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医薬品の供給不安に思う

 今年、日本薬局方が5年ぶりに改正された。初版は1886年(明治19年)。今回で第十八改正となる。黎明期より長きに渡りその編纂に尽力した人物が日本薬学の父・長井長義氏であることは有名だが、その経緯をご存知の方は薬剤師と言えど稀かもしれない。

 明治初期の医薬品は国産品の品質が劣悪であり、高価な輸入品に依存していた。そこで帝国政府は、ドイツで化学者として名を馳せていた長義に帰国を要請した。目的は日本の薬学を発展させ大規模な製薬会社を設立するためだった。局方の編纂事業もその一環であり、国産品の品質向上に貢献した。


 長義ら先人たちの功績により、わが国の医薬品の品質が保たれていることは理解できた。しかし、近年それが揺らいでいる気がしてならない。そう、度重なる医薬品の供給不安だ。コロナ禍以前から続いていることでもあり、要因は一様ではないと思われるが、頭を抱える日々が続いている。

 最も鮮烈だったのが2019年に勃発したセファゾリンの供給停止だ。術後感染予防薬として欠かせない本剤の欠品は深刻で、途方に暮れた記憶が残っている。これを受け、関連学会は「抗菌薬の安定供給に向けた4学会の提言」で抗菌薬の製造許認可の条件や国内生産でも採算が合うだけの薬価の見直しを要望しているが、抗菌薬だけでは収拾しない可能性が高い。

 薬価が上がれば、これまで国が推進してきた医療費の抑制の進捗は鈍り、そのツケは税金で賄われることとなる。また、国内生産を増やすということは、新たに製造工場が建設されることを意味する。現在、抗菌薬の原料の大半は中国で製造されているが、当の中国はPM2.5をはじめとする大気汚染が大問題となっている。その一部をわが国が引き受けることになるのだ。


 グローバル化により医薬品を取り巻く環境は年々複雑さを加速している。そんな中、我々は薬剤師そして一人の国民として、トレードオフ(一得一失)を注視する姿勢が肝要だと言える。

日本薬学の父がもし存命中ならば、どのような答えを出しただろうか?(了)

※アイキャッチ画像は2015年12月1日当時のものです。

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