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謝罪

 仕事帰り、駅の入り口から構内へ続く階段を降りようとすると薄茶色の髪をしたスーツ姿の若い女の子に声をかけられた。俺はワイヤレスイヤホンをしていたから片耳だけ外して用件を聞くと、「会社の新人研修で社会人の人にインタビューしているので30秒だけください」ということだった。

 俺はなんだか怖くなったので聞き取れないほどの声で「ゃ、すいませ………………」と呟いた後そそくさとその場を立ち去ってしまった。職場の最寄り駅ということもあって会社の人間にこの場を目撃されたくないという気持ちが強く働いてしまったこともあり、俺は逃げるようにして帰路に就いた。

 だがしかし、電車に乗っている間に様々な種類の感情が湧き出てくる。もしかするとなんか怪しい感じの団体に所属している女性などではなく、本当に会社で「街角に出てインタビューしてこい」的な研修をやらされているオーpu〇ンハuス系の新入社員だったとしたら…………俺は彼女に対してものすごく悪いことをした…………もしこの先俺以外に声をかけた全員から無視されてしまった場合彼女はどうなる…………素直に「誰にもインタビューできませんでした」と報告して怒られるか、もしくは「200人にインタビューすることが出来ました!が、いかんせんインタビューした人数が多すぎたので逆に何も覚えてません(笑)」という内容の虚偽の報告書を作成しなくてはならない羽目になる…………俺は彼女の心を傷つけてしまったのかもしれない………。

 実際、逃げるようにしてその場を立ち去ったので自分がスルーした後は彼女の顔、彼女がどんな表情をしたのかを一切見ていない。おそらく戸惑いと落胆が入り混じったような何とも言えない表情をしていただろう。時間を巻き戻せるならあの瞬間に戻って彼女に言いたい、「いいでしょう30秒と言わずに30分、いや30年でもお付き合いしましょう」と…………。

 急なことだったので心ここにあらずな状態だったが、その女の子はマスク補正をかけなくても可愛い方だと思われたので俺は勿体ないことをしてしまったのかもしれない…………今後この人生の中で若くて可愛い(と思われる)女の子から声をかけられることが果たして何回あるだろうか?もしかしたらこの先一回もないかもしれない…………人生に数回しかない転機を俺はみすみす逃してしまったのではないか?たとえあれが怪しい宗教団体に俺を引きずり込むための前口上だったとしても、そうだとしても俺に声をかけてきたのが若くて可愛めな女の子であることに変わりはないわけで…………とこんなことを考え続けていたらいつの間にか家に着いていた。童貞歴が長すぎる弊害がかなり出ている。異性から声をかけられただけでその日一日その異性のことで頭がいっぱいになってしまうという弊害が………!なんとか気を紛らわそうとしてファミリーマートで買う必要のないおにぎりを3個も買ってしまった(100円セール中だったので)………俺は救いようのない阿呆だ………。コンビニで対人レジに誰も並んでいないのにわざわざキャッシュレス決済の非対面レジで会計を済ませるという社交性の無さが俺を限りない底無しの不幸に追い込んでいくんだ…………。

 もし、万が一、まあありえない話だが仮に彼女がこのnoteを見ていたとしたら本当に悪いことをしたので申し訳ないと思っていることをわかってほしい。あの時俺は職場の人間に見られたくなかったという気持ち、早く労働という概念から逃れたくて仕方ないという気持ちに押しつぶされて君の依頼を無下にしてしまった………もしかしたら君は勇気を奮って俺に声をかけてくれたのかもしれない………見ず知らずの人間に笑顔で話しかけてくれたというのに俺はなんて酷いことをしてしまったのだろう…………俺はどうしようもない罪人だ…………この罪をどうやって償えばいい?明日も同じ時間、同じ場所に君がいてくれたら俺は迷わず君のもとへ行き、どんな質問にでも答えるだろう…………。そして昨日の非礼を詫びさせてほしい。しかし、その上でわかってほしい、君が何か怪しい類の勧誘活動をしているのではないかと変に勘ぐってしまったことや職場の人間に見られたくなかったという内向的なエゴが発生してしまったことを…………。もし許してくれるなら、その時は……………。



 ということがあったんですが、これを書いて2時間後ぐらいにざっとこの文章を見返してみてわかりました。

僕は病気です。

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