幽玄Bar

その寂びた扉を開けてみると、そこは小さなランプの炎がゆらめく薄暗がりの店内で、破壊的な音量で流れる能楽と酒の世界だった。その音楽は空間を切り裂くように鋭い笛の音と、頭の芯まで鳴り響く鼓の音に、イヨーッと高低に飛び交う掛け声で立体的に織りなされている。囃子とはなんと異次元の音楽だろう。しかもシテは夢幻の異世界から脳内に直接語りかけてくるようだ。能楽とは爆音で体感するとこうも不気味にハードコアで異質に感じるものなのか。使い込まれて深い艶を湛えたカウンターに、玄人好みのシングルモルトが陳列されたバックバー。葉巻の煙はゆらめき、奥深い熟成香が編み込まれた琥珀の液体は、喉と鼻の粘膜を刺したり撫でたりと複雑に変化しながらなめらかに滑り落ちていく。たちまちに意識がゆらいで私の五感は第六感的な幽玄の世界へと連れて行かれてしまう。そんな店がどこかにないものだろうか。私と似たような好みを抱えた個性がこの世界のどこかにきっとあるはずだ。

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