おおきな花嫁

注意、この短編はFGO「キングプロテア」の絆礼装とマテリアルVIIIのネタバレを含みます。 

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 キングプロテアという少女がいた。言ってしまえば、彼女は平凡でどこにでもいるような愛を求める少女である。包帯を巻いた痛々しい姿だとか、床まで届く長い長い髪といった特徴から想像されるような病床の少女像に反して、彼女は活発に遊びまわり沢山食べる子供である。愛してくれる誰かに撫でてもらう幸せを求める少女である。「お嫁さん」の意味もわからないまま、お嫁さんになり可愛がってもらいたい少女である。問題はただ、彼女は身長30mを越す巨人であり、しかも永遠に成長してしまうことである。
 繰り返すが、彼女自身はごく平凡な少女である。しかし永遠に成長する巨人とは世界にとって由々しき事態である。何の悪意がなくとも身動ぎすれば人は潰れて住処は壊れ、ただ腹を満たすだけで多くの人が飢えて乾く。人が他の生き物に対して遠慮会釈なく振る舞い害するのと同じように、キングプロテアは生きるだけで人を害する。
 いつか彼女は危険すぎる「悪」として排除される。しかし間違えてはいけない、「悪」だから危険なのではない。危険だから「悪」とされるのである。彼女の中にある悪性など、せいぜいが「自分を愛してくれる人以外はどうでもいい」といった、極々平凡なものでしかありえない。敵を淡々と排除するのも、無邪気な子供がアリを虐殺するようなものである。それらを悪として非難できるほど、私たちは善として完成していない。
 加えて、彼女の求める愛情も人のスケールを超えていた。彼女を満足させられるほどの愛情を注げるものはどこにもいない。生きているだけで彼女は愛に乾き、苦しんでいく。キングプロテアは生きるだけで他者を害し、自分をも害する。そのような定めで産まれてきた。

 いずれにせよ、このままでは彼女はいずれ狩り殺されるであろう、そう想像するのは難しいことではなかった。だからキングプロテアを喚び出した人、藤丸立香はこう言うしかなかった。
「何年にかかるかわからないけど、待ってて。」
「必ず迎えに行くから。」
 どうすれば解決できるかの展望などない、ただ将来、必ずどうにかする。無責任であるが、愛したキングプロテアがいずれ迎える破滅を座視するつもりもなかった。しかし、それはキングプロテアにいつ起きるかもわからない眠りにつけという頼みでもある。もし目的を遂げられなければ、キングプロテアは永遠に目覚めない。ただ自分が「死ね」と命じたのと同じではないか、そう恐れもあった。
 それに、キングプロテアは愛を求める少女である。その子供に、長い長い別れをして欲しいと頼んで受け入れられるだろうか。

 しかし、ここで一つ目の奇跡が起きる、否、起きていた。キングプロテアは「わかりました。きっと、迎えに来てくださいね?」とあっさり承諾した。
 かつての彼女なら耐えられなかったであろう。たとえ破滅が待つとしても、今ある温もりを手離す決断などできはしない。しかし彼女を喚び出した藤丸立香は、彼女と長く向き合ううちにキングプロテアを変質させていた。ごく些細な、しかし決定的なそれは「この人なら約束を守ってくれる」というごく真っ当な信頼関係であった。いまキングプロテアの手の中にある温もりが、必ず帰ってくると信じられたのだ。

 キングプロテアは眠りにつく、かつて彼女が封印されていた堕天の檻の中で。

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 さて、真っ当な人間ならどうするか。当然、永遠に成長する巨人を世に受け入れさせる余地を作るという命題は一人で手に負えるものではない。であるからには、それを他者へ、子孫へと望みを託し、いつかその命題まで手が届くことを夢見るしかない。藤丸立香もそのような人間であり、子孫へ託すしかなかった。
 長い時の中で、いつしか奇跡は起こる。「先祖が愛した少女の巨人を目覚めさせる」という夢見がちな願いを受け継ぐものが現れるのだ。

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 しかし、このような可能性はどうだろう?どちらにせよ奇跡が必要なのだから、どんな夢見がちな物語でもバチは当たらないだろう。

 舞台はサーヴァントユニヴァース、何がなんだかよくわからないが全員サーヴァントでリソースが有り余る世界で「キャスター」藤丸立香は突然飛び出した。
 何を言ってるのかと思うかもしれないが、虚空から飛び出たというのが正しい。ここは私たちの知る世界ではないのだ。さらに言えば藤丸立香がサーヴァントになれるほどの功績も実力もないはず、という指摘に対しては「どう見ても旧世界のマンガに出て十把一絡げに爆発四散するチンピラ」もサーヴァントなことを念頭に受け入れて欲しい。可能性は無限大なのだ。藤丸がこのような世界に飛び出す事になったのは、もしかしたらどこぞの赤リボンに黒マントの小悪魔の仕業かもしれない、違うかもしれない。

 サーヴァントはある人物の生前をモデルにした人形と言える。人形であるので、面倒な現状把握などは事前に済ませている。サーヴァントユニヴァースが何で、どのような世界かは事前に知らされる。そしてサーヴァントは生前と概ね似た感性を持ち、似た目的を持ち、似た行動を取る。さて、藤丸立香はというと、生前にやり残したことが気になって仕方がなかった。これもサーヴァントにありがちなことである。
 キングプロテアを迎えに行くという約束は果たされたのか、どうやら調べていくと「子孫達は十分な資産を遺したものの檻を開けていいのか決めあぐねていた」らしいことがわかった。開けていいのか、とはつまり準備を整えるまでに時間がかかりすぎ状態が劣化したため、封印を解いたら自壊してしまうのではないか、ということである。封印したままなら安定しているのだが、一度それを崩せばどうなるかわからない。せっかく準備したのにすぐに自壊されてはしのびない。とりあえず資産と共に檻に封をして、劣化した封印を修復する方法を探索して…そして記録は途絶え今のサーヴァントユニヴァースになったらしい、とのことである。
 ちなみにこれは、藤丸の生前の行動ゆえか、藤丸自身の性格ゆえか多くのサーヴァントが協力したおかげでわかったことである。その間に起こった銀河間エリザ戦争や、スチーム次元との衝突、性別反転事変などの事件は関係のないことなので割愛する。

 そういうわけなので、藤丸立香は長い時間をかけて修復方法の研究をすることになった。生前のような焦りも悲しみもない、時間もリソースもいくらでもある。必要なのは能力ではなく辿り着く意志であり、それは藤丸立香が持つ傑出した特性であった。

 そうして長い時が流れた。サーヴァントユニヴァース中が「誰でもセイバーになれるセイバーバッチ」とやらで湧き立つ中、藤丸立香はキングプロテアの封印された檻の前に立つ。ただ檻を置き去りにしたくなかったのか、誰かの代で神殿のようなものが建てられたのだろう。その中に檻は安置されていた。
 巨人のための花嫁衣装、そして"キングプロテア"の花をブーケとして用意してからこう呼びかけた。
「お待たせ。ちょっと時間かかっちゃった。」

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 おおきな花嫁は、藤丸立香と一緒に宇宙を飛び回っている。彼女はとても、幸福だ。

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