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20万円を持ってインドを3ヶ月放浪した話

もう30年近く前のこと。20歳の僕は、大学を休学してインドに旅立った。

初めての一人旅。軍資金は20万円。計画は何もない。インドに知り合いは誰もいないし、着いた日のホテルすら予約をしていなかった。

当時は航空券もそれくらいの値段くらいだったから、旅の予算はトータルで40万円ということになる。

物価の安いインドとはいえ食費もかかるし、交通費やホテル代も全て20万円で賄うと思うと、懐具合は不安ではあった。

そんな中、たとえばお腹が空いたからバナナを1房、露天のおじさんから買おうと思うと「10ルピーだ」と言ってくる。

なおインドは昔、イギリスの植民地だったので、発音は独特だが英語が通じる。英語の発音が独特なのはこっちだって同じだ。

当時は1ルピー:3円くらい。バナナ1房が10ルピーで30円なら別に良さそうなものだが、当時のインドでは(今は知らない)、旅行者が買い物をするときには必ず価格交渉をすることが必須だった。

「それは高い、5ルピー(15円)でどうだ」
「しょうがないなあ、わかったよ」

と言って交渉成立である。ただ、ちょっとした違和感があった。次回、バナナを買うときには、

「10ルピーだ」
「それは高い、1ルピーでどうだ」
「ひどいことを言う!どんなに安くしても3ルピーだ!」
「(!)・・・いや、それなら買わない。他で買う」

最終的には、2ルピー(6円)でバナナが買えることがわかった。これだって、現地の人よりは高く買っているのかもしれない。

なかなか、提案された金額の10分の1を言い出せるものではない。人としてどうかと思う。3ヶ月もいればずいぶん、たくましくなった。

彼らにとって、日本人はカモだ。お金の価値がわかっていない。強く言われたら断れず、曖昧に笑いながらお金を出す。ニコニコと話しかけてくる人はだいたい、詐欺師に近い物売りだった。

一事が万事、こんな感じ。なかなか疲れる国だった(今は知らない)。

ここ最近は、日本にいても物価が上がった・下がったと騒ぎになっているが、そもそもモノの値段とはなんだろうと、僕はあのときからずっと考え続けている。同じバナナが6円でもあり、30円でもあるのだから。


あるとき、バスでたまたま隣になったインド人のおじさんにこんなことを言われた。

僕は面倒だったのでほぼ黙っていたのだが、ずっと一方的に喋って平気なタイプのおじさんだった。そういう人は、日本人でもたまにいる。

「日本人は金持ちだ。こんなに若いお前が、親のお金でぜいたくな旅行をしている。良いなあ、おい。いくら貰ったんだ?お前のパパはお前に、いくらくれた?」

「1,800ドルだ。3ヶ月滞在する」※当時の為替レートは1ドル:120円くらい

思ったよりは少なかったようで、それからおじさんは少し静かになった。

ちなみのこの20万円だって、アルバイトで貯めたものだ。学生だって、仕送りをもらいながら1年働けば、旅費と合わせて40万円くらいは貯められる。

それでもやはり、日本人が金持ちなのは間違いないと思った。彼らの多くはインドという国から、もしかしたら生まれた町から一歩も外に出ないで一生を終えるのだ。


計画は何もなかったけれど、とりあえずインド一周でもするかと考えた。

インドの右上にあるカルカッタから入って、時計回りにぐるっと周り、左上にあるニューデリーから出れば良い。そんなつもりだった。

僕は方向音痴だ。方向音痴の人は北東とか北西といった言い方をしない。東は右で西が左。北は上で南が下である。

当時はスマホなんてなかったし、そもそも地図すら「地球の歩き方」しか持っていなかった。

・・・良く、無事に生きて帰ってきたものだ。

それはともかく、インドをだいたい半周して、インド最南端の岬がある町、カニャークマリでのこと。

カニャークマリでは太陽が海から昇り、海に沈んでいくという。他には何もないようだったが、とりあえずそれを見に行った。

カニャークマリに向かう長距離バスが故障して、17時間で着くはずが倍の34時間かかったというエピソードもあるが、それはまた別の話だ。

日の出を見たらもうやることもないのでプラプラして、日没を待つ。そんな日々。今となっては逆に、ぜいたくな時間の使い方、という気もする。

ビーチ、というほど整備されてはいないので砂浜と表現した方が適切かもしれないが、その砂浜でぼけっとしていたら、10歳くらいの少年に話しかけられた。

ラジャくんという名前で、天然石を売っているという。石の名前はわからないが、水晶とかなんとかライトとか、そういう類のやつだろう。

そういう「ビジネス」をしている大人はたくさんいたが、中にはラジャくんみたいな子供もいる。他の大人のようにはゴリゴリと売り込んで来ないのが心地よく、ちょっとだけ石を買ってあげることにした。

石に価値があるとは思えないけれど、友人へのお土産くらいにはなるだろう。暇だったので、話し相手が欲しかったのかもしれない。

良い子だなと思った。こんな小さな頃から、学校も行かないで石を売り歩いているんだな。それが彼にとっての「当たり前」で、僕が生まれ育った「当たり前」とは全然、違うんだなとか。

ラジャくんは言う、

「良かったら、明日パパと一緒に3人で映画を観に行かない?」

嫌な予感がした。ラジャくんは良い子だと思う。でもそのパパはどうだろう。気前の良い外国人を捕まえたら、映画に誘うようにパパから言われているのではないか。

インド人は映画好きだ。心配するようなことは何もなく、楽しい時間が過ごせるかもしれない。良い経験になるだろう。しかし、このときは警戒心が勝った。ラジャくんとの良い雰囲気の時間を、ぶち壊したくなかった。

「明日は、この町を出て行かなくてはならないんだ」

仲が良くなったとはいえ、僕は「大金」を抱えている日本人だ。お金がなかったら、何も気にせずに映画を観に行くことができただろうか。

次の予定はなかった。ただ、潮時だと感じた。僕は逃げるように町を出て、「左上」の方に移動を始めた。

ラジャくんは大人になった今でも、天然石を売って生計を立てているだろうか。ぼったくったり、だましたりしていないと良いけど。

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