その恋は光を超えて #2

第2話 踵の名は魔剣ジゼル

油田プラント、セラフィックスへとレイシフトしたはずのマスター、藤丸立香。しかしそこで目撃したのは電子的な異世界だった。サーヴァントを失い、戦う術もなく逃げ延びた先で彼は人形のような少女と出会う。それが、彼の運命であった。

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藤丸に手を引かれ、立ち上がるメルトリリスだったが混乱を隠しきれない。あなたは誰なのか、そもそもここはどこなのか、何故危険なのか、そして何故一緒に逃げようなどと言ってもらえたのか。
「そうだった、いきなり逃げようと言われてもわからないよね。俺も混乱してるんだけどできる限り整理する。まず、俺は魔術師でありマスターでもある。本来ならサーヴァントという強い人達を召喚して君を助けられたけど、今は誰も呼びかけに応えられないみたいなんだ…」
「いいえ、そんな風に悲しげにしないでください。なぜだか私まで悲しくなってしまいます。」
「そう…だよね。君も一人で不安だったんだ、すまない。それより、魔術師とサーヴァントについて説明が必要だよね、上手く説明できる自信はないけど。」
「…その、魔術師とマスター、サーヴァントという言葉なら私も知っています。」
正直なところかなり意外だった。確かに異様な武器にも見える脚はあれど、彼女自身は戦いとは無縁な幼い少女のようにしか思えなかったからだ。彼女もまた魔術師であり、脚は礼装のようなものだろうか?
「私は…メルトリリスです、閲覧できる記録によると私はAIであり。この脚はあなたの想像通り武装だった…みたいです。」
自分のことをまるで本を読み上げるように語るメルトリリス。
「ごめんなさい、私は初期化されているみたいで…私を私と定義するための名前と情報以外の全てが閲覧できないんです。私の経験も、私のAIとしての性能も、全て思い出せないんです。」
「謝る必要はないよ、きっと君にも事情があるんだ。それに記憶なら、後からゆっくり取り戻せばいい。」
メルトリリスは不思議そうに藤丸を眺める。まるで初めて人間というのを見たように。
「そう、ですよね。でもそんな風に言ってくれる人と会えて嬉しいです。」
「そうかな、でもありがとう。僕もやっと誰かと会えて嬉しいんだ。」
どこか機械的な、人形のような少女だった。しかしこうしてやり取りをすると藤丸にはただの少女にしか見えなくなっていた。
「それで、続きなんだけども、俺はカルデアというところから来たんだ。サーヴァントと一緒にここ、セラフィックスの問題を解決しようと思って。そのはずだったんだけど、俺もここがどうなってるかわからなくて。それにこっちを見つけて攻撃する敵が大量にいるんだ。」
「ここはひとまず安全らしいけど、いつまでも同じとは限らない。君のことも放っておけない、だから一緒に逃げよう。」
真っ直ぐに覗き込む藤丸から、ついメルトリリスは目を逸らしてしまう。そして一つの提案を投げかけた。
「その、あなたは戦えなくて困ってるんですよね?それならお役に立てるかもしれません。この身体は初期化されてますけど、私は戦うためのAIとして定義されている、みたいです。だから私とサーヴァントとして契約してもらえたら。」
藤丸はこの唐突な申し出に面食らった。脚の武装は凶悪だが彼女自身は全く戦いを望んでるように見えなかった。
「いいえ、心配は不要ですよ。私はAI、どうあれ人に奉仕するために生まれた存在。眠っていた私を見つけてくれたあなたの役に立つのなら私も嬉しいのです。」
初めてメルトリリスが笑いながら語りかける。道具として役に立てるなら、それでいいと言うメルトリリス。それは、どこかで見たような…
「…わかった、俺も手詰まりだったんだ。少しでも戦う力が欲しかった。」
「それでは、私と契約してくださいますか?この通り、何もかも失った私ですが。」
藤丸は無言で頷く。
「このジゼルの魔剣はあなたのために、私を見つけてくれたあなたのために、最後まで踊りましょう。」
そして二人の間に契約が成立する。令呪が熱い、これで戦うことができる。
「でも…」
「でも…?」
「でも、メルトリリスも生きてるんだ。だから誰かのために全部を捧げたりしないで欲しい。」
それは藤丸の後悔が言わせた言葉だったのだろうか。生きるため、誰かのためにその身を捨てる人を多く見てしまった彼の。
「おかしなことを言う人なんですね、あなたは。私はただの道具、道具は使われることが存在意義です。それでも、そんな風に私の心配をしてくれるのは嬉しいです。」
戸惑いながらもそう答えてくれたメルトリリス。絶望的な状況はほんの少ししか改善していないが、それでも心を通わせられる誰かがいるというのは大きな違いだと感じていた。

しかし束の間の安心は破られる。鎧姿の武人が教会の扉を開いたのだ。見間違うはずもない、彼は国を守るために戦い、配下に裏切られて死んだ。そして死後吸血鬼として貶められた、ヴラド公その人だった。

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「このような所に獲物がいるとは、なんと嘆かわしいことか、なんと愚かしいことか!」
「待ってください!藤丸立香、カルデアから来たマスターです。この事態を収拾しようとして…」
相手はあのヴラド公だ、カルデアでは武人として共に戦ってくれた。為すべき目的を伝えたら協力できるのではないか、そう期待した。
「名乗りを自ら上げるとは、この地獄でひとかどの誇りを持つ魔術師だったか。だが問答は無用だ。このような地獄に存在する者は等しく罪深い。」
そう静かに、決断的に殺意を向けるヴラド公はとても説得できるようには見えない。そして…このままでは明らかに殺される、相手は歴戦の武人。対してこちらは何者かすらよくわからない、能力すら初期化されたメルトリリス。
(考えろ!こっちの武器はなんだ、真名を知っている、使えるものはなんだ!)
ヴラド公、かつてワラキアを守るために数多の敵を串刺しにし、敵からも味方からも恐れられた王。配下に裏切られ、そして死後吸血鬼として伝えられた…そして
「待ってください、俺はこのような信仰の場で戦いたくないです。」
そしてヴラド公は敬虔な信仰者であった。教会という場所を避けるというならこちらの提案に乗ってくれるかもしれない。
「…いいだろう。」
それだけ言うとヴラド公は教会の外へと出た。僅かだが猶予時間を得た。戦うための猶予を。
「あの、マスター?逃げるわけにはいかないんですか?」
「ここの教会は初めてだし、逃げ道なんてわからない。それに今の僕たちで逃げきれるとは思えない、いま仕留めるしかないんだ。」
「それは…そうなんですけど。でも私では勝てません。性能も何もかも勝てる部分がないんです。」
残念ながらその通りだった。今のメルトリリスでは性能がまるで足りない。結局のところ勝負は力ある方が勝つ、戦術はいかに力を伝えるかだ。ヴラド公の戦術眼を欺く、しかもこの短時間で、方法は思いつかない。単純な出力でも負けている。
「だから、君のことを教えて欲しいメルトリリス。ヴラド公が知らない情報だけが俺たちの勝算なんだ。」
そう、メルトリリス。歴史上どこにも存在しないサーヴァント…少なくとも教科書には載ってないはず。それだけはヴラド公も知り得ない、こちらが唯一上回れるところだ。
「わ、私の武装はこの膝の棘と刃物の踵。それと今はロックされてるんですけど、元は色々とスキルを持ってたみたいです。」
マスターとサーヴァントの契約の特権、サーヴァントのステータスやスキルを閲覧できること。藤丸は短い猶予の中必死に探し、そしてかすかな勝算を見出した。
メルトリリスに作戦を伝える。
「いいえ、ダメです!あなたを守るために戦いたいのに、そんな危険な目に合わせられません!」
「違うんだメルトリリス、俺はこれ以上の勝ち筋を見つけられなかった。だからこれに乗るしかない。」
「それに君を巻き込んでしまった。これは本当は俺の戦いなのに、だから俺もリスクを負わなきゃいけないんだ。」
そして二人で教会を出る、生きるか死ぬかの戦いへと。

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「遅かったな、だが最後の祈りを捧げていたのであろう。ならば許そう。」
「いいえ、違います。俺たちは勝ちます。勝って生き残ります。」
そしてすかさずその右手を掲げる。その手に宿る令呪、サーヴァントに対する三画の絶対命令権。それは魔術的リソースとなり一時的なサーヴァントの強化も可能である。
「令呪をもって…」
当然、ヴラド公はそれを発動させる気はない。その手首を落としに槍を振るう。
「命じる!」
メルトリリスは脚の鎧でよろめきながらもなんとか受け止める。事前の予測がなければ間に合わない速度だった。ヴラド公は失敗を悟るとメルトリリスの切り札を警戒し飛び退いた。その判断は正しい。
「最大出力でその毒を解き放て!」
常識的なサーヴァントならば。しかしメルトリリスは規格外の存在だった。

メルトウィルス

それは彼女を定義する根幹の一つである。そのウィルスは全てを侵し、宿主から全てを奪い取る毒。初期化され本来使用できないはずのこの力を令呪によるブーストで無理矢理解放したのだ。最大出力で解き放たれたウィルスは飛び退き距離を取ったヴラド公にまで到達し、既に彼を蝕み始めていた。
「…!」
急激に力を奪われたヴラド公は体勢を崩し、着地時に隙が生まれた。ここしかない、この瞬間だけが勝機だ。
「いけ!メルトリリス!」
毒による弱体化を考えても、正面から打ち合えば技量で押し返される。何より今のメルトリリスではウィルスを無制限にばら撒けるわけではない、彼ならば不利を悟り撤退する可能性も高い。そうなれば二度とこちらに勝ち目はない。
「はい!あなたの為にこの魔剣を振るいます!」
そしてメルトリリスは矢のように駆ける。無我夢中で、ひたすら真っ直ぐに、速く、速く!
「この悪鬼めが!」
力を振り絞り槍を振るう。メルトリリスはその棘を真っ直ぐに向ける。二つの影が交錯し…そして、倒れた。ヴラド公の胸にはぽっかりと穴が空いていた、メルトリリスの膝の棘が突き刺さったのだ。
「…!メルト!」
そしてメルトリリスの細い腹には杭が突き刺さり倒れていた。
「メルト!大丈夫だ、治癒魔術なら少しはできるはず…だから…!」
「…心配、しないでください。こんなの私、痛くないです。本当ですよ?私は感覚が薄くて。」
「そういう問題じゃないだろ!このままじゃ」
「だから大丈夫です、メルトウィルスは全てを侵し奪う毒。」
いつの間にか、メルトリリスの傷が塞がっている。不思議に思っているとヴラド公の身体が霊子となって消える…はずなのだが、それがメルトリリスの身体に流れ込んでいる?
「彼のリソースは私のものになったのです。だから傷も塞がりましたし、少しは性能も上がりました。これでもっと、あなたの役に立てるといいんですけど…でも怖いですよね、こんなの。」
「そんなことない、何の関わりもない俺のためにここまで戦ってくれて…正直戸惑ってるくらい。だから、本当にありがとう。」
メルトリリスは顔を真っ赤にしながら、何事かごにょごにょと呟く。

これが二人で得た初めての勝利だった。

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