。二人とも、少し怖いけどそれ以上に信頼してる。」
「そう、まったく変な人間もいたものね。でも逃げずに、目を逸らさずにいてくれるのは嬉しいわ。」
バタン!とドアが開く音がする。
「おお!あの厄介ものを排除してくれ…ヒッ!?」
カルデア職員服を着た男女が立っていた。

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「さ、先程は取り乱してしまい申し訳ない。私はアーノルド。こちらの女性は…」
「私はラミウム・ヘンビットです。その、助けてくれたんですよね…?」
ようやく出会えた生存者だ。まだ怯えた様子だが無理もない、魔神柱なんかに慣れた自分の方がおかしいのだ。
「初めまして、カルデアから来ました。藤丸立香です。」
「あ、ああ…藤丸君か。これで我々は助かると思っていいのかね?」
「残念ながら…でもここなら手掛かりが見つけられると思います。そのために少し調べたいのですが。」
「そうか…もちろん協力したい、だがその前に後ろの二人を下げてくれないか?」
「何故です?二人は…」
言いかけて気付く。この二人は完全な異形なのだ、真相を知ってしまえばどうということのない少女でも怖いのは当たり前だ。
「…確かにサーヴァントとしては異例です、怖いのも理解できます。でも二人は味方だし、ここが安全だからって下げるわけにはいきません。それに戦力はこの二人しかいないんです、情報だって共有したい。」
しばし沈思黙考するアーノルド。
「気を悪くしないで欲しいんだが、確か彼女達はこの狂った状況を生み出したAIが作ったそうじゃないか。それを二人も連れてる君が本当に最後まで私達をしてくれるか、判断しきれないんだ。」
「何、私達があなたを殺すとでも?」
メルトリリスが氷のような目で睨みつける。パッションリップも落ち着かない表情で佇む。
「そこまでは言ってない。ただ生存者に責任を持つ立場としてはより安全な策を取りたい、理解して欲しい。」
確かにその通りではある。しかしそれより気になることがある。
「生存者って、あなた達二人だけじゃないですよね。他はどうしたんです?」
「…大部分はもう死んだよ。色々あってね。」
沈痛な面持ちでそう語るアーノルド。
「…はっ。やっぱり人間はつまらないわね。その残り少ない生き残りの名前も覚えてなければ、やっと来たチャンスを棒に振るつもりなんて。」
「メルトリリス、少し落ち着いて。」
「私は落ち着いてるわよ、いつも通り。」
「…それよりアーノルドさん、少しでもいいです、協力してもらえませんか?今は少しでも情報が欲しいんです。」
ラミウムと名乗った女性が前に出る。
「あの、よろしいでしょうか。彼が名前を覚えてなかったのは私達が別部署だったからだと思います。」
「…ああ、その通りだ。セラフィックスは職員も多いからな、覚えきれなくても仕方ない。」
「はい、それと藤丸さん?私達もずっとここに閉じこもってたのです、なので教えられることは何も。」
「そうですか…」
「ああ、どうせ何も教えられることはない。こっちは二人でおとなしく避難している。自由に管制室は調べてもらっていい、どうせ何もできることはないからな。」
乾いた笑いを響かせて二人は管制室を出て行った。ガチャリ、と鍵のかかる音がした。
「自由に、と言った割にはお部屋には入れてくれないらしいわね?」
「そうみたいだね、本当はもっと協力して欲しかったけど仕方ない。」
「あんな人間なんて私には不要よ、それよりも早くハッキングを初めましょう。」
「うん、そうしよう。でもその前に」
「何かしら?」
「メルトリリス、口調、変わってない?」
先程からメルトリリスはトゲトゲした態度を隠そうともしない。以前と比べると不機嫌さを前面に出すようになった、そんな気がした。
「あら、そういえば言ってなかったわね。私、記憶が戻ったの。」

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片手間でセラフィックス管制室をハッキングしながらメルトリリスは言った。先程の魔神柱のリソースで自分を取り戻した、性能も、記録も、何もかも。
「今の私ならウィルスも、宝具だって自由に使えますよ。今までの私みたいに迷惑をかけることもない、ありがたく思いなさい?」
少しだけ困惑する。戦闘での苛烈さとは裏腹におとなしい少女という印象だったのだが、こうも高圧的になるものだろうか。
「そんなに意外?でもこれが私よ。ああ、心配しなくていいわ、弱かった頃の私も、醜かった頃の私も、全部含めてメルトリリス。どれも大切な思い出、無かったことになんてしませんよ?」
どうやらメルトリリスはハッキングを終えたらしい。メルトリリスは藤丸を見下ろし、尊大に、優しげに、語りかける。
「今日はもう疲れたでしょう、寝られる場所なら見つけました。私がいる限り、もう負けることはありません。だから安らかに眠ってくださいな。」

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管制室で地図や様々な情報を得られた一行は、セラフィックス中を西へ東へと駆け回っていた。生き残るために、真相を探るために。各地でサーヴァントと遭遇し、敵対し、力を取り戻したメルトリリスとパッションリップの前に打ち砕かれていった。その旅の中で藤丸とメルトリリスは多くの話をした。

ある時は、藤丸がマシュの話をした。いつも頼りにして、守ってくれた大切な存在だと。マシュが女性だと知ると(名前から男性と勘違いしていたらしい)頰を膨らませながらペシペシと藤丸を叩く一幕があった。
ある時は、藤丸が人理修復の旅の話をした。苦しいことも、辛いことも沢山あった。でもそれは楽しかったのだと彼は言った。

またある時は、メルトリリスは大切な人の話をした。
「そういえば記憶が戻ったって言ってたけど、エリザの言ってたことって…」
「ええ、本当よ。言ったでしょう、醜かった私も私だって。私は三柱の女神を合成して作られたハイサーヴァント、最初から怪物として造られたものなの。人間から奪い、搾取したわ。幻滅したかしら?」
「いや、今さらそんなことしないよ。俺に対してはそんなことしなかったし。」
「そう、あなたはやっぱり甘いのね。ふふ、前の私を見たらきっとあなたは私を倒しにくるわよ?そうしたらあなたを私で包み込めたのに、ええ、そんな結果も悪くなかったかもね。…いいえ、それはないわ。あなたもあの人と同じだもの。」
「あの人?」
メルトリリスの口からパッションリップとBB以外の人間の話を聞くのは初めてだった。
「私の大切な人、私を永遠に変えてしまった人。立香…あなたになら話してあげる。」
「これは違う世界のこと、そもそも私はBBによって生み出されたエゴでした。私は快楽のアルターエゴ、私の世界は凪の海のように静かで、退屈だった。私にとって世界はただの食卓、私のウィルスは全てをリソースに変えられる。」
「メルトは一人ぼっちだったの?」
「一人ぼっちなんて生やさしいものじゃないわ。この世界に対等な存在なんていない、全部私のリソースになるだけ。でもそんな私を永遠に変える人がいたの。今でも、とても大切な人。彼の名前は岸波白野。一目見ただけで私は彼に恋をしました、私は永遠の凪の世界から堕落したんです。私は世界を彼のために使おうと決めました、全てのリソースを彼が安寧の中で過ごせる揺り籠を作るために。そして彼を私の中に取り込んで、完全世界を作り上げよう、そう決めたの。」
「なんというか、メルトって発想がまるで違うレベルにあるんだね。」
「当然でしょう、私はメルトリリスだもの。でもそうね、私では彼に敵わなかった。彼もあなたと同じマスターだったの、それで戦って、私は負けて。」
「悔しかったかな。」
「吐くほど悔しかったわ、もう二度と味わいたくないくらい。せっかくの理想世界を前に打ち砕かれたんですもの。」
「恋した相手に拒絶された…のか。でも大切な人なの?」
「ええ、永遠に私を変えたって言ったでしょう?」
「どんな人だったのかな。」
「そうね、どこにでもいる普通の、凡庸な人間よ。どこまでも諦めが悪くて、そして私から目を逸らさずに見てくれた…そんな人。私、消える前に思ったの。霊基に刻まれるくらい。もし二度目があるなら、同じ間違いはしないって。」
「同じ間違い?」
「私の恋の在り方はその人を傷つける。私は恋した人を最初から守りたいと思ってたけど、やり方を変えることにしたの。」
メルトリリスは藤丸と向き合い、そして伝える。
「マスター、藤丸立香。私、あなたの全てに恋してます。」
それは、あまりにも真っ直ぐな愛の告白だった。
「私はあなたを守る、必ずカルデアに送り届ける。例えこの身が砕けたとしても、必ず。」
藤丸はありがとう、と答えるので精一杯だった。メルトリリスはそれを泣きそうな笑顔で受け止めていた。

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セラフィックスを探索した果て、最後に彼らが対峙したのは黒い鎧に身を包んだ騎士。世に名高いアーサー王伝説そのもの、アルトリア・ペンドラゴンであった。

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