その恋は光を超えて #5 後編

第5話 悪竜のエトワール 後編

「あら、家畜の分際で私のブラッドバスに入ろうだなんて。」
ゾッとするような殺気と、聞き覚えのある声。エリザベート・バートリーがそこにいた。
「そして久しぶりねメルトリリス。貴女を串刺しにしたらこの頭痛も少しはおさまるかしら?」

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エリザベート・バートリー。彼女は確かに悪逆を為したが、カルデアにいた彼女は本当に歌うのが好きな少女だった。事実としては理解できても実感は湧かない、だが間違いなく無辜の人々を磔にして血を絞っているのは…
「久しぶり…?何を言っているのかしら、私はあなたの事なんて知らないわ。」
「…サーヴァントとしての記憶ってやつかしら?いえ、違うわ、違うわね。あなたは『生前』に私と出会ったはずだもの。」
いつになく冷静に状況を理解するエリザベート。彼女は領主の子女であった、ならば当然教養はあってしかるべきだ…カルデアの様子からは想像できないが。
「私はそんな生き血を啜るような怪物と知り合いになった覚えはありません、私のマスターに近づかないで!」
メルトリリスとパッションリップはマスターを庇うように立ちはだかりながらそう言った。
「ふっ、ふふふ…アッハハハハハ!あなた、あなたがそれを言うのかしら。人の血を啜る怪物だと私を罵るのかしら!あなたの頭はリスよりおめでたいの?そのメルトウィルスが命を簒奪する能力じゃなければなんなのかしら。私は罪を犯し竜となった、でもあなたは生まれながらの怪物って事じゃない!」
「それは…このウィルスは。」
「いいや、メルトはそんな人じゃない。」
つい藤丸は口を挟む。少なくともメルトリリスは無辜の人々にメルトウィルスを使ったりはしないと信じていた。
「私がいつ話していいと言ったのかしら、豚。口を慎みなさい。…ですがいいでしょう、彼女のマスターであるというのなら多小なりとも興味はあります。一つだけ質問を許しましょう。」
エリザベートが槍の構えを解いた。質問したい事なら山ほどある、しかし一番聞きたいことは決まっている。
「エリザ、君はアイドルを目指してたはずなのにどうしてこんなことを?」
「ぷっ、アハハ!そんなくだらない質問でいいのかしら、私に質問できる貴重な機会なのよ?でも答えてあげる。領主として約束は守らなきゃだものね。簡単なこと、私は美しくなきゃならないから。」
「…それが悪いことなのはわかってても?」
「わかってる、これが許されない悪徳なのはとっくに知っている。豚、あなたは私の真名を知ってるみたいだから教えてあげる、私はアイドルごっこなんてやめたの。それに私の罪は救われないってあの人に教えてもらったの、あなたすら知りえないところでね、メルトリリス。」
「…今の私には心当たりがないのだけど、それは当てつけかしら?」
「そう、当てつけよ八つ当たりよ!私は罪を悔いて、償いたいと思って…!なのに気付いたらこんな所。私の歌は誰にも届かない、私は罪を贖うこともできない…なら、私は元通り、この地獄に相応しく血を求めるしかないじゃない!」
エリザベートの目には狂気が浮かぶ。何があったのかは知ることができない。ただ、この状況にどうしようもなくなってしまったのだけはわかった。
「嗚呼!だというのに、私は怪物にしかなれないのに、私に恋は許されなかったのに!何故お前は、その男と幸せそうに一緒にいられるの、どうしてただの人間に受け入れられてるの…許せない、お前も私と同じ怪物なのに!だからお前達は殺すわ。」
「私がどう言われようとこの際どうでもいい、でもマスターを傷つけることは許さない。あなたは確かアイドルになりたかったみたいね、なら私もあなたのステージで踊る、格の違いを見せてあげるわ!」
「あら、言うじゃない。私もノッてきたの、久しぶりの観客に、とっておきの歌を聴かせてあげる!さあ、あなた達は念入りに、ぐちゃぐちゃに潰してあげる!」
膨れ上がる殺気が場を支配する、対話の時間は終わりだ。藤丸立香も覚悟を決める、何度やっても慣れないことだが、見知った彼女を倒さねばならない!

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打ち込まれるメルトリリスの刺突を、しかしエリザベートは受け止める。
「単調ねメルトリリス、前と同じ手で私を殺せると思って?」
「これだけで仕留められるなんて思わないわよ、撃って、リップ!」
藤丸を護衛するように立っていたパッションリップがその拳を撃ち出す。
「なんの、こんなもの!」
エリザベートは真っ正面からその拳と打ち合う!
「前々から思ってたけど、やっぱりアナタ馬鹿なのね。リップの拳を正面から受け…なんですって?」
「アアアアアァァ!こんなもので私を!」
信じ難いことにエリザベートはその膂力でパッションリップの拳を逸らす!そしてそのままメルトリリスへ槍を投擲する。
「メルト!」
藤丸は回避の術式を間に合わせることができた。元々高いメルトリリスの機動力を援護することで辛うじて直撃は避けられた。
「ありがとうございますマスター…このドラ娘、そんな怪力に見えないけど。」
「エリザは確かに強いサーヴァントだ…でもここまでのはずは…」
無辜の怪物によりデミドラゴンとなっているエリザベート、最下級とはいえ竜種の彼女が強いのは当然だ。怪力もある程度までは納得できる、しかしパッションリップの大質量の拳を弾き飛ばすのは尋常の事態ではない。
「やはりあのブラッドバスでしょうね、リップなら壊せると思うけど。」
「それは…」
確かにそうだ、おそらくはブラッドバスで絞られた血液によってエリザベートは強化されている。なら、ブラッドバスを破壊すれば弱体化を見込める。しかしそれは中に閉じ込められた人ごと…
「…ごめんなさい、貴方はそういう人でしたね。いいでしょう、相手が強いほど私の踊りも輝くの。だから…目を離さないでくださいね。」
そして妹へと声をかける。
「リップ、マスターをお願いね。私じゃ彼の盾になれないから。」
リップは頼みごとをされた事にきょとんとして、そして笑顔で引き受ける。エリザベートから藤丸を守るように位置取る。
「あら、お喋りは終わりかしら。」
「ええ、終わりよ。もうさっきみたいな油断もなし。エリザベート、あなたを殺して私のマスターを守る。」
「よほどそのマスターが大切なのねメルトリリス。そりゃそうよね、化け物だって分け隔てなく接してくれるもの。だけど所詮私たちは怪物、人間から奪う存在、まともな関係なんて築けない。」
エリザベートはメルトリリスに指を突きつける。
「ええ、あなたの言う通りだったわ。だからあの時の言葉を返してあげる。『残念。その恋は届かないわ。』」
瞬間、場の空気が絶対零度へと冷え込む。メルトリリスは瞬時に踏み込みながら斬撃を浴びせる。
「あら、癇に障ったかしら?アハ、アハハハハ!」
「いい度胸ね、私の全てを否定するつもりなら相応の覚悟はあるのよね。」
槍で払い距離を取るエリザベート、しかしメルトリリスは直線的にそれを追う。大振りの一撃を狙うメルトリリスにエリザベートは鋭い一撃を浴びせる!
「エリザベート!」
「あははは、その顔を見られて気持ちいいわ!私はこのために現界したのね、センチネルとして!」
メルトリリスは痛みを感じない。だからダメージを受けても彼女は怯まずに戦える。鋭い刺突と斬撃を繰り返す。エリザベートはその高揚した言葉とは裏腹に攻撃を冷静に受け流していた。
「いつまでも私のダンスから逃げられると思わないことね!」
「そうかしら、今のあなたの動きなんて見え透いてる、ここよ!」
メルトリリスの乱打の隙間を縫って一撃を与える。この乱戦では大振りなパッションリップの援護も期待できない。冷静さを欠いたメルトリリスでは…だから。
「メルト、熱くなりすぎだ、落ち着いて。優雅な踊りを見せてくれる、そうなんでしょう?」
ふう、と息を吐くメルトリリス。
「そうね、これは私の悪い癖。怒りに任せたダンス、情熱は十分かもしれないけど優美さには欠けるわね。」
「力じゃ今のエリザには敵わない。でも速いのはメルトだ。」
「つまり私の超絶技巧のダンスがお望み?」
「ごちゃごちゃ言ってるんじゃないわよ!」
エリザベートが割り込む。メルトリリスは冷静さを取り戻す。力では勝てなくても機動力で今の自分に勝てるものはいない。なら軽く、素早い一撃を重ねれば…!
「そんな擦り傷、効かないわ!」
ブラッドバスによる魔力リソースが彼女のダメージを修復しているのだろう。ここは大振りの一撃で仕留めたくなる。しかしリソースは無限じゃない、だから。
「それでも構わない、メルト、踊り続けられる?」
「あなたのためならどこまでも。」
切り裂き、刺突し、徐々にエリザベートの力を蝕んでいく。
「鬱陶しい、鬱陶しい鬱陶しい。そんな小バエみたいに、また私に纏わりつくの?あの時の男達みたいに、私の美しさを少しづつ奪おうっていうの!」
過去の記憶、美しくあること、そのために血を求めたこと、戦いで血を奪われることが繋がったのだろうか。
「いいわ、ラストナンバーよ。本当はもっと楽しむつもりだったけど終わりにしてあげる!」
エリザベート・バートリーは宝具を展開する。鮮血魔城。彼女の居城、チェイテ城を召喚し、それをスピーカーとして彼女の破滅的な歌を増幅して一帯を吹き飛ばす。サーヴァントならともかく、マスターが食らえばひとたまりもない。だから
「パッションリップ、あの城を潰せる?」
一つ頷き、 パッションリップは展開される城に焦点を合わせる。高位の魔術師クラスの陣地作成スキルをもって展開される宝具に手出ししようはない、通常ならば。
「アアアアア!」
だがパッションリップならできる。トラッシュ&クラッシュ、展開されるチェイテ城を無理矢理握り潰す…!危機を察知したエリザベートは咄嗟にパッションリップの視界から外れる。
「なんなの、なんなのよ!せっかく気持ちよく歌えると思ったのに、どうせこれが最後なのよ、どうして私の思い通りにさせてくれないの!」
地団駄を踏む竜…本当に申し訳ないと思っている。腕前はともかく、本当に歌うことが大好きなエリザベートからそれを奪うこと。そこに隙ができることなんてわかりきっていた。
「ガンド!」
「…っ!」
動きを止めたサーヴァントなら流石に当てられる。ガンド、本来は身体の調子を悪くさせる程度の呪いだがカルデアの礼装で強化された今、サーヴァントの足止めが可能な程の呪いになっている。メルトリリスはエリザベートの脚を切り裂く。即座に修復が始まるがその時間は致命的だった。
「リップ、今なら宝具を当てられるわ!」
「アアアアアア!」
両手を射出するパッションリップ。その大質量の拳が動けないエリザベートを打ち据える!
「痛い、痛い痛い痛い痛い痛い!やめて、やめてよ…目が覚めたら地獄、私の反省も、贖罪も無意味で…それでやっとアンタ達を殺すって目的ができたのに!なのに、どうして!怪物なのに人間と仲良くして、愛されて。そんなこと、私には一つもなかったのに!」
パッションリップは両手を合わせ、鋼鉄の鳥籠のような形を作った。そのままエリザベートを包み込むように…
「嫌…嫌ァァァァ!また私を閉じ込めないで、私を一人にしない」
その悲鳴は最後まで続かなかった。パッションリップの宝具で極限まで圧縮されたエリザベート・バートリーは今や物言わぬ黄色の立方体となっていた。

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「せっかく勝てたのに浮かない顔ね。」
「うん…だってエリザ、苦しそうだったから。」
「相変わらず、甘い人ね、そういうところもいいのだけど。」
「甘いってよく言われるよ。それにしてもあのブラッドバスの中の人達、助けられるのかな。」
作成者であるエリザベートが居なくなった今、徐々に崩れ始めているブラッドバス。悲鳴も今は止まっている。
「生かさず殺さずの拷問なら、そのような手練手管、設備があるものでしょう。機能を停止したのなら当然生かすことも…」
「そうか…」
「自分を責めないでくださいな、それより今は。」
「うん、先に進もう。やっと手掛かりに辿り着けるんだから。」

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