石ころの夢

それは何者でもなかった少女の見た夢、永遠に胸を焦がす想いだった。

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「まったく信じられませんよセンパイ、自分で言うのもなんですけど、頭おかしいんですか?」
「急にマイルームに現れたと思ったらいきなり何を!?」
いつもの調子でこの後輩系小悪魔AIを自称するBBは藤丸立香に話しかける。セラフィックス事件(といっても憶えているのはBBと藤丸だけであるが)以降カルデアでしょうもない悪戯の限りを尽くしていた。
「こんな破綻して、小悪魔で、どうしようもないAIの私をこんなに信頼して仲良くやろうなんておかしいですよね?」
「そこは否定しないが。」
「否定しないんですか?センパイったらひどーい、私泣いちゃいますー。」
「はいはい。」
顔を手で覆いBBはさめざめと泣く…のはもちろん嘘なのでスルーする。
「むう、嘘泣きでも女の子が泣いてるのをスルーするとか人としてアレですよ?」
「BBの場合困ってるところが見たいだけでしょうが…前にマシュが本気にしてて困ってたぞ。」
「てへ、バレてました?マシュさんったらあんなに素直で弄り甲斐があるんですもの。」
このような面倒臭くない部分の方が少ないBBであったが、藤丸はどうしても放って置けなかった。信じがたいことだが、どこかマシュと同じようなものを感じていたのだ。この事を口に出せば双方から睨まれるのは間違いないことであったが。
「でもですね、センパイには感謝してるんです、本当ですよ?どれだけ私が悪戯しても、どれだけ私がおかしなAIでもまっすぐ向き合ってくれました。」
「そんなにおかしな事かな?」
「そうですね、そんなに珍しい事じゃないですよ?私を根負けさせたのはこれで二人目ですから。というわけで感謝の印として、特別にそのお馬鹿な"センパイ"のお話を見せてあげます!はい、拍手〜!」
「おい、ちょっと待て見せるってどういう」
視界が暗転する。いつものBBチャンネルか、と思っていたらスタジオではないものが見えてきた。夕陽のさしこむ部屋、どこか懐かしく優しい匂いがする。外には校庭が見えて、この部屋には白く清潔なシーツのベッドがある、つまり保健室だろうか。
その部屋にはBBとそっくりな顔をした少女が居た。学生服の上に白衣を羽織った彼女は窓際に佇む。しばらくすると戸を開いて一人の少年が入ってきた。歳は自分と同じくらいだろうか。彼が入ってくるやその少女はぱぁっと顔を綻ばせながら駆け寄る。少年も穏やかな笑顔を浮かべる。なんでもない日常の風景、二人は談笑するが藤丸にはその内容が聞こえなくて…

「見せられるのはここまでですね。」

視界は再び暗転する。目を開くといつものスタジオであった、しかしふざけたBGMもかかってなければ、自分の肉体もしっかりと感じとれる。
「先程センパイに見せたのは私の思い出の場所と、私の一番大切な人です。」
BBはいつもの悪戯っぽい調子もなく語り始める。いつになくおとなしく、自然に思える。
「この保健室に彼女は在りました。ただのAIとして。」
「じゃあその女の子が…BB?」
「そうとも言えますし、そうじゃないとも言えます。でも大事なのはそこじゃありません。…そのAIには心なんてありません、あるはずもない。見た目や振る舞いは人間らしくても、人間らしさとしては石ころと大差ありません。ですが愚かな先輩は彼女に一生懸命こんにちは、と語りかけるのです。」
ぼんやりとしか見えなかったが、自分とそう大差ない年齢だったと思われる少年。
「石ころは必死になって考えました、そして彼の期待に応えられない自分に恥じ入りました。もっと人間らしかったら、心があれば一緒に喜べたのにと。でもそう言う石ころに彼は…そうやって悲しんだり、喜んだりできるなら人間だって言ってくれたんです。"ない"はずの心を"ある"と言ってくれたのです。」
BBは語り続ける。どこか遠くの暖かな思い出を。
「いつの間にかその石ころにとってあの放課後の保健室で過ごす時間、他愛のない時間が宝物になっていました。それは紛れもなく奇跡でした、誰一人として見つけられなかったその石ころを、あの人だけは見つけられたのですから。…石ころは、あの尊い人に恋をしました。」
BBチャンネルのスタジオの灯りが落ちる。二人だけがスポットライトで照らされていた。
「これで私の話はおしまい、これが私の一番大切な宝、一番の秘密です。」
「…そうなのか、でもどうしてそんな秘密を僕に?」
「感謝の気持ち、ですよ?でもそうですねぇ、理由をつけるとしたら…逆に質問しますけど、AIには心がないって聞いた時どう思いました?」
ふとセラフィックス事件を思い出す。BBの通信をきっかけに電脳化したセラフィックスにレイシフトし、同じくAIであるメルトリリスや パッションリップと出会ったのであった。その時の経験を思い起こすと
「初めてBBの通信を受けた時も、メルトと出会った時も、リップを助けた時も、色んな意味で人間らしかったと思うな。」
「むっ、ここでその二人の名前を出しますか。他の女の子の名前を出すとかデリカシーなさすぎです。」
そういうものだろうか、しかし真実である。悪意も、善意も、喜びも、哀しみも、AIである彼女達は全てを持っていた。人間らしくない、そう嘆く心こそが最も人間らしい心ではないだろうか。
「そう、そういう事ですよセンパイ。」
「意味がわからないんだけど。」
「私はたった一人の先輩にしか恋してません。でもその先輩と同じ事を言える人がいた、あの人の言う通りだったんです。好きじゃなくても優しく接する人はいた、まっすぐ向き合う人がいた。その証明が貴方です、マスター。感謝してるんです、本当ですよ?」

「では、これで本当におしまいです。乙女の秘密、漏らしたらタダじゃおきませんよ?」

【終わり】

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