遅いインターネットとガンダムと私
AM1:30。
宇野常寛さん著「遅いインターネット」を読み終え、どうしても今の思考の徒然を書き留めておきたい衝動に駆られ、このnoteを開いている。
本書は注釈を含めて約240頁。
生後5ヶ月の息子を寝かしつけてから自らが就寝する前に1日50頁ずつ本を読むことを最近の日課にしていた僕は、この本を4日間で読み終えた。
4日目、つまり今は残り約90頁(出典部分除けば80頁ぐらい)を勢いで読み終えたことになる。
翌日も朝から会議につき早く横になりたいところだったが、今頭に浮かんでいることが翌朝記憶の片隅に多少押しやられてしまっても思考を再現、再開出来る様にと、筆を走らせている。
長い間思考し続けてきたことが本書を通してまた少し整理できてきた昂りからだ。
ポピュリズムについて
ポピュリズムというものは本当に厄介で、物事の真理を覆い尽くし、当事者性を下げ、思考力を奪う。
そうした衆愚性を加速させる劣悪なものだと決めつけたくなるぐらい、個人的には忌避しているものだ。
昨今の様な有事になればなるほど、尚の事ポピュリズムなるものは人を惑わせる濁流にしか過ぎないものだと、辟易し続けている。
もっとも、人間は何かに傾倒しないとやっていけない生き物と考えるならば、ポピュリズムもまた必要とされ、その受け皿の一つとしては役に立っているのかもしれない。
一方で、このポピュリズムの作用を減衰させる処方箋として、自ら考え抜く力を支えるものとして個々の教養や実践知を底上げするしかない、その底上げを身近なところからやっていく、というのが自分なりの暫定解であったわけだが、いざ教養を持ち出すと極端に走ればエリーティズム、選民思想に陥ってしまう危うさも感じていて、これもまた歴史から学ばない行為の域を抜け出ていないのではないかという堂々巡りにあった。
そのような中で手にとった「遅いインターネット」で提示されていた民主主義の捉え方、ファクトとオピニオンの取り扱い方、個々の受信と発信の在り方は、良い意味で割り切ることで建設的な一歩かつ粘り強く歩むことへの覚悟が感じられ、痛快極まりないものに感じた。
詳細はここでは触れないが、これまでの話で少しでも引っかかる部分、感じ入る部分があったならば、ぜひ手にとって読んでみて欲しい。
読んでくれたならば内容について、ぜひ語り合いたい。
ガンダム作品に培われた当事者性
自分の価値観はガンダムでつくられた部分が大きい、と言っても過言ではない。
幼稚園年長の時に再放送されていたZZガンダムに熱中してから、その後のTVシリーズはもちろんのこと、親戚の家に遊びに行ってもOVAをレンタルしてもらって観たり、関連マンガやゲームも含め、歴代の作品を嗜んできている。
個々の作品に対して感じたことはまた近々別の機会にまとめたいところだが、ガンダム作品の多くにおいて、主人公は作中の各勢力が繰り広げるポピュリズムにもエリーティズムにも傾倒することなく、自己と他者と世界への認識の拡張を通じて、世界に対して当事者性を高く持ちながら葛藤と格闘を繰り返し、世界の変化とともに辿り着くべき結末へと辿り着く、たとえ世界の歴史に名を刻むリーダーとならなくとも、という世界観となっていると言える。
その最たるシーン、台詞として頭の中で事あるごとに強く反芻されるのが、逆襲のシャア作中で主人公が語る、「急ぎ過ぎもしなければ、人類に絶望もしちゃいない」だ。
ガンダム作品で描かれてきた世界観及び主人公のスタンスが自分にとっては好き嫌いを通り越して標準化されたものとして、根底に染み付いた様に思う。
作品に与えられてきた影響をこのように整理出来たのは大人になってからであって、つい最近にもこれまた宇野さん著の「母性のディストピア」内での各作品に対する捉え方に触れながら、さらに腹落ちさせられたものではあった。
唐突にガンダムの話を持ち出してしまったが、ガンダム作品で描かれてきた主人公像の様に、たとえ権力ある立場を持たなくとも、分かりやすいリーダー的な役回りになくとも、世界や自らの持つ社会との接点に対して当事者性を放棄することなく、手触り感を持ってアクセスし続ける気概というものを追求し伝播し続けたいというのが、自分の専らのスタンスである。
回し者ではないけれど
念のため断っておくと、僕はこの「遅いインターネット」計画が展開されているPLANETS CLUBの会員にもなっている。
なってはいるが、所謂オンラインサロンという形が正直あまり得意ではなく、端からROM専を決め込んでおり、あくまでもここでReadOnlyしたインプットやそれをきっかけに得た気づきや思考を自分の身の周りで還元するという距離感でアクセスしている始末だ。
そんなROM専会員なので回し者という程のものでもないし、仮に会員でなくともこのnoteは書いたんじゃないかなと思っている。
自分一人では到達しにくい価値観に隙間隙間でアクセス可能な、新たな問いの発見の場として、PLANETS CLUBはありがたい存在だ(映画やアニメーション作品の批評を楽しめると言うおまけも個人的には尚の事オイシイ)。
そんなこんなで
とにもかくにも、「遅いインターネット」は一日でも早く(遅いというタイトルなのは承知で)多くの人の手に行き渡ってほしい一冊であって、僕がアクセスし続けたい世界の在り方を少しずつにでも進めてくれる確信が持てる一冊であって、最後の注釈に至るまで余すところなく読んでもらいたい一冊だ。
敬意と愛着を込めて、そのように紹介したい一冊と出会えたことが、たまらなく嬉しい。
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