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#20 あの日は秋晴れの日曜日だった。

日曜日は、西麻布のレストランフレンチモンスターは定休日。

でも私は、シェフのオンライン料理教室開催のため、朝10時頃、西麻布に行くことになっていた。

眠い目を擦りながら起きてリビングに行くと、夫が、「また有名人の自殺があったよ」と。驚き、ニュースをチェックしたら、この間みたばかりの映画にも出演した女優さんだった。朝からワイドショーは大騒ぎだ。

気持ちのざわつきを抑え、気持ちを切り替えて、自宅から西麻布のレストランへ徒歩で向かった。すると、自宅から歩いて100メートルくらいのところに、報道陣が群れているのが見えた。

あの女優さんの住まい、この辺りだって聞いていたけれど、こんなにも近い場所だったんだ・・・

昨夜、どんな気持ちで最期を決めたのか・・・

息苦しくなった。


当時、コロナ禍で、そして今でも、大変な思いをしていない人は、一人としていないだろう。人を思い、見舞うことも、ちょっと会って気晴らしすることすら許されないような、監視し合っているような重苦しい空気。

私も、夢にまでみた鳴門の工房を訪れることもできず、好きな場所に自由に出かけられないことが、こんなにも辛いことなんだと思い知った。

私みたいな一般人ですらそうなんだから、どこへ行ってもバレてしまう有名人の方であれば、尚更、八方塞がりのような思いを抱えていたに違いない。

そして、有名人じゃなくたって。

家族、組織、学校、地域・・・どこにも所属していない、役割を持たない人なんて一人もいないだろう。置き所のない思いを抱えているのは、皆一緒だ、


徳島は、羽田から飛行機で1時間ちょっとのところで、朝一番の飛行機に乗れば、朝8時半には徳島に着く。そして、最終便は20時半。たっぷり12時間いられる便利な場所だ。

だから私は徳島を、「旅先」と思ったこともなかった。

でも、コロナの中ではそこは、「旅先」だった。

旅することを旅とも思わず、自由に行き来していたことがどれだけ贅沢なことだったのか。思い知っていた。


レストラン、お菓子、そして次はご当地コスメ。

なんの流れでこんなプロジェクトを始めたんだろうと思うことがあった。この時、その理由がはっきりした。

徳島空港に降り立つと、いつも、思い切り深呼吸をして、「あーーー!空気が美味しい!最高!」って思っていた。

鳴門の海のブルーの景色、深さの違いでそのブルーにも濃淡があって、海の深いところには、何か妖艶な、見たこともないような景色が広がっているような。そんなイマジネーションが湧いてくるような海の景色が好きだった。

その大好きな徳島を、引き寄せたかったんだな。

鳴門の海のナチュラルパワーで、苦しい自分を、そして誰かを、癒したかったんだな。

だんだん自分の中に、ちょっとした使命みたいな、確信が生まれた、哀しい日曜日だった。


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